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本気を出すコツ!!
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今日は休日であるがカオスシンガースの皆が集まり、市内のカラオケ屋さんにやってきた。やってきたのは大学近くにあるジェリビという店である。ここには何回かヒトカラでお世話になった事がある。しかし、大学の同じ学科の生徒と出くわし、ヒトカラをしている事がばれてしまったので、それ以降はこの店にいくのは遠慮していた。しかし今日は一人ではなく、カオスシンガースの皆で来たので、ヒトカラしているところを見られるなんて心配は無い。受付をすませ、一階の五人でも歌える広い部屋へと入った。
「私って、カラオケははじめてなのよね。今日はカラオケに慣れているセームくんに教えてもらおうかしら」
「意外だな。或斗なら何回か行った事はあるかなと思ったんだけど」
「人前で歌うにしても、練習で歌うにしてもこういうところは行った事がないからね。ところでセームくん、テンションあがってる?」
「い、いや別にそんなことは……」
自分はカラオケ大好き人間だ。しかし、或斗に自分の心を見透かされるというのが嫌で嘘をついた。
「顔に出ているわよ」
カラオケは楽しいものと自分の心が思い込んでおり、それが顔や態度に出てしまったみたいだ。このせいで昔から嘘をついてもすぐにばれる。
「……正直なやつだ」
馬上がぼそりとつぶやく。
「セーム君、カラオケって発声練習できる歌ってあるかしら?」
「ああ、あるぞ。ちょっと待ってくれ」
以前ヒトカラで発声練習用の曲を見つけたことがあるので、適当にタッチパネルのリモコンをペンで操作して、曲を探していく。すぐに見つかったので曲を入れた。
「手慣れているわね。流石ヒトカラよくやっているだけあるわね♪」
「全然嬉しくないな……」
「でも私もヒトカラよくやるよ~。人前で歌いにくい歌もあるし、人前で曲を披露する前にヒトカラで鍛えてくるっていうのはあるあるなんだよ~」
「そうなんだよ聖、自分の言いたかった事はそれなんだ!」
「だよね~! 初めてセーム君と気が合うと思った~!」
意外なところで聖と距離を縮める事が出来た。
さて、モニターには発声練習の画面が映し出されていた。
「へぇ、意外と本格的な内容ね。ちゃんと発声練習できそうね」
或斗がカラオケの発声練習に感心していた。モニターの画面上にピアノの絵が表れて、何の音を出すかを指示した。ほかにもどんな姿勢になるか、ストレッチの仕方etc。場所が場所なので皆、いつも以上に楽しみながら発声練習をしている。
「腹式呼吸のやり方はないみたいね……思い出した! 馬上くん、以前頼んでいた資料ある?」
馬上はごそごそと自分のバッグからプリントを取り出し、メンバーたちに渡した。人体の断面図の漫画と一緒に、説明が書かれている。
「……この絵の様に肺の下の横隔膜を意識するのがポイント……肺を真下に伸ばす様に膨らまして、下のお皿の形をした横隔膜を押すのを意識すれば……自然と腹式呼吸になる」
イメージは馬上の説明でつかめたが、体の中の肺や横隔膜の動きって、意識してもちゃんとやれてるのかわかりづらいな。
「……人間は腕や脚のような意識して動かせる筋肉と、意識してもその通りに動かしづらい筋肉がある……慣れないうちは難しい……みぞおちに指をあてながら呼吸しろ……横隔膜の感触がわかる」
「おっ、なんか皿っぽいもの感じ取れたぞ。こいつが横隔膜か」
左京が横隔膜に触れたようだ。
「腹式呼吸は歌い手の必修科目ね、これがしっかり出来れば安定して歌えるようになるわよ。あとね、誰か私の脇腹を触ってみて」
或斗はそう言いながら、両手を使って脇腹のここを触るのよというジェスチャーをした。
がしっ
すぐに聖が駆け寄り、がっちりと或斗の脇腹を掴む。
「腹式呼吸が出来る人は背中とお腹が同時に膨らむようになっているから、こうやって触って実感してもらえたらいいわ。これは一日二日で身につくものじゃないから、暇を見つけて一分でもいいから毎日練習する事をおすすめするわ」
さわわ さわわ
