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崩壊した世界、ふたりきり 02
しおりを挟む「サクラ!」
レイが目の前に立っていた。
……あれ? 私、今穴に落ちたはずなのに、地面に足を付き、立っているじゃない。穴の中に消えたはずのレイも目の前に居る。
一瞬事態が飲み込めず、ぼぉっと呆けてしまう。
一回、二回……深呼吸をして、どうにか現状を理解するよう努めた。
えっと、えっと……つまり、あれは──幻覚、だったの?
おかしな公園に迷い込んでしまい、走ったことで息切れしていたため軽い酸欠状態となり、公園の異様な雰囲気に後押しされるように幻を、見たと。なるほど、その通りに違いないわ。なるほど聡明な私流石!
「サクラっ」
レイは私から視線を外し、公園の中央に広がる巨大な穴に目を向ける。
「……そうよ、レイ。あんたくまたんはいいの?」
「うん……」
「落ちちゃったんでしょ」
「拾いに行きたいけど、流石にこの中に入る勇気は無いよ」
レイはやれやれと首を振り、ため息をつく。巨大な穴は私たちを飲み込もうと大きく口を開けているようで不気味だった。
私はその言葉にほっと胸をなでおろしつつも、ベタつくような違和感を覚えた。
──あのレイが、くまたんを諦めた?
くまたん大好きで、隙さえあればくまたんを語るレイが?
うーん、まぁそういうこともあるでしょう、と納得する。いくらレイが無鉄砲でおっちょこちょいでも、自分の命とくまたんを天秤にかけられるだけの賢さはある、はず。そうよね、レイ?「サクラ!」
「仕方ないわね。お店に戻ってまたクジ引く?」
「もういいよ。これ以上はもったいない、かも」
「……奢るわよ」
「え、ホント? 助ける……けども、やっぱサクラに悪いよ~」
「レイ?」
「サクラ!」
レイは静かな顔で怒鳴る。
殆ど表情を変えずに、私の名前を呼ぶ。
ふと、掌に力が籠もり、ゆっくりと握っていた。ぎゅぅっと。何かを待ち望むように。期待して。思わず笑みが浮かびそうになって、咄嗟に抑え込む。
──普段のレイなら、奢るわ、と口にしたらホントかな~ってスリスリ手を掴んでくるはず。
観察するように。
確かめるように。
──それがただただ待ち遠しい。
けど、目の前のレイは私を眺めるだけ。観察してるわけでもない。無表情で、遣る瀬無く──。
「あ、あなたは誰? レイなの?」
「違うよ」
不意に口走しった自分でもよくわからない問いに、レイ? は即座に答えたので思わず笑った。
嗚呼、なるほど……これは……夢なのね、と安心した。私が見ている夢。現実じゃない。
だってそんな気がしたから。
違和感というか、くまたんを見捨てるレイに失望していたのよ。そんなはずないって。……あ、あと私の手を掴まないのも、やっぱりおかしいわ。私を観察しているのならともかく、私を無視するような振る舞いは有り得ない。
途端に空は不気味な色合いに変化した。グルグルと回転するように色を灯し、夕焼けを焼き付くした後のようなおどろおどろしい雰囲気を醸す。私の目の前に立つ☆★☆★は背後から逆光を浴びたかのように黒色に染まる。全く見えないはずなのに、表情だけはくっきりと映る。
にぃっと口が頬まで引き上がるとびっきりの笑顔を浮かべる。
全く似ていないはずなのに、私の中で一人の人物が思い当たった。
「サクちゃん」
と呼ぶのは、あの人だけ。
幼い頃、あの人の隣で一緒にピアノを弾くのが楽しくて仕方なかった。
☆★☆★
──記憶です。
──私の。
──幼い頃から、今現在に至るまでの思い出がまるで走馬灯のように駆け巡る。
☆★☆★
私に才能なんて無かった。
は
母に憧れてしまった。
の娘に相応しくない。
よ
う
な
ピ
アノを弾きたかった。
ニ
ス
ト
に
なれなかった。
り
た
か
っ
たけど、自らその夢を☆したのよ。
ギィギィギィ
ぶちぶちぶち
ぬちゃぬちゃぬちゃ
カッターで掌を切り裂いた時、
──どうしてこんなことをしたの? とあの人は訊かなかった。
まぁわかるもの。
私がどれだけあの人に憧れ、そして母の期待に染まる眼差しを見つめるあの人に嫉妬し、憎み、羨望の眼差しを向けていたのか。最初は姉のように慕っていたわ。母と同じく、私の憧れの人だった。けど、だんだんと私に注がれるはずの母の期待をあの人だけが浴びるようになり、私は……それが羨ましくて悔しくて苦しくて堪らなかった。
──血に染まり、大粒の涙と汗をぼたぼたと血液と共に零す私を、あの人はじっと眺めているだけだった。
「サクラ!」レイのように。
「サクラ!」似ているの。
「サクラッ!」姿形は全然違うけど、雰囲気というか──私の想いを掬い取る様がね。そっくり。まるで、手を繋げば、あなたの想いが聴こえますと言うかのように。
──母は、私に「あなたは本当に私の娘なの? 才能に恵まれず、この程度で心が折れるなんて、全くとんだ出来損ないね。産婦人科で赤ちゃんが入れ違ったのかしら?」なんて感じの言葉は一言も言わなかった。むしろ、ピアノを諦め、ピアノから距離を取ろうともがく私を抱き寄せて、強く強く愛情を注いでくれた。けどそれは、母から奏者としての私が見捨てられたことの証拠にしか思えず、母の深い情愛を覚えつつも、私は救いのない絶望を突きつけられた。
痛かった。
じんじんと余韻のように掌から痛みが広がった。
……いや、痛い。
私の掌から鈍い痛みが迸る。ぎゅっと優しく握られつつも、私の傷跡にグリグリと何かが突き刺さっていた。【サクラ!】
☆★☆★
「サクラ!」
「わかった……起きるから、肩揺さぶるのはやめ……あぁぁぁ……やめなさいって!」
「起きてぇええ!!」
目を開けると、黄土色の鉛を満遍なく散らしたような色合いの空が映る。相変わらず不気味な空ね……。その中に、ひょこ! っとレイの顔が眼前に現れた。瞳が潤んでいる。いつもの私を惑わす涙ではなく、怯えた末に浮かべた滲み。
「サクラぁ……うぅ……」
「あなたは」また、偽物?
