中に人など、おりません!

白い黒猫

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スポーツチームマスコット

祭りを作るのではなく、祭りを盛り上げるのがお仕事です

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雨が降り頻るスタジアム、サポーターは歓喜の声を上げていた。その視線の先で傘もささずに、俺専用のレインコートを着て、勝利をあげた選手と供にピッチ内を歩く。
 元気に行進している小学生のように手と足を元気に振り上げご機嫌な雰囲気の俺。ガタイもよく、年齢は二十チョイ越えだが顔はかなりのオッサンの俺がそんな様子で歩いていたら、かなりキモい光景な筈。
 しかし『今日のお前は大きいな! 成長したか?』とか言いながら、周りを歩く選手は笑いながら俺の肩を叩いたり、頭を撫でたりして親しげに接してくる。
 サポーターも笑顔で俺にも手を降ってくる。選手ではなく『ドルちゃーん』と俺に向けて叫んでいる子供さえもいる。俺は陽気な感じで周囲の人に愛想を思いっきりふりまき応える。
 何故こんなに人から愛されている風・なのかというと、それは俺が今チームのマスコットであるドルフィーくんの着ぐるみを着ているから。
 『ドルフィーくん』って名前からもウッスラ分かると思うけどイルカのマスコット。
 このマスコットはイルカに人間の手足がついているというなんとも残念なデザイン。にも関わらずサポーターは愛してくれていた。
 子供はともかく、大人までが『ドルちゃん』と気軽に話しかけてきて絡んできて可愛がってくれている。マスコットというのは、絡まれてナンボの所があるのでそれはありがたい。
 水濡れ厳禁ともいうべき着ぐるみでこんな雨の中歩くな! とも言われそうだが、そうも言ってられない事情がある。試合にきてくれた客をとにかく楽しませる、それが広報の最大の仕事だからだ。どのような条件であっても……。
 その日雨であろうが、試合が負けてしまおうが、スタジアムに来て楽しかったと思ってもらわなければ、再来場に繋がらない。
 雨というのは、運営側からしてみたら最悪で、チームが連敗続きになるのと並ぶ程の辛い状況なのだ。今日のように朝から雨のような日はそうでない日に比べ悲しくなる程入場者数が落ちこんでしまう。それだけに、来てくれた人の気分を盛り上げて楽しんでもらわないといけない。
 濡れながら試合をする選手も確かに大変なのだが、サポーターだってそれは同じ。だからこそ、スタッフもマスコットも共に同じ雨に打たれながら頑張るのだ。

 とはいえ、着ぐるみを着て行動するというのは、一般の人が考えている三倍大変な事だったりする。
 まず全身をああいった素材で覆われる事で、とてつもなく中は蒸される、それに加えて酸素が薄く、視界も悪い。そんな中あの重たいボディーを動かさないといけないのである。
 一般の着ぐるみの指南書には、夏では十分、冬で二十分以内の活動時間とすると書かれていることからもその苦しさは推測してもらえると思う。
 俺のようなこういったマスコットだと、囲まれて写真撮影を求められたり、サインを求められたりと対応していると、そんな活動限界時間を軽く超えてしまう。
 それでも身体に冷却剤を貼り付け、後は気合いでそれを乗り切っている。
 恐らくは頭部剥き出しになっていたら、子供どころか大人も逃げていくような形相になっていると思う。
 そして今日のような雨の日はさらに大変な状態となる。
 ドルフィーくん専用のレインコートを着ているとはいえ、雨の中歩いているとどんどん身体が水分を吸って重くなっていく。そうなってくると着ぐるみ自身が俺の動きをどんどん邪魔していくようになる。
 昔のスポ根漫画にあった養成ギブスのような感じで。ここが野球場ならともかく、何故サッカースタジアムでそんな目にあっているのか分からない。
 顔がゼーゼーと凄まじい形相になっているものの、それが外部から見えないのを良い事に中では思いっきり顔を歪めながら、盛り上がったスタジアムをさらに盛り上げようとテンション高めに行動をする。
 今日の仕事はあと一つだけ、本日のMVPに賞品を渡す事。今日は協賛が飲料メーカーだった為に、野菜ジュース一年分が賞品。
 俺ことドルフィーくんは段ボール製の大きな野菜ジュースのパネルのようなモノを、該当選手に渡せばよい。
 ちょっとした舞台となっている段差を慎重に上り、ダンボールで出来た大きな野菜ジュースを受け取りMVP選手に近付こうとした時、思った以上に足元が滑ることに気が付いた。
 というかビックリするほど滑っている自分を認識する。
 とっさにスポンサー様から託された大事な賞品ともいうべき紙製の野菜ジュースをパスするかのように選手に投げ渡し落とさなかったのは誉めてもらいたい。
 目を丸くしたまま野菜ジュースを受け取った選手から雨が降る空が見えて、そのまま景色はグルンと回転して、後頭部にガツンという刺激があり、視界が暗転してしまう。

