希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~

白い黒猫

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 先輩の紹介で応募した喫茶店のアルバイト。元々外面の良さには自信があるし、紹介ということもあり面接も終始和やかで良い感じだった。それだけにバイトを断られてしまった事に唖然とした。それも俺が『ダイスケ』だという理由で。
「でね、君達は既に先輩でダイスケ君が二人いるので小さい店なので混乱するから雇う事ができないの」
 喫茶店トムトムのオーナー夫人の紬さんは俺たちに向かってそうニッコリ笑う。俺はたまたま一緒にいた同じサークルの友人である岸本大介と思わず顔を見合わせてしまう。まさかサークルの外でもダイスケ問題が勃発するとは思わなかった。
「でも商店街の皆さんにお願いをして、他のお店で働けるようになりました」
どうやら喫茶店ではなくなったものの、時給は同じ条件で他のバイト先を紹介してもらえるという事で、三人ともその話に乗る事にした。

 結果、友人の岸本は中華飯店の『神神』に、もう一人のダイスケ君は居酒屋『とうてつ』に行くことになったようだ。そして俺が紹介されたのはJazzBar『黒猫』。JazzBarという事もあって、しっとりとした大人な雰囲気のお店で、根小山ネコヤマ夫妻とその甥っ子の三人で切り盛りしているお店。常連中心でゆったりとした時間を楽しむお店なようだ。

 オーナーの根小山杜さんもママの澄さんも穏やかな方で、シフトに関してもかなり融通して貰えたし、Barということで夜営業の為昼間の時間は自由に使えるという部分もありがたかった。しかもマスターの杜さんが『多くの酒に接すること、酒とのクールな付き合い方を覚える事。これが大人の勉強だ』という哲学をもっている事から、色々なお酒をバイト中に味わう事が出来て文字通り美味しいバイト。働き易い楽しいバイト先で結果良かったとも言うべきかもしれない。こうして俺の生活に黒猫という要素が加わった。

 五時もしくは六時から入って、料理の仕込みの作業の仕上げをマスターとママがしている間に、俺はユキさんと開店準備をするというのが通常の仕事の流れ。しかし今日は早めに来てくれないかと依頼され、授業もなかった事もあり三時に出勤する事になった。するとテーブルの小さい花瓶に花を活けていた澄ママが笑顔で迎えてくれる。マスターと透さんの姿は見えない。
 東明トウメイユキさんはスミママの甥っ子で、このお店ではマネージャーという立場。それなりに整った顔立ちをしているものの控え目な性格でアクがないせいか、存在感は薄い。俺より少し長身であるのに、その身体は華奢で線の細い柔和な顔立ちからか弱く見える。
 しかし見た目からは想像できない程キビキビと動く方。この店での一番の働き者でマスターやママよりこの店には無くてはならない人であることを働き初めて直ぐに理解した。お酒や食材の仕入、管理から、俺やjazzバンドのスケジュール管理、お店のHPの更新と一人でこなし、それをオーナー夫婦が嬉し気に見ている感じ。マスターとママは、人柄は生半可なく良い事は素晴らしいのだが、おっとりし過ぎている所があり、そこを透さんがカバーして動き、お店を円滑に動かしている。良くできた関係だと思う。

「あれ? 透さんは?」
 このお店においてマスターとママは『細かい事は気にしないで、小野くんのやりたいようにしてくれれば良いから』というスタンスなので、 透さんからの丁寧な指示というのが俺にとってかなり重要な意味をもつ。
「ユキちゃんは商店街の方の仕事があっていないの、だから今日来てくれて助かったわ。マスターは今お家♪ で営業時間になったら降りてくるから」
 澄ママが朗らかにそう答えてくる。商店街の仕事のある透さんはともかく、マスターはなんで澄さんだけに開店準備させているんだろうか? 奥さん甥っ子に働かせ、自分は気儘に過ごすと軽度のヒモ体質なのだろうか? 開店準備で一番姿を見せないのがマスターである。まあ人様のお家の事情に踏み込む事もないので俺は『そうですか』と答えておく。しかし俺は早めに来てなにを手伝えば良いのか? そう澄ママに尋ねようとした時に、お店のドアが開き、そこに青い謎の物体。青い大きなクラゲのような形で大きな焦点の定まっていない大きな目のソレは、ドアをグニャリと潜り入ってきて俺の方に近づいてくる。
「あら、おかえり~どうしたの?」
 澄ママはそう暢気の声をかける。その青いマスコットは手を挙げてその言葉に応える。そして俺の方に身体を向けくる。青い棒のような手を伸ばし俺の腕をポンポンと優しく叩いてくる。
「小野くん、今日はありがとう。助かったよ」
 青い着ぐるみから聞き慣れた声がする。
「え! 透さん?」
「あっ。この格好初めてだったね。実はこの商店街のマスコットキーボ君をやっているんだ。この事はあまり人に触れ回らないで下さいね。中の人の事は商店街の機密になっているので。こっちの仕事があって俺がお店の開店準備出来ないから君に来て貰ったんだ」
 惚けた顔のマスコットから透さんの冷静な声が聞こえるのって何か変な気分である。
「はあ」
 そして透さんはその格好のまま、俺が今日すべき事の指示をキビキビとした口調でしていく。不思議なもので、最初みた時よりも、このキーボ君というマスコットが少し賢そうで凛々しい顔になったように思える。声の生み出すマジックって面白い。たぶん着ぐるみ相手に、真面目な顔で指示をうけるBarの制服姿の俺もかなり間抜け様子になっていたと思うが、ここにはそれを笑う人もいなかった。
「七時までには戻って来られると思うので、それまで小野くんこのお店を宜しくね」
 指のない二本の手に握手されるかのように俺は手を握り、キーボ君ユキさんはそう言葉を締めくくり、再び夕方からのキーボ君としての仕事をするためにお店から出て行った。テーブルを改めてみると、紙での指示もちゃんと用意されていた。しかし着ぐるみの仕事の合間を縫って俺の為に戻ってきてくれたようだ。透さん、なんて几帳面で真面目な人なのだろうか。俺は透さんの指示と手紙を元に、作業を始める事にした。恐らくは大ざっぱな指示しかしてくれないであろう澄さんの暢気さを考えると、透さんの指示がいかに助かったのかと今さらのように感じ、感謝して進めることにした。
 七時になり、白いシャツに黒いパンツとベストというbarでの仕事スタイルで透さんは颯爽と現れた。一度シャワー浴びてきたのだろう、いつものグリーン系のコロンの香りに加え、清潔なシャボンの香りがする。
 先程の謎の生物姿とは異なり、清潔感溢れる凛々しいマネージャー姿の透さん、チョッと格好良いなと思った。そこに仕事をキッチリこなす大人の男を感じ、何時もよりも頼もしさをも覚えた。というか先程店に来たマスターよりも、透さんが戻ってきた事にほっとした自分に気が付いた。いかに自分が透さんを頼っていたのか……最初会ったとき『わーすげえ華奢! 弱々しい感じ……』と思って少し見くびっていた自分に反省した。



※   ※   ※

verseバース  序奏部分のこと
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