「あと、アデルちゃんそろそろいいかな? 触り方がエロいんだけど?」
聖はセクハラオヤジの顔をして、或斗の脇腹をもみもみしている。
可愛い顔が変顔になって台無しである。
「十分楽しんだからいいでしょ?」
或斗はいつぞやか自分に見せた強靭な握力で聖の手を強引に引き剥がす。
「いたたた! まだ或斗ちゃんのお腹を触りた~い!」
「じゃあ私より上手くなったら、なんでもしていいわよ♪」
その言葉を聞いて聖は素直に手を離した。
「さて、理論はここまでにして実際に歌いながら習得してもらったほうがいいわね。先発は誰が行く?」
モニターの画面に曲名が表示されている。誰かいつの間にか曲をいれたみたいだ。
「ドリルでギュルルン♪」
ガチガチに電波なアニソンっぽい曲名である。皆、聖がいれたと察した。聖はマイクを持ってスタンバイした。
ちゃんちゃらちゃんちゃん♪
スペインの闘牛士を彷彿させるようなBGMが流れたが、すぐにノリのいいかんじの曲調に変わった。
「ド~リルでドリドリドリリンリン♪ ハートがキュンキュンキュキュキュンキュン♪ 変身だ~今がチャンスさ~♪」
一同、何を思ってこの曲を聴いているのだろうか? 自分は「なんじゃこの電波な歌詞は!?」と思いながら聴いている。でもこの曲に聖のキャピキャピしたアイドル声がとても合う。メロディはなんとなく昔を感じる、90年代ぐらいの歌かな?
「ドリル! えぐりま~す♪」
一応、歌のクオリティは悪くはないので、歌が終わると皆自然と拍手していた。聖はみんなの反応を期待している感じのリアクションをしている。
「アデルちゃん、トップバッターお疲れ様! いい歌だったわよ! こういう歌は私には出来ないし、他のメンバーにも出来ないと思う。アデルちゃんだからこそしっくりくる歌だと思うわ♪」
「どういたしまして♪」
「率直に言うが、あたしゃあついていけんわこのノリ」
左京の反応が自分含めた一般人がアデルの歌を聴いた時の反応だろう。それに対し、或斗は聖の歌を上手く褒めたと思う。
「今の歌の元ネタが気になる……」
馬上の質問は危ないゾーンに入るものじゃないかと思った。
「これはマニアしかアニメが元ネタなんだよね。でも、アニメのOP自体は元祖電波ソングとして有名なんだよ! 内容を簡単に説明すると、頭がドリルの女の子が戦うアニメで、最終回でライバルが亡くなるわスタッフの死まで伝えられるわ、しまいには「私の戦いはこれからだ!」で終わる迷作アニメなの!」
どっから突っ込んでいいのかよくわからんアニメだな……。
「じゃあ次は馬上くん! はい!」
聖は馬上に選曲用のリモコンを渡した。
「……何が良いか分からない、アデルみたいな歌がいいのか……」
馬上はどうやら選曲で悩んでいたみたいだ。馬上はこういうところに来たことがないタイプだと予想はできていた。助け舟を出してやった方がいいかなと思った。
「馬上、聖みたいなのはやめとけ。それはそれで面白そうだけどやめとけ。とりあえず、これあたりだったら馬上の声質に合うと思う。有名な曲だから大丈夫だよな」
そう言って馬上が歌えそうなのをチョイスした。
「……できれば、お前のサポートも欲しい」
意外な言葉が返ってきた。しかし、馬上の頼みなら是非とも承知したいと思った。
「あぁ、分かった」
ポチポチとタッチパネルを操作して、次の曲をいれた。入力が終わり、モニターに曲名が現れた。
「あっ、これか~、馬上くんなら合いそうだね」
「高音パートでセームくん、低音パートで馬上くんが光る曲ね」
「おっ、これはあたしは好きだな」
「宇宙戦艦ヤマダ」
誰もが知っている定番のアニソンだ。大御所の歌手による男らしい歌は兄貴のためのソング、まさに兄ソンといっても良いだろう。
「さよなら~、母星よ~、旅立つ船は~、宇宙戦艦~ヤ~マ~ダ~♪」
初っ端から低音で始まり、テノールの自分にはちょいとキツイ。
馬上もちょっと緊張しているところはあるが、自分よりは響きかせて声を出している。
「「「「「宇宙戦艦ヤーマーダー!」」」」」
ここだけはマイクを持っていない女性陣も歌いたかったみたいだ。
五人全員の意思がそろって、自然とはもった。
「やっぱこの歌いいな~、あたし最初に歌っときゃあ良かったなぁ~」
