ペトリコールに融ける二人

白い黒猫

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救いの手を求めて

ほろ苦いデビュー

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「あの……前々から気になってたんですけど……」

 ケーキを食べ終えたタイミングで、マイちゃんが少し遠慮がちに口を開いた。

「ん?」

 マイちゃんはグラスの中の氷をくるくると回しながら言い淀む

「初対面のとき、私セカハピの本にサインお願いしたじゃないですか。あの時……ナオコさん、ちょっと嫌そうな顔してた気がして……」

 覚悟を決めたように顔を上げたてマイちゃんが切り出した。

「あの時、私……ナオコさんを嫌な気持ちにさせちゃいましたか?」

 私は苦笑して、首を横に振った。

「そんなことないよ」

「……セカハピはナオコさんにとって、大切な作品だと思っていたのですが」

「もちろん。あれは私のデビュー作だし、子どもの頃からずっと心の中にあって、じっくり時間をかけて書いた物語。私にとっては、かけがえのない一冊だよ」

 マイちゃんは首をかしげる。たぶん、あの時の私の顔がそうは見えなかったからだろう。

「でもね――ちょっとした厄介ごとがついてきた作品でもあるの」

「え……? 本もアニメも人気ですよね?」

 私は少し笑って、テーブルの端に置いた水のグラスに目を落とす。

「マイちゃん、初版本の表紙、どう思った?」

 マイちゃんは少し困ったように黙り込み、やがて言いづらそうに答えた。

「うーん……正直に言うと、再販の表紙の方が好きかもな……そちらも買っちゃいましたもの」

 私は微笑む。やっぱり、そうだよね。

「“命華メイカ”っていう名前、聞いたことある?」

「ううん……知らないです」

「当時高校生の命華が描いたあの表紙、実はトレパクだったの。有名なイラストをトレースしたって、あとから判明して……けっこう大きな騒ぎになったのよ」

「えっ……」

 マイちゃんはすぐにスマホを取り出して検索を始める。画面を見た彼女の表情がどんどん険しくなっていく。

「なにこれ……創作者として最低……!」

「私の作品が商業デビュー第一作だったらしくてね。
 私としては正直表紙が上がってきた時がっかりだった。
 あの表紙、物語と合ってないし、キャラの表情もどこか虚ろで、動きも感じられなかった」

 私は少し肩をすくめる。私の作品が命華のデビュー作で商業作品としても最後の出版物…

「でも、私も新人だから何も言えなかった。
 出版後もSNSではまるで私と命華が創作パートナーかのような言い方していて、私のアカウントにも馴れ馴れしく絡んでくるし」

「うわぁ……」

 マイちゃんが引いたような顔をする。

「二作目がアニメ化されて、そこから一作目も再評価されて漫画化・アニメ化が決まったの。
 その時に表紙が変わって、やっとホッとした。
 でも……命華はそれが気に入らなかったみたいで……出版社にも私のSNSにも、怒涛の抗議と突撃。私のアカウント、面倒になって閉じる羽目になった」

「……ひどい……」

「今はアカウントは別名で、時雨結ってことも伏せてる。日常のことだけ、気楽に投稿してるよ」

 マイちゃんは拳を握り、怒りで肩を震わせていた。

「なにそれ! ナオコさんにそんなことして! 
 許せない……! で、大丈夫なんですか? ソイツ、まだ絡んで来たり――」

 私は笑った。

「もう大丈夫よ。……その後、大学の教授にもストーカー行為をして、逮捕されたみたいだし……」

「エッ……!」

 目を日開いてマイちゃんは驚く

「それから、去年。夏頃だったかな? 事故で亡くなったって聞いた」

 マイちゃんは無言でスマホを取り出す。しばらく画面を弄りじっと見つめ、唇を震わせるようにして言った。

「…………ホントだ……」

 そのまま固まるように動きを止めた彼女が、ゆっくりと視線を上げて私に言った。

「……この女、死んだの……去年の今日ですよ……七月十一日、時間は……十一時過ぎ……」

 カラン。

 私のグラスの中で、氷が音を立てて転がった。
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