「本物だよ!」
レイは反射的に叫んだ。叫んでから、むっと口を結ぶ。
「……どうして今、私の考えてること」
「え、あだ、だってなんかずっとうなされていたから。あなたは本物なんかじゃないんじゃない~って」
「そう、なの……」
「もぉ全然起きないから心配したよぉ……。変な夢見てるっぽかったし」
「夢──」
じゃなかった。
──夢、というか、諦めた夢。記憶というか、色々混ざりあった不気味な光景だった気がする。ぼやけた視界がだんだんとはっきりし、そしてその中でくまたんのマフラータオルを首にしっかりと結ぶレイを見て、コイツは本物だ、と悟る。
「サクラ~」
ぎゅぅっと抱きしめられる。上から覆いかぶさってくる。重いけど、はぁ……レイはホント柔らかいわね。起きる気力が湧かないので、しばらくレイを補給するように抱きつかれていた。いい匂い……。さっきの夢でずっと私の名を呼んでいたのはレイだったのね。
「はぁ……そろそろ離れて」
「堪能した、私を?」ニヤッとレイは微笑む。
「しました。とにかく、ちょっと手を……痛い」
傷を見ると、何か爪が食い込んだような跡が残っていた。
「あ、ごめん、サクラが起きないからその……痛そうなところを──」
「滅茶苦茶痛いわ」
「アホ面で寝てるサクラが悪いんだよ。もう~どれだけ人を心配させたと思ってるの!」
「はいはい、ごめんなさい許しなさい」
「えぇ、許しなさいってすげぇ言葉。ってかさ、サクラはマゾだから、むしろ気持ちいいでしょ?」「よくない」
私はレイに引き起こされて、どうにか立ち上がる。まだ、足が震えているわ。足先が痺れる感覚。力を入れようとすると、筋肉がそれを拒もうとする。
ふらつきそうになるのを堪えているとレイがぎゅっと手を握ってくれる。
ぴりぴりっと別の痺れと、寒気を感じる。
レイの指先から。
未だにこうして手を繋ぐとドキドキしてしまう。けど今は強い安心感が私の中に広がった。レイはそれをわかって手を握ってくれたのか、それともいつものクセか……。どちらでもいいけど、有り難いわ。レイに少し身を預けるようにしながら、辺りを眺めた。
「ここは、どこ?」
「さっきの公園、のはず」「はずって……。いや、レイは穴の中に入り、私は……落ちた」「落ち……えぇ!? 足でも滑らせたの?」
「……そ、そうよ」
「あははっ! あ、ごめん笑っちゃった。でもだって滑らせて落ちるなんて漫画やアニメくらいだ。ウケる……ぎゃあ強く握らないで痛い!」
「うるさい。……まぁ私たちは穴に入った」「一人は落ちた!」「で、どうして公園に? 上に穴は無いわよね──」
私たちは公園の中心に立っていた。
見上げると、どこまでも広がる空がある。不安を煽るような色合いにさっと視線を下げる。
「レイは覚えてるの?」
「うん。ハシゴからゆっくりと降りていたんだ。で、下に到着したところでくまたんタオルを発見したの。首に巻きつけてさぁ戻ろうと思ったところで、サクラが落ちてきた」
「……落ちて、きた?」
「うん、すとん、って私の隣に。しかも気絶してた」
「ごめんもう一度答えなさい。私が……落ちてきた?」
「イエス」
「レイは、ハシゴを降りて……え、そのハシゴは? ここは穴の中なの? いやいやいやそんな馬鹿な! だって普通に周り壁なんて無いし。……え、上は色がおかしいけど空もある。……待って、は? ちょっとレイ、どういうことなの説明しなさいよ!」
「だからぁ、私もわかんないって」
思わずレイに声を上げるも、レイは首を傾げるだけ。
つまりここは……穴の、中?
「あんたは起きてたんでしょ?」
「起きていたけど、ホント気がついた瞬間、ハシゴは消えて、壁のように広がっていたはずの穴も消えた。私だって意味不明なんだよ」
「え、え、え……まだ夢なの? 私は夢を見てるの?」
「現実だよ。現実……。ほら、頬つねって。……痛いでしょ?」
「それなりに……」
「や、何で私のもつねるの……痛い~~」
「柔らかい、もちもち肌」食べたら美味しそう……じゃなくて──。
──二人で穴に落ちたはずなのに、私たちは公園に居る。さっきと同じ公園のはずなのに穴は見当たらない。意味が、わからない。突然不思議な世界に巻き込まれてしまった、そう感じた瞬間背筋に冷たい何かが通り抜ける。ぞわっと鳥肌が立った。
思わずぎゅっと強くレイの指を握りしめていた。
レイも、実は震えている指の振動を隠すように、ぎゅっと握り返してくれる。
☆★☆★
//03に続く
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