「これ合唱の曲として悪くないわね、幅広い年齢層が受け入れやすいし、今度楽譜探してみようかしら」
「……俺は聴ける歌を歌っていただろうか」
馬上が自分の歌に対しどんな評価を下されるか心配している。
「カラオケ初めてにしちゃあ上出来だと思うぞ、自信もっていいぜ馬上」
「低音パートは流石馬上君って思うけど、高音パートはセーム君の声の方がやっぱいいわね♪ 流石テノール♪ 前の練習の時よりも大分いいじゃん♪」
自分は或斗の高評価を不気味に思った。或斗ならけなすだろうと予想していたからだ。
「……もしかして或斗は一応褒めてあげようという感じか?」
「なぁに? 褒められるのが嫌ならけなしてあげるわよ。セーム君はやっぱり低音だと声が汚いし、高音パートはまあまあいいけど喉声ぎみなところがちらほらとある。つまり力はいりすぎているわね。あと、歌に感情移入するのはいいけど、音程を無視しすぎると下手に聞こえるわよ。以上♪」
或斗から、自分の歌の悪かったところを容赦なく突っ込まれた。
「……はっきり言われてもこれはこれで嫌だな」
「そう? むしろ人の悪いところを言うのって嫌われるの覚悟で言わなきゃいけないのよ♪ こういう人の存在にはむしろ感謝してもらいたいくらいよ♪」
「そうだぞセーム! あたしも失敗したら、じいちゃんにボロクソに言われて泣かされたんだぞ! でもそういう積み重ねあって昨日よりも今日のあたしが好きになれるんだ!」
或斗に続き左京にまでお説教をされた。いやいや待て待て、今は自分へのお説教の時間ですか? 今日は楽しんでカラオケするんじゃないのか?
「まあいいや、あたしも早く歌いたいから、こいつをっと」
左京はカラオケのリモコンをポチポチとして曲を入れた。
「カラオケのリモコン見ると思い出すな! 昔、リモコンを喧嘩に使ったら相手の頭が叩き割れて大騒ぎになっちまってな!」
「……どすこい」
さらっととんでもない武勇伝が左京の口から出た。
「テンマヨイの夜」
モニターに表示された曲名が分からなかった。これってどんな歌なんだろうか?
「あぁ、テンマヨイね。北海道の熊祭りをテーマにした歌で、歌唱力に自信のある方はよく歌うわね。声楽家さんが歌っているのも聴いた事があるわ」
或斗の口から曲の紹介がされた。
「へへ、じいちゃんがよくカラオケで歌っているから覚えたんだよ。歌うとすっげえ結構気持ちがいいぞ!」
壮大で古風なイントロが流れはじめてきた。
「あ~おいやぁ~~~~~~!!」
これは勇ましいと思った。左京は女ながらも男らしく歌っている。
「た~んた~~~ん、太鼓を鳴らし~~~~~~っ♪」
自然と皆が聞き入っていた。曲が終わると、四人の拍手に左京は包まれた。
「どうでい!」
「この曲合うとは思っていたけど、合いすぎね! 声量もなかなかだけど、最初の歌詞が結構難しいのよ。リズムとか音程とか絶対間違えるかなと思ったんだけど、完璧に合ってたわね」
或斗がテンションを高くして左京を褒めた。自分から見てもなかなか大したもんだと思う。
「……恋奈の方がソロ向いてそう」
「本当! ソロでもいける力あるよ!」
「だろ? だろ?」
うっ、唐突にその話題を出されたか。ここはあえて何も反応しないで、話題が流れるのを待つか。
「よし、捲土重来のチャンスよ、セーム君GO!」
「……或斗、お前には人の考えを見透かす力でもあるのか?」
「なんのことかな♪」
或斗は小悪魔じみた笑いを浮かべながらそう言った。こういう場に来たんだから歌うのは当たり前だが、もっとプレッシャーのない雰囲気で歌いたかった。
「よう! 捲土重来マン! いい歌聴かせろよ!」
左京も或斗の調子にのっかってきた。ここで、立ち止まっても何にもならんし、とりあえず曲を入れた。捲土重来の意味は分からんが、とにかく名誉を取り戻さんとな。
「無免で」
「おっ、セーム君から意外な曲が出たわね~」
自分らしくない歌に或斗が反応を示した。この曲は自分にとっては魂ともいえる歌だ。聖、馬上、左京がここまで良い歌を聴かせてくれた分、自分の中でも対抗心の心が燃えてきた。ここらで、自分にも歌い手としてのプライドがあるんだってところを見せてやりたい! 自分の感情を全力で出し切る!
