電脳恋愛のすゝめ

コトシナミノル

文字の大きさ
5 / 25

第5話 すこしだけ、前に踏み出せば

しおりを挟む
『ボイスチャットをしませんか?』

 しばらくの間、私は画面の前でフリーズしてしまいました。
 目を忙しなく動かし、何度も内容を理解しようとしましたが、結局それ以上の情報は得られません。

 ボイスチャット

 ソフト内のテキストチャットではなく、ゲーム機に内蔵されているアプリを使用して肉声による会話が可能になるシステムです。
 これにより学校の友達やSNS上で知り合った友人、ゲーム内で知り合った友人同士でコミュニティを結成し、会話をしながらゲームプレイをすることが可能になります。
 コメントを打つ手間が省け、ゲームプレイを阻害せずに仲間と会話が可能なので、解禁すれば今よりも快適なハンティングライフが待っていることでしょう。
 ただ、ボイスチャットには大きな欠点もあります。
 それは互いの肉声を介してコミュニケーションをとることで、匿名性が失われてしまうことです。これが現実世界でも知り合いで、最初から顔が割れている相手であれば、そこまで大きな抵抗は無かったでしょう。
 けれど、私とKUONさんはゲーム内で知り合った元々は赤の他人同士。こんな見た目ガチムチの歴戦の勇士みたいなアバターの中身が、引きこもりで根暗なオタク女だと知れれば、KUONさんを落胆させてしまうかもしれません。

 YUNI『その理由を教えてもらってもいいですか?(`・ω・´)?』

 書いては消し、書いては消して、結局思い浮かんだ文章はこんな平凡な一言になってしまいました。

 KUON『ボイスチャットを使えば』
 KUON『先ほどのような事故は起こらないと思うんです』

 先ほどの事故、というのは恐らくKUONさんが放った【決別のジャッジメント一矢アロー】により、【エンペルクレイ】の頭部破壊が起こったことでしょうか?あの時は確かに驚きましたが、ああいった事故が起こるのもマルチプレイならではだなぁなどと私は呑気な感想を抱きつつ、そのまま反射的にカウンターを決めてしまいました。
私はあまり気にしていなかったのですが、言われてみれば確かに私たちがパーティを組んでからこういった小さな事故はたびたび見られていたような気がします。
 プレイスタイルを見る限り、恐らくKUONさんは努力型のゲーマーです。敵を調べ尽くし、己の動きを研究し、反省を重ねて次に活かし、ひたすら狩りを続ける姿はまさに狩人のそれを彷彿とさせます。
一方の私は有り余る時間で得た膨大な経験値により、一方的にモンスターを蹂躙する社会不適合者です……恥ずかしさで胸がいっぱいですね。
 結局何が言いたいのかというと、きっとKUONさんは真剣なのです。
 誰よりもこのゲームを愛し、より良いゲームプレイを望んでいる……そんな予感がするのです。

 YUNI『なるほど……(_ _).。o○』
 YUNI『ちょっと考えてみてもよろしいでしょうか?(^ω^)?』

 KUON『もちろんです』
 KUON『夜も遅いのでまた今度返事を聞かせてください』

 YUNI『了解です٩( 'ω' )و』

 現在時刻は23時。
 さて、久々に考えなければならないことができてしまいました。
宿題を課されたのは学生時代以来ですね。……まぁ、一応まだ私は学校に籍を残しているのですが。
 といっても結論はこの時点でほとんど決まっているようなものでした。
 私の目の前には境界線があります。外の世界と内の世界を隔てる境界線。すこしだけ、前に踏み出せばあっさりと越えられるはずのそれを前に今までの私は立ち尽くすことしかできませんでした。
 けれど、ついにその時が来てしまったのかもしれません。
 だから、最後の日々を噛み締めるように私はコントローラーを握り締め、画面内のキャラクターは今宵もフィールドを駆け抜けるのでした。



「ちょっと強引だったかな?」

「んーどうなんだろう……でも、久遠珍しいよね」

「何が?」

「いや、おまえっていつもなんか冷めてるっつーか……心ここにあらずって感じじゃん」

「いきなり何を言い出すんだ久村さんよ」

「人当たりは悪くないから喋る奴には困らないけど友人少ないところとか、基本的に他人に興味なさそうじゃん?」

「久村さん久村さん、僕……泣いちゃうよ?」

「そのおまえがそこまで積極的に相手に踏み込もうとするのは珍しいなってことだよ」

「……そんなに?」

「そんなに。……まあ、いいんじゃねーの?YUNIさんだってもしかしたら受け入れてくれるかもしれないし、それで気まずくなったら……そうだな、新しいフレンドでも探せよ」

「久村……今のところ僕はYUNIさん以外とフレンドになる気は無いよ」

「お、言うねえ。その心は何よ?……もしかしてYUNIさんって女なの?」

「アバターは見た目ガチムチのおっさんだよ。……別に中身が男でも女でも僕はどちらでも構わない。僕はあの人のプレイに惚れたんだ」

「これは……重症だなあ」

「人を病気みたいに言うな」

「立派に病気さ。でも、今の久遠はいいと思うぜ。ボイスチャット、できるといいな」

「そう思うよ」

 始業のチャイムが鳴る。
 友人と会話するのに中休みは短すぎるとつくづく思う。
 生徒は慌ただしげに各々の持ち場へと戻っていく。
 教室の前から入ってくる女子たちの騒がしい声を背に僕も自分の机に戻り、現国の教科書とノートを鞄から出して、教師が来るのを待つ。
 この微妙な待ち時間を生徒たちは1秒でも無駄にしまいと近くの友達とふざけあう。
 だから僕は時間を持て余す。

 隣の席は今日も空席だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...