【BL】くそガキとたわむれ

祈 -inori-

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あんたに内緒のバレンタイン【竜太×神楽】

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竜太  28歳
神楽  19歳

付き合いだして初めてのバレンタインデー



***



 二月某日。
 バレンタインデー。この日がこんなに重いと感じたのは初めてだった。
 いつもなら日本をはじめ世界中のファンから運び切れないほどのチョコレートが届き食べ切れない量のそれをどう処理しようかと頭を悩ませるのだが、今年は違う。今年は初めて自分でチョコレートを選び恋人である竜太に渡そうと考えているのだ。
 しかしそれは俺が考える以上にハードルが高いものだった。
 一般人にも顔が知られてる自分が大勢の女性の中に入りチョコレートを選ぶなど目立ってしょうがないだろうと二の足を踏みどうしても買いに行くことが出来なかった。しかし、ネットショッピングが普及した現代ならばボタン一つでチョコレートを買うことなど簡単なことだ。俺は意気揚々とスマホでチョコレートを選ぼうとしたのだが…。

 …無理だ。

 竜太に合いそうな有名ブランドのチョコレートを見つけたが…なんだろう。これだと『ザ・本命🖤』と言わんばかりに主張が強すぎないか?
    あんたのために気合入れて選びましたみたいな…。

 ………無理だ……。

 きっと竜太は俺が渡すものなら十円のチョコでも喜んでくれるとは思うけど渡す側の俺が耐えられない。それがたとえ有名ブランドのチョコだろうが十円のチョコだろうが……バレンタインにチョコを渡すという行為がとてつもなく恥ずかしすぎる!!
    それとなく、竜太がバレンタインのチョコだと気付かないような…そんな最高にいい感じのチョコってないのか?!
    俺にチョコをくれるみんなは毎年こんな気持ちでいたのか…今年からは今まで以上に感謝の気持ちを込めて受け取ろう…。

「どうしたらいいんだ…」

 リンクから降りて休憩スペースのベンチに座って天を仰いだ俺の目に映ったものがあった。

「…これなら…いい感じなんじゃないか…?」

 立ち上がりを食い入るように見つめる俺は頭の中で自分に都合のいいシナリオを描くと拳を握り締めにやりと笑った。


**


 二月十四日。
 朝からイベントに駆り出された俺はその先でいくつかのチョコを手渡されたが俺はその度にびくりと肩を跳ねさせた後、両手を差し出しまるで卒業式の賞状を受け取るがごとく深々と頭を下げるとさすがに女性達は目を丸くして驚いていた。そんな行動をさせるくらい俺にはこの日のチョコの一つ一つが敬意を表するものなのだ。
 昼過ぎにようやくスケート場に帰って来れた俺は手渡されたチョコを会議室に集められた俺宛てのチョコの山に乗せると感謝の気持ちを込めて両手を合わせて目を閉じた。
 それからジャージに着替えると俺はリンクに向かって練習に没頭した。今日という日を忘れるためにもいつも以上に集中して練習していた。

「お疲れさん」
「…どーも…」

 基礎練習をしていると会議を終えた竜太が怠そうにリンクに現れた。
 いつもどおりの挨拶に俺もいつもどおりの反応が出来たはずだ。しかし竜太は一瞬、変な表情をして視線をぐるりと泳がせた後、ひらひらと手を振ってリンクの脇にあるベンチにどかっと腰掛けた。

「…」

 なにか言いたそうだったな、あいつ。

 喉の奥に押し込まれた言葉は俺にも分かった気がする。

「今日はなんの日か知ってるか…?」

 小さな声で呟いて俺はすぐにリンクに滑り出した。
 知ってるから今日はあんたの近くに居たくない…。そう言い訳をしながら俺は一層集中力を上げて練習に向かった。
 そうしている内にいつもより短く感じた練習は終わり俺の心臓は試合前のようにバクバクと大きく音を立てた。

 さりげなく…さりげなくだ。

 ロッカーで着替えをしてから俺は持てるだけの荷物を持って休憩スペースのベンチに座った。
 もうすぐ竜太が通りかかる時間だ。俺は壁に隠れて廊下を監視した。
 竜太の姿が見えた瞬間、自販機に向かえば問題なくミッションは完了する。大丈夫だ。必要な小銭もちゃんと手の中に用意してある。

 俺の描いたシナリオどおり完璧にいくはずだ。

 ごくりと喉が鳴り、手の汗で小銭が滑るのが分かる。胸に手を当ててずっとうるさい心臓を落ち着かせるように深呼吸するが体の異常はおさまらない。

 はやく来て欲しい。…でも出来れば来て欲しくない。

 矛盾する二つの気持ちのせめぎ合いに激しく体力を消耗していく俺は息切れを起こしながら壁にもたれかかった。

 マジでツラい…。こんなの試合前の方が正直楽だ…。

「こんなとこでなにしとんの?」
「はうわっ!!」

 突然、後ろから声をかけられた俺は文字どおり飛び上がった。前から来ると思っていた竜太が後ろから現れたのだ。

 ど、どうしよう…。さっきまでの姿見られてたよな?ここの廊下は直線だから見たくなくても見えちまうよな…あぁ…絶対変な奴だと思われてる…。

 突発的な事態と羞恥に頭が混乱する俺を竜太は心配そうに俺を見つめている。

「はっ!!」

 ぐるぐると混乱