「教科書に落書き~♪」
皆静かに聞き入っている。自分の予想外の歌声に驚いているのだろう。しかし、ここらへんはまだまだウォーミングアップに等しいところだ。
「そしてダチたちと今夜! 集会の計画をたてる! とにかくもう、家や学校には戻りたくない~♪」
この辺から、自分も歌の世界にのっかっている感じがしてきた。
自分は歌詞のような不良ではなかったが、思春期を味わったからこの歌詞の気持ちがよく分かる。それは自分だけでは無いはずだ。
「無免で走り出す~♪ 暗い闇の中へ~♪」
陸上はやったことはないが、ランナーズハイのような気持ちになっていた。歌詞というロードを走る。ただそれだけなのに気持ちが良い。いつしか歌は終わった。それに気づいたのは拍手が鳴った時だった。
「おい、おめえいいじゃねえか! これでソロ行った方がいんじゃねぇか!」
今日、左京から初めて褒められたかもしれない。
「うぅ、セーム君のくせに、私を泣かせるなんて生意気だよ! もう!」
聖が鼻水まで出しながら泣いている。脇から馬上がそっとティッシュを渡している。
「よし、セーム君! これでソロもいけそうね!」
このタイミングでようやく気付いた。或斗がなぜカラオケを練習の場に選んだのかを。合唱の時に、自分の歌の原点であるカラオケを忘れていたからなのだ。カラオケにおける「歌ってやるぞ!」って気持ちを合唱を出せば良いのだ。
自分はこの歌を中学のころからよく知っていて、メロディもいいなと思って歌詞を見たり、光景を想像しながら歌ったりした。いつしかこの歌の世界を楽しんで歌うようになっていたのだ。
(勘違いしないで、私はみんなが楽しめる合唱を目指しているのよ。合唱は『音楽』、楽しむ音よ! 決して音で苦しむ『音が苦』ではないわ!)
或斗に初めて出会った時の言葉を思い出した。これが答えだ。或斗が既に答えを言っていたのだ。 「音楽」を意識すれば良かったんだ。
「では私も歌わせてもらいます、映画監督さんが女性と勘違いした歌手よ♪」
或斗がカラオケのリモコンを操作し、曲を入れた。
「もけけ姫」
「あっ、もけけ姫!」
アニソンゆえに聖が興味津々な反応を示した。
「♪~♪~♪~♪~♪」
なんだこれは、心が洗われるかのようなメロディだ。今の自分はただ呆然と或斗の曲を聴いてしまっている。素晴らしいとか惚れるとかそんな次元で言えるレベルじゃない。あえて言葉をあてはめるなら神々しいというワードがいいかもしれない。
「はい、どうだったかな♪」
いつの間にか或斗の歌が終了していた。楽しい時間は早く感じるとよく言うが、まさにそれである。もっと長く聴いても良かったと思う。
「……very beautiful」
「ちきしょう! こんな歌の後はあたしがどんなに上手く歌っても下手にしか思われねえ!!」
「アルちゃんもう一回! もう十回! もう百回!」
各メンバーが或斗に賛辞を送った。しかし、自分は自分らしからぬ気持ちを抱いていた。
「逆に燃えてきた。或斗が強敵だろうと関係ねえ!」
自分のそんな反応を見て、或斗は良い笑顔を返した。
この後もカオスシンガースの熱く楽しいカラオケご披露会は続いた。
次の練習日、自分はソロを上手く歌えるようになっていたのであった。
「私って、カラオケははじめてなのよね。今日はカラオケに慣れているセームくんに教えてもらおうかしら」
「意外だな。或斗なら何回か行った事はあるかなと思ったんだけど」
「人前で歌うにしても、練習で歌うにしてもこういうところは行った事がないからね。ところでセームくん、テンションあがってる?」
「い、いや別にそんなことは……」
自分はカラオケ大好き人間だ。しかし、或斗に自分の心を見透かされるというのが嫌で嘘をついた。
「顔に出ているわよ」
