傷を舐め合うJK日常百合物語

八澤

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痛み、音 02

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 なるほど、確かに電子書籍化されずに見捨てられたかのように放置されている理由がわかる。
 作者的に黒歴史として闇に葬りたい、と思っているのかもしれないわ。

 本を閉じ、本棚の隙間に押し込んでいると、治療室の扉がゆっくりと開いた。レイがひょこっと顔を出し、私を見つけた途端にペタペタスリッパの足音を響かせて近寄ってきた。そして私の目の前で立ち止まる。

「どうだった?」
「虫歯、だった。虫歯に荒らされてボロボロになった歯が欠けたの」
「あら大変。でも今日歯医者に来れて良かったわね。虫歯は早めに治療した方がいいわよ」
「他人事のように言うな」「まぁ他人事だし。歯が欠けたってことは結構奥まで進行していたの?」神経とか抜くのかしら? よく知らないけど。

 レイは首を縦に振り、ふぅ……と一息入れた。発言するまでに少し間を置くように沈黙する。

「というか……抜きます」
「神経を? でもいいの? あ、子供の歯だった?」
「全部大人じゃい! 熟れたレディさ……じゃなくて、神経でも無くて」
「何を抜くのよ?」
「歯を」
「え、そんなに悪化していたの?」
「なんとなんと、親知らずに虫歯が発生していたのですよ」

 おやしらず、なにそれ? と思った瞬間、そういえば奥歯の名前だと気づいた。
 レイ曰く、虫歯が進行して欠けた歯は右下奥歯の親知らず、だったとか。

「親知らず、抜いていいんだっけ?」
「うん。なんか奥の方にあるから歯磨きしても綺麗にするのが難しいんだって。だから今回欠けた部分を埋めて治してもまた再発する可能性が高いらしい。幸い変な生え方してないから──私みたいな真っ直ぐ育っているから、30分くらいで抜けるとのこと」
「もう抜くの?」
「抜歯できる先生が今日いるから抜いちゃう? とニコニコされながら聴かれたんです。でも親知らずの虫歯について延々怖い話を聞かされたから殆ど誘導尋問!」
「……レイのお母さんに相談したの?」
「──抜け、と。私もあんたくらいの頃に抜いたよ、だって」
「じゃあ抜けばいいじゃない。ねぇ、ちょっと何で私の隣に座るのよ。治療室に戻りなさい」
「こ・わ・いよ~!」

 レイは私に寄りかかりウネウネとうねりながら声を上げる。擦り寄られるとゾクゾクっとした甘い快楽を覚えつつ、私は心を鬼にしてレイを引き剥がす。

「ただ抜くだけでしょ?」
「麻酔して、引っこ抜くの! 麻酔だよ麻酔! 歯茎に注射! ぶすッ! って……あぁ~想像するだけで震えが止まらん!」ガクガクブルブルと大げさに震え始めた。
「今は昔みたいに麻酔の注射も痛くないらしいわ」

 親知らずの抜歯について調べてみた。
 やはり虫歯になった場合は抜くのが一般的らしい。

「よし、サクラ、一緒に中入ろう!」
「無理」
「そして私のお手々を優しく……でもがっちり掴んで下さい」
「レイは私に縋るほど、弱くないわ」「わかる。確かにその通り」「……うん? うん」「けどさ、時には弱い部分も露呈しちゃう、人間だもの。ってかちょっと見て帰ると思っていたから抜歯なんて不意打ちで怖いんですけど!」
「まぁそうね、だったら明日にしたら? 今日は突然の出来事に困惑しているので少し考えます、って」
「嫌いなことは後回しにしたくないタイプなんです」
「……はよ行け」
「だぁかぁらぁ~一緒に来てよ」
「しょうがないわね」「やった!」「治療室の扉まで見送ってあげる」
「ふぅ~~、それでまぁしょうがねぇ手を打ってやるか。はぁ、私の歯がバッシバシと抜歯されるのをここで1人孤独に待ってろ!」
「バッシバシと抜歯」
「……それ言うの辞めろ、恥ずい!」
「いや、あんたが言ったんじゃない」
「私の計算ではサクラがなんかツボに入ってケラケラ笑うの期待していたのに冷めた顔晒すのなんか解釈違い、裏切られた……」

 レイに手を掴まれて立たされ、そのまま治療室の扉に向かう。
 ──本当にここまでよ、とレイを断ち切るように想いを込めた。
 瞬間、ぬるっと何かが私の中に零れ落ちる。
 え? と思った時にはその記憶がまるで血飛沫のように脳裏に広がった。

 忘れていた……違う、思い出さないようにしていた。
 あの時、
 手のひらをカッターで切り裂いた時に、あの別荘の付近に町医者は無く、最寄りの救急病院に向かうにも数時間かかる。市販の痛み止めでは焼け石に水で全く痛みが収まらなかった。指先に無数に集中する神経がけたたましいサイレンを鳴らすかのように激痛が轟いた。狂う、と思った。寧ろ狂いたかった。でも狂えなかった。意識はあり、正常に思考が続く。ただただ痛いだけだった。心の傷すら凌駕しようとする肉体的な痛みに驚いた。
 仕方なく近くにあった歯医者に向かい、どうにか痛み止めを処方して貰った。
 という、記憶──。

「やれやれ、それでは……行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「……抜歯が終わったら、私くまたんの新しいフィギュア買うんだ」

 レイは切ない表情を浮かべながら中に入っていった。
 1人取り残された私は、傷が残っている手の震えを抑えるように肘を掴んだ。……震えてなんかいなかった。そういうフリ、をしているだけ。そうよね、もう過去の古い物語なんだから、私はいつまでそれに縛られて生きなければいけないの?