 その夜のスポーツニュースで、チームの勝利よりも、俺のアクシデントが注目さらてた。
 マスコットのドルフィーくんにまさかの大惨事! という俺のその出来事が面白オカシク報じられているのを、俺は病院から帰った後に私室で溜息をつきながら見ていた。

 実はコケた直後の記憶がない。しかしTVやYouTubeとかで俺の勇姿? は散々公開された為に、この時の様子は客観的にはよお~く解っている。
 見事に片足で横滑りしながら選手に賞品をパスした後、舞台から派手に回転しながら落ちていったイルカの着ぐるみ。
 コレが俺の身に起こった事でなければ、面白くて大笑いしていたかもしれない。
 落ちた後あらぬ方向に曲がった尻尾、陥没した頭などがより悲壮感を漂わせた様子はまでも憐れ過ぎて、何とも言えない味わいがあり俺も見て『ハハハハ』と笑ってしまった。

 記憶にはないのだが、俺はフラフラと立ち上がり両手をあげ元気をアピール。その後、駆けつけた担架に載せられ、寝転んだ体勢のまま手を振りながら退場したようだ。
 大きなドルフィーくんコールのが鳴り響く中。
 上司曰く、ホーム・アウェイ関係無くスタジアムが一体となった感動的な光景だったらしい。
 謝る俺に、『気にしなくて良いよ。面白かったから』と上司はニヤニヤ笑いで応える。激しく転けて激しく頭を打ったものの着ぐるみを着ていた事で笑えるレベルだすんだのだからこそ言える言葉である。

 ふとTwitterのドルフィーくん公式を見てみるとこんな事つぶやいていた。
『今日は心配かけてごめんね~病院に行って検査したけれど全く問題ないって! 軽い打撲だけだから、大丈夫だよ!』
 しかも頭と尻尾に包帯を巻いてガッツポーズをするドルフィーくんの写真付き。
 しっかりアクシデントをネタとして使ってきている。そしてそのツイートがビックリするくらいの人からリツイートされていた。しかもフォロワーが異常な数値に跳ね上がっている。
 さらに『病院って動物病院? 人間の病院?』『イヤイヤ、打撲だけって事はないだろう!
  頭蓋骨陥没してたし、尾の部分折れてたし!』とかさらに話題が広がっている。
 さらには勝手にレントゲン写真予想図、中に人が入ってないバージョンと、入っている状態の二種類がご丁寧に描かれネットで公開され、お祭り騒ぎにと発展していった。
 キーワードランキングに、ドルフィーくんの名前が入っているのを見て目眩がした。
 今まで地元の人か、サポーター、サッカーファンくらいしか知られてなかったドルフィーくんが、朝のニュースにまで大々的に取り上げられた事で、一気に知名度が上がってしまったのは嬉しいが、俺としてはかなり複雑な思いである。その日は事件もなく、芸能人は誰も結婚したり離婚したりもしておらず、よほどネタがなかったのだろう。

 中の人も無事であることも証明するために俺の全治二週間の診断書を名前とか個人情報に関わる部分は書き換えたものをチームは公開した。さらに悪ノリし負傷者リストにまでマスコットを登録した事で、暫くは包帯姿の怪我キャラを演じなければならなくなった。
 悪気はなかったとしても自分でしでかしてしまった事の結果がコレ。控え室で目の前に置かれた頭に包帯を巻かれたドルフィーくんの着ぐるみを見て申し訳ない気持ちになり、その頭をそっと撫でた。


   ※   ※   ※

ドルフィーくん





サッカーチーム、FC松川のイルカのマスコット。
サッカーと松川市が大好きな元気でやんちゃな男の子で将来の夢はJリーガーになる事。ポジションはMF。マスコット対抗PK対決で、三人の相手のシュートを三度止めるという奇跡を行いGKの才能を示す。
尾っぽが背後に突きだしている形状の為に、それが背後にあるモノをなぎ倒すとという事故をよく起こしている。
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