カラオケは楽しいものと自分の心が思い込んでおり、それが顔や態度に出てしまったみたいだ。このせいで昔から嘘をついてもすぐにばれる。
「……正直なやつだ」
馬上がぼそりとつぶやく。
「セーム君、カラオケって発声練習できる歌ってあるかしら?」
「ああ、あるぞ。ちょっと待ってくれ」
以前ヒトカラで発声練習用の曲を見つけたことがあるので、適当にタッチパネルのリモコンをペンで操作して、曲を探していく。すぐに見つかったので曲を入れた。
「手慣れているわね。流石ヒトカラよくやっているだけあるわね♪」
「全然嬉しくないな……」
「でも私もヒトカラよくやるよ~。人前で歌いにくい歌もあるし、人前で曲を披露する前にヒトカラで鍛えてくるっていうのはあるあるなんだよ~」
「そうなんだよ聖、自分の言いたかった事はそれなんだ!」
「だよね~! 初めてセーム君と気が合うと思った~!」
意外なところで聖と距離を縮める事が出来た。
さて、モニターには発声練習の画面が映し出されていた。
「へぇ、意外と本格的な内容ね。ちゃんと発声練習できそうね」
或斗がカラオケの発声練習に感心していた。モニターの画面上にピアノの絵が表れて、何の音を出すかを指示した。ほかにもどんな姿勢になるか、ストレッチの仕方etc。場所が場所なので皆、いつも以上に楽しみながら発声練習をしている。
「腹式呼吸のやり方はないみたいね……思い出した! 馬上くん、以前頼んでいた資料ある?」
馬上はごそごそと自分のバッグからプリントを取り出し、メンバーたちに渡した。人体の断面図の漫画と一緒に、説明が書かれている。
「……この絵の様に肺の下の横隔膜を意識するのがポイント……肺を真下に伸ばす様に膨らまして、下のお皿の形をした横隔膜を押すのを意識すれば……自然と腹式呼吸になる」
イメージは馬上の説明でつかめたが、体の中の肺や横隔膜の動きって、意識してもちゃんとやれてるのかわかりづらいな。
「……人間は腕や脚のような意識して動かせる筋肉と、意識してもその通りに動かしづらい筋肉がある……慣れないうちは難しい……みぞおちに指をあてながら呼吸しろ……横隔膜の感触がわかる」
「おっ、なんか皿っぽいもの感じ取れたぞ。こいつが横隔膜か」
左京が横隔膜に触れたようだ。
「腹式呼吸は歌い手の必修科目ね、これがしっかり出来れば安定して歌えるようになるわよ。あとね、誰か私の脇腹を触ってみて」
或斗はそう言いながら、両手を使って脇腹のここを触るのよというジェスチャーをした。
がしっ
すぐに聖が駆け寄り、がっちりと或斗の脇腹を掴む。
「腹式呼吸が出来る人は背中とお腹が同時に膨らむようになっているから、こうやって触って実感してもらえたらいいわ。これは一日二日で身につくものじゃないから、暇を見つけて一分でもいいから毎日練習する事をおすすめするわ」
さわわ さわわ
「あと、アデルちゃんそろそろいいかな? 触り方がエロいんだけど?」
聖はセクハラオヤジの顔をして、或斗の脇腹をもみもみしている。
可愛い顔が変顔になって台無しである。
「十分楽しんだからいいでしょ?」
或斗はいつぞやか自分に見せた強靭な握力で聖の手を強引に引き剥がす。
「いたたた! まだ或斗ちゃんのお腹を触りた~い!」
「じゃあ私より上手くなったら、なんでもしていいわよ♪」
その言葉を聞いて聖は素直に手を離した。
「さて、理論はここまでにして実際に歌いながら習得してもらったほうがいいわね。先発は誰が行く?」
モニターの画面に曲名が表示されている。誰かいつの間にか曲をいれたみたいだ。
「ドリルでギュルルン♪」
ガチガチに電波なアニソンっぽい曲名である。皆、聖がいれたと察した。聖はマイクを持ってスタンバイした。
ちゃんちゃらちゃんちゃん♪
スペインの闘牛士を彷彿させるようなBGMが流れたが、すぐにノリのいいかんじの曲調に変わった。
「ド~リルでドリドリドリリンリン♪ ハートがキュンキュンキュキュキュンキュン♪ 変身だ~今がチャンスさ~♪」
一同、何を思ってこの曲を聴いているのだろうか? 自分は「なんじゃこの電波な歌詞は!?」と思いながら聴いている。でもこの曲に聖のキャピキャピしたアイドル声がとても合う。メロディはなんとなく昔を感じる、90年代ぐらいの歌かな?
「ドリル! えぐりま~す♪」
一応、歌のクオリティは悪くはないので、歌が終わると皆自然と拍手していた。聖はみんなの反応を期待している感じのリアクションをしている。
「アデルちゃん、トップバッターお疲れ様! いい歌だったわよ! こういう歌は私には出来ないし、他のメンバーにも出来ないと思う。アデルちゃんだからこそしっくりくる歌だと思うわ♪」
「どういたしまして♪」
「率直に言うが、あたしゃあついていけんわこのノリ」
左京の反応が自分含めた一般人がアデルの歌を聴いた時の反応だろう。それに対し、或斗は聖の歌を上手く褒めたと思う。
「今の歌の元ネタが気になる……」
馬上の質問は危ないゾーンに入るものじゃないかと思った。
「これはマニアしかアニメが元ネタなんだよね。でも、アニメのOP自体は元祖電波ソングとして有名なんだよ! 内容を簡単に説明すると、頭がドリルの女の子が戦うアニメで、最終回でライバルが亡くなるわスタッフの死まで伝えられるわ、しまいには「私の戦いはこれからだ!」で終わる迷作アニメなの!」
どっから突っ込んでいいのかよくわからんアニメだな……。
「じゃあ次は馬上くん! はい!」
聖は馬上に選曲用のリモコンを渡した。
「……何が良いか分からない、アデルみたいな歌がいいのか……」
馬上はどうやら選曲で悩んでいたみたいだ。馬上はこういうところに来たことがないタイプだと予想はできていた。助け舟を出してやった方がいいかなと思った。
「馬上、聖みたいなのはやめとけ。それはそれで面白そうだけどやめとけ。とりあえず、これあたりだったら馬上の声質に合うと思う。有名な曲だから大丈夫だよな」
そう言って馬上が歌えそうなのをチョイスした。
「……できれば、お前のサポートも欲しい」
意外な言葉が返ってきた。しかし、馬上の頼みなら是非とも承知したいと思った。
「あぁ、分かった」
ポチポチとタッチパネルを操作して、次の曲をいれた。入力が終わり、モニターに曲名が現れた。
「あっ、これか~、馬上くんなら合いそうだね」
「高音パートでセームくん、低音パートで馬上くんが光る曲ね」
「おっ、これはあたしは好きだな」
「宇宙戦艦ヤマダ」
誰もが知っている定番のアニソンだ。大御所の歌手による男らしい歌は兄貴のためのソング、まさに兄ソンといっても良いだろう。
「さよなら~、母星よ~、旅立つ船は~、宇宙戦艦~ヤ~マ~ダ~♪」
初っ端から低音で始まり、テノールの自分にはちょいとキツイ。
馬上もちょっと緊張しているところはあるが、自分よりは響きかせて声を出している。
「「「「「宇宙戦艦ヤーマーダー!」」」」」
ここだけはマイクを持っていない女性陣も歌いたかったみたいだ。
五人全員の意思がそろって、自然とはもった。
「やっぱこの歌いいな~、あたし最初に歌っときゃあ良かったなぁ~」
「これ合唱の曲として悪くないわね、幅広い年齢層が受け入れやすいし、今度楽譜探してみようかしら」
「……俺は聴ける歌を歌っていただろうか」
馬上が自分の歌に対しどんな評価を下されるか心配している。
「カラオケ初めてにしちゃあ上出来だと思うぞ、自信もっていいぜ馬上」
「低音パートは流石馬上君って思うけど、高音パートはセーム君の声の方がやっぱいいわね♪ 流石テノール♪ 前の練習の時よりも大分いいじゃん♪」
自分は或斗の高評価を不気味に思った。或斗ならけなすだろうと予想していたからだ。
「……もしかして或斗は一応褒めてあげようという感じか?」
「なぁに? 褒められるのが嫌ならけなしてあげるわよ。セーム君はやっぱり低音だと声が汚いし、高音パートはまあまあいいけど喉声ぎみなところがちらほらとある。つまり力はいりすぎているわね。あと、歌に感情移入するのはいいけど、音程を無視しすぎると下手に聞こえるわよ。以上♪」
或斗から、自分の歌の悪かったところを容赦なく突っ込まれた。
「……はっきり言われてもこれはこれで嫌だな」
「そう? むしろ人の悪いところを言うのって嫌われるの覚悟で言わなきゃいけないのよ♪ こういう人の存在にはむしろ感謝してもらいたいくらいよ♪」
「そうだぞセーム! あたしも失敗したら、じいちゃんにボロクソに言われて泣かされたんだぞ! でもそういう積み重ねあって昨日よりも今日のあたしが好きになれるんだ!」
或斗に続き左京にまでお説教をされた。いやいや待て待て、今は自分へのお説教の時間ですか? 今日は楽しんでカラオケするんじゃないのか?
「まあいいや、あたしも早く歌いたいから、こいつをっと」
左京はカラオケのリモコンをポチポチとして曲を入れた。
「カラオケのリモコン見ると思い出すな! 昔、リモコンを喧嘩に使ったら相手の頭が叩き割れて大騒ぎになっちまってな!」
「……どすこい」
さらっととんでもない武勇伝が左京の口から出た。
「テンマヨイの夜」
モニターに表示された曲名が分からなかった。これってどんな歌なんだろうか?
「あぁ、テンマヨイね。北海道の熊祭りをテーマにした歌で、歌唱力に自信のある方はよく歌うわね。声楽家さんが歌っているのも聴いた事があるわ」
或斗の口から曲の紹介がされた。
「へへ、じいちゃんがよくカラオケで歌っているから覚えたんだよ。歌うとすっげえ結構気持ちがいいぞ!」
壮大で古風なイントロが流れはじめてきた。
「あ~おいやぁ~~~~~~!!」
これは勇ましいと思った。左京は女ながらも男らしく歌っている。
「た~んた~~~ん、太鼓を鳴らし~~~~~~っ♪」
自然と皆が聞き入っていた。曲が終わると、四人の拍手に左京は包まれた。
「どうでい!」
「この曲合うとは思っていたけど、合いすぎね! 声量もなかなかだけど、最初の歌詞が結構難しいのよ。リズムとか音程とか絶対間違えるかなと思ったんだけど、完璧に合ってたわね」
或斗がテンションを高くして左京を褒めた。自分から見てもなかなか大したもんだと思う。
「……恋奈の方がソロ向いてそう」
「本当! ソロでもいける力あるよ!」
「だろ? だろ?」
うっ、唐突にその話題を出されたか。ここはあえて何も反応しないで、話題が流れるのを待つか。
「よし、捲土重来のチャンスよ、セーム君GO!」
「……或斗、お前には人の考えを見透かす力でもあるのか?」
「なんのことかな♪」
或斗は小悪魔じみた笑いを浮かべながらそう言った。こういう場に来たんだから歌うのは当たり前だが、もっとプレッシャーのない雰囲気で歌いたかった。
「よう! 捲土重来マン! いい歌聴かせろよ!」
左京も或斗の調子にのっかってきた。ここで、立ち止まっても何にもならんし、とりあえず曲を入れた。捲土重来の意味は分からんが、とにかく名誉を取り戻さんとな。
「無免で」
「おっ、セーム君から意外な曲が出たわね~」
自分らしくない歌に或斗が反応を示した。この曲は自分にとっては魂ともいえる歌だ。聖、馬上、左京がここまで良い歌を聴かせてくれた分、自分の中でも対抗心の心が燃えてきた。ここらで、自分にも歌い手としてのプライドがあるんだってところを見せてやりたい! 自分の感情を全力で出し切る!
「教科書に落書き~♪」
皆静かに聞き入っている。自分の予想外の歌声に驚いているのだろう。しかし、ここらへんはまだまだウォーミングアップに等しいところだ。
「そしてダチたちと今夜! 集会の計画をたてる! とにかくもう、家や学校には戻りたくない~♪」
この辺から、自分も歌の世界にのっかっている感じがしてきた。
自分は歌詞のような不良ではなかったが、思春期を味わったからこの歌詞の気持ちがよく分かる。それは自分だけでは無いはずだ。
「無免で走り出す~♪ 暗い闇の中へ~♪」
陸上はやったことはないが、ランナーズハイのような気持ちになっていた。歌詞というロードを走る。ただそれだけなのに気持ちが良い。いつしか歌は終わった。それに気づいたのは拍手が鳴った時だった。
「おい、おめえいいじゃねえか! これでソロ行った方がいんじゃねぇか!」
今日、左京から初めて褒められたかもしれない。
「うぅ、セーム君のくせに、私を泣かせるなんて生意気だよ! もう!」
聖が鼻水まで出しながら泣いている。脇から馬上がそっとティッシュを渡している。
「よし、セーム君! これでソロもいけそうね!」
このタイミングでようやく気付いた。或斗がなぜカラオケを練習の場に選んだのかを。合唱の時に、自分の歌の原点であるカラオケを忘れていたからなのだ。カラオケにおける「歌ってやるぞ!」って気持ちを合唱を出せば良いのだ。
自分はこの歌を中学のころからよく知っていて、メロディもいいなと思って歌詞を見たり、光景を想像しながら歌ったりした。いつしかこの歌の世界を楽しんで歌うようになっていたのだ。
(勘違いしないで、私はみんなが楽しめる合唱を目指しているのよ。合唱は『音楽』、楽しむ音よ! 決して音で苦しむ『音が苦』ではないわ!)
或斗に初めて出会った時の言葉を思い出した。これが答えだ。或斗が既に答えを言っていたのだ。 「音楽」を意識すれば良かったんだ。
「では私も歌わせてもらいます、映画監督さんが女性と勘違いした歌手よ♪」
或斗がカラオケのリモコンを操作し、曲を入れた。
「もけけ姫」
「あっ、もけけ姫!」
アニソンゆえに聖が興味津々な反応を示した。
「♪~♪~♪~♪~♪」
なんだこれは、心が洗われるかのようなメロディだ。今の自分はただ呆然と或斗の曲を聴いてしまっている。素晴らしいとか惚れるとかそんな次元で言えるレベルじゃない。あえて言葉をあてはめるなら神々しいというワードがいいかもしれない。
「はい、どうだったかな♪」
いつの間にか或斗の歌が終了していた。楽しい時間は早く感じるとよく言うが、まさにそれである。もっと長く聴いても良かったと思う。
「……very beautiful」
「ちきしょう! こんな歌の後はあたしがどんなに上手く歌っても下手にしか思われねえ!!」
「アルちゃんもう一回! もう十回! もう百回!」
各メンバーが或斗に賛辞を送った。しかし、自分は自分らしからぬ気持ちを抱いていた。
「逆に燃えてきた。或斗が強敵だろうと関係ねえ!」
自分のそんな反応を見て、或斗は良い笑顔を返した。
この後もカオスシンガースの熱く楽しいカラオケご披露会は続いた。
次の練習日、自分はソロを上手く歌えるようになっていたのであった。
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