☆★☆★

「はぅぅぅ……」

 ──30分後。
 治療室から出てきたレイは、よろよろと千鳥足で彷徨うように進みながら、私の隣に座り込んだ。
 頬を手で押さえつけながら。
 顔は苦痛に歪む……ではなく、顔面蒼白な感じで震えていた。今度は本気で震えている。

「大丈夫?」
「あぅぅ……」
「親知らず、抜けたの?」

 レイは小さく頷いた。なんかとても弱っているわね……。私と背丈は同じくらいなのに、縮こまって座る姿から獲物から逃げ延びて震える小動物のような印象を覚えた。

「はぅぅ……」
「痛むの?」
「……いぁい、いはぁい……」
「麻酔したのよね?」
「もちろんしたよぉ。でも終わり間際に切れたみたいで……シクシクシクゥゥゥ! って抜けた穴が……はぁはぁはぁ。すぐに痛み止め飲ませて貰ったけどまだ効いてないの」

 治療室に入るまでの怖がり方はレイ特有のフリで、実際のところ大したことありませんでした! って感じでいつものように陽気に飛び出てくると思っていただけに、痛々しい姿に面食らう。

 その後料金を払い、歯医者を後にした。
 レイは私に寄りかかるようにして歩く。

「まだ痛いの?」
「収まってきたけど……今度はじ~~~んってする……」

 レイは頬を抑えながら言う。瞳には涙が滲んでいた。なんて愛らしい……じゃなくて、痛ましい姿なのかしら。可愛そうに。可愛そう。カワウソ。……本当に可愛そうと思っているわよ。何故かレイは訝しげな視線をぶつけてくる。

「あと少しで家につくから頑張って」
「おんぶしてくれ」
「……いいけど」
「やっぱいいや、多分落とされる。……抱っこできる?」「おんぶならまだしも、抱っこは絶対無理よ」
「サクラがムキムキだったら良かったのに……」

 理不尽な批判を受けるも、今のレイは痛みで落ち着かない様子なので耐える。
 それでもだんだんと痛み止めが効いてきたのか、肩で息をすることもなくなった。

「ちょっと痛みが収まってきたかも……」
「歩ける?」
「あああ、歩いた時の振動が響くぅぅ……」

 ゆっくり亀のような速度で進み、レイの家にたどり着いた。レイはよたよたとよろめきながらソファに横になり、体を丸めて動かなくなってしまう。

「本当に大丈夫?」
「ただ単純に痛いのです……。薬を、薬を……」
「さっき飲んだばかりでしょ? これ……大量に服用しても効果に大した差は無いわよ」
「そうなの?」
「えぇ。あと数時間経過して、また痛みが非道くなったら飲みなさい」

 ──あの時、燃えるような痛みに耐えきれず、多めに飲んだことがあったけど、痛みはあまり収まらなかった。寧ろこれだけ飲んでも意味が無い、まだこの地獄を耐えなければならないの? と絶望した記憶が蘇る。

「サクラぁ……」
「ん?」
「あ、……やっぱ、なんでもない」

 ──サクラ来て~!
 と普段なら言うはずなのに、どうして? と疑問が湧き上がる。体が反射的にレイの下に向かおうとしていたので、おかしな感覚に戸惑う。でもレイも顔をひょこっと揺らして一瞬私を見たから同じことをどうやら同じことを考えてるみたいね。

「……今日の夕食はどうする?」
「なんかお母さんがサクラちゃん泊まりに来るんでしょ? ってカレー作ってくれた。一晩経ったカレーは美味いぞ~!」
「レイのお母さんの作るカレー美味しいのよね。でもレイ食べられるの?」
「え、あっ……」

 親知らずを抜歯した直後の状態で、刺激的なルーが流れ込むカレーを食べても良いのかしら?
 ネットで調べると麻酔が切れるまでは食事を控え、術後当日はお粥などの傷痕に触れにくい食事にしたほうが良いとのこと。

「う~ん、カレーってさ、お粥の仲間っぽいからいけるかな?」
「いや違う、国が、文化が違うわ。もしも傷痕に触れたら染みるわよ」
「うぅぅ、確かに。……それじゃあ申し訳ないけど、コンビニかスーパーでお粥とあと、あのゼリー買ってきてください」
「いいわよ。それだけでいいの?」「あとくまたんチョコ。なんか親知らず抜歯の後はくまたんのおかげで痛みが引きました! 救われました! ってネットに書いてある!」「書いてねぇ」

☆★☆★


//続く
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