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約束の卵
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しおりを挟む数日前。それは神楽からの唐突な提案だった。
「なぁ、親慶。お前今からプログラム変えてみないか?」
「今から…?ちょっと待ってよ、どう考えても間に合わないでしょ」
シーズン終盤にプログラムを変えるなんて有り得ないと抗議する親慶に神楽は真面目な表情のまま続ける。
「そんなに無理じゃない、且つ世界一を狙えるとしても?」
「なにその詐欺みたいな話…」
「あるんだよ。俺の最高傑作のプログラム…とりあえず一回見て、それから決めろよ」
自信に溢れた笑顔でリンクへ滑り出した神楽は真ん中で動きを止めた。曲はモーリス・ラヴェロのボレロ。官能的なその曲調。現役時代『セイレーン』と呼ばれたその魅惑的な表現力にこの曲はぴたりとハマっていて親慶はごくりと唾を飲み込んだ。
曲が終わるのと同時にフィニッシュのポーズを決める神楽に、親慶は可能な限りの拍手を送るとまるで少年のようにキラキラと目を輝かせた。
「……すげぇじゃん。ってか、そんなプログラムあるんだったらかぐっちゃんまだ現役でやれたでしょ?!」
それなのに何故、と続く筈の言葉は神楽の寂しげに伏せられた眼差しに止められてしまった。
「これ、すげぇだろ?俺も初めて演じた瞬間はそう思ったんだよ。でもな…録画して確認した時に……これを滑るべきは俺じゃないって思ったんだ…」
いつもと違う神楽の様子に親慶も黙り込んだまま口を開けず、神楽は一度小さく笑ってから話を続けた。
「分かるか?自分の為に作られたプログラムが…自分のものじゃないって痛感する感覚。後にも先にもこれだけだったけど…そう感じた瞬間に俺はもう選手としては終わりだなって思ったんだよ…」
「…そのプログラムをやるべきなのは俺だって、かぐっちゃんは思ったの?」
「おかしいだろ?確かにタイプは俺と似てるとは思うけど、スケートを始める時期も通常より遅くてまだまだガキのお前にこれをやらせるべきだって…本能って言うのかな」
多分、いつもなら本能なんかに従わずにプログラムを俺に従わせてやるって思えたんだろうけど…これだけは無理だった。
完全な敗北。
それでもアイツだけはこのプログラムは神楽のだって最後まで言い張ってたけど…。
「……」
思い詰めたような神楽の表情に親慶は見せてもらったばかりのプログラムを反芻していた。スピンもジャンプもステップも最近のプログラムに組み込まれていたものばかりで親慶は先程の神楽の『そんなに無理じゃない』という言葉を理解し力強く頷いた。
「これなら…湊和にも勝てる…?」
決意に満ちたその眼差しに、神楽は現役時代の自分を重ね、ふっと笑った。
「勝たせてやるから死ぬ気でやれよ?」
神楽の不適な笑みに親慶も答えるように笑うと、ある提案をする。
「もし俺が世界一になったら────」
生意気で自信満々な笑みを向ける親慶に神楽は一言「おもしれぇ」と答えた。
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