ペトリコールに融ける二人

白い黒猫

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プロローグ

呪いを解きに来ました

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 昭和の空気を感じさせる、平屋の一軒家。
 引き戸の玄関から通された部屋は、六畳の畳敷きだった。
 二面が襖で仕切られ、もう一面は入ってきた廊下につながっている。残る一面は、おそらく隣室だろう。
 廊下の反対側には縁側があり、障子が開け放たれて庭が見える。
 さっきまで降っていた雨の名残で、ガラス窓越しの紫陽花が水分をたっぷり含み、重たそうに首を垂れていた。

 室内は冷房が効きすぎていて、肌寒いほどだ。
 外では、急に顔を出した太陽が地面に吸い込まれた雨水を蒸発させて、まるでサウナのようになっているに違いない。
 私はマイちゃんと一度目を合わせ、それからそっと壁の方へ目をやった。
 一面には、仏壇なのか祭壇なのか分からないものがある。
 私たちが座っている座布団の前には、紫色でやたらと座り心地が良さそうな大きな座布団が一つ。
 まだ家主は現れない。私はスマホを取り出し、祭壇の写真を数枚こっそり撮影し、録画モードにしてレンズを前に向けたままバッグのポケットにしまった。

 それから二人で正座して俯き、じっと待つ。

 やがて和装の白髪の女性が入ってきた。
 私たちをここへ案内してくれた地味な女性とは別人だ。
 白髪ではあるが、肌は綺麗で、年齢はそれほど高くないように見える。
 彼女は私たちと向かい合って座る。
 暗めの口紅に、目力を強調したメイク。まるで舞台女優のようだ。

「妾は祈祷師の、祁答院けどういん胡蝶こちょう

 そう名乗ってから、私たちをじっと見つめ、目を細めた。

「お二人は、ずいぶん厄介なモノに取り憑かれているようですね」

 私はマイちゃんと目を合わせる。

「何か分かるんですか? 教えてください、私たちに起こっていることを」

 マイちゃんが必死な様子でそう言うと、祁答院胡蝶の口角がゆっくりと上がるのが見えた。

「可哀想に……苦しんでいるんですね。邪悪なる魔のモノに」

 私は震えているマイちゃんの肩にそっと手を置き、祁答院胡蝶に視線を戻す。

「私たちを苦しめている“魔のモノ”とは、いったい何なんですか?」

 私の問いに、祁答院は小さく深呼吸してから、口を開いた。

「……そなたらに憑いているのは、“穢禍えが”じゃ。
 穢禍はな、血を分けた姉妹に棲みつくんじゃ……。
 特に、そなたらのような双子のように濃い関係の姉妹が好物でな。
 一番怖いのはな……“ああ、疲れてるんだろうな”って思わせてくることよ。
 ほんとは喰われ始めとるのに、自分から“異常を普通”と思い込ませてしまうんや。
 なぜか落ち着かん。苛立ちを感じとらんか?
 なんでもないことで、姉妹二人で喧嘩をしてしまったりしておるのではないか?」

 マイちゃんが「どうする?」と、言葉にならない問いを目に込めて私を見る。
 私は小さく微笑み、頷いた。

「穢禍は、他にどんな災いを私たちに……? 
 “異常を普通”って、もっと具体的には?」

「最近、周囲で不幸な出来事は起こっておらんか?
 消防車や救急車の音が、やたら耳に入ることが多くはないか?
 そうやって穢禍は、取り憑いた姉妹に災いと“死への恐怖”を染み込ませていく。
 終いには、二人を互いに憎ませ、争わせ、殺し合いへと追いやる。
 そして、生き残ったほうを、魔の世界へと連れていく……
 穢禍とは、そういう恐ろしい魔のモノなのじゃ。
 ……そなたらは、もう完全に取り込まれておる。
 早急に祓ったほうが良い」

 私は祁答院ににっこりと微笑んだ。

「大丈夫です。私たち、そもそも姉妹じゃないので、穢禍とは関係ないと思います」

 祁答院の目が見開かれる。

「そなたら、妾に嘘を申したのか? 罰当たりめが」

 私は首を振る。

「いえ、嘘は一つもついてません。最初に書かされた紙にも、本当の名前と生年月日を書きました。
 勘違いされたのは、そちらの方ですよ」

 そう言ってから私はマイちゃんを振り返ると、彼女はニッコリと笑って頷いた。

「妾を揶揄いにきたのか!? 妾を!」

 怒りに満ちた顔で睨む祁答院に、私は肩をすくめる。

「いえ、私たちは本当に呪われていると思ってここへ来ました。
 でも、あなたはその原因に一切触れず、まったく見当違いのことばかり仰る。
 ……もういいです」

 私は立ち上がった。マイちゃんも鞄を手にして、ぺこんと頭を下げる。

「面白いお話を聞かせていただいて、ありがとうございました」

「ま、待て! そなたらは本当に呪われておる! 
 放っておけば、死に至るぞ!」

 私が立ち上がったことで、祁答院を見下ろすかたちになる。

「じゃあ訊きますけど、その“呪い”って具体的にどんなものなんですか?
 なぜ私たちがこんな状況に陥っているのか、ちゃんと説明できますか?」

 祁答院は言葉に詰まった。
 最初に書かされた紙には、「私たちは呪われているとしか思えない状況に陥っていて困っています。助けてください」としか書かれていなかったのだ。

「……死ねるんだったら、それはそれで嬉しいです。この状況が終わるのなら」

 私の言葉に、祁答院は怯えたような顔をした。
 私も頭を下げて、マイちゃんと一緒に祈祷師の家を出た。
 外に出た瞬間、重たく湿った空気がまとわりつく。
 雨上がりのぬるい空気と、強い日差しが混ざって、まるで体に圧がかかるようだ。

「暑っ!」

 思わず声が漏れる。
 マイちゃんが日傘を広げ、私たちの頭上にかざしてくれた。

「ナオコさん、ハズレでしたね~」

 私は苦笑いする。

「創作の世界みたいな本物の霊能者って、やっぱりいないのかな~」

 マイちゃんは眉を困ったように寄せる。

「まあ、時間はありますし、気長に探しますか~。
 ナオコさんが“嘘を書いてない”って言ってたのですが、実は……私、誕生日、ちょっとだけ嘘ついてました。
 二人とも“1999年7月11日”って書いて……この日付、気づいてくれないかなって」

 そう言えば受付の女性の説明を聞いていた為、用紙の記載は私の分もマイちゃん任せていた。
 誕生日は三ヶ月もずれてる。なのに、どうして祁答院は勘違いしたのか。
 ……あの人の“霊視”とやらの正体が垣間見えた気がした。

「いいじゃない? 本物の霊能者なら、そういう嘘も見抜いてくれるはずだし。
 それにしても、あのメイク……舞台女優っていうか、もうハロウィンの仮装よね! しかも妾って!!」

 私がそう言うと、マイちゃんも吹き出す。

「ですよね~! 今度霊能者のキャラ描く時に参考にしよ♪
 それより、今日この街に来るから色々調べてたんですよ。
 この近くに、素敵な古民家カフェがあるらしくて!
 フルーツタルトが絶品なんですって! 今日は私が奢ります!」

「いいね! マイちゃん素敵なお店見つける天才よね♪  行こ行こ!」

 二人で笑い合いながら、私たちは古民家カフェを目指して歩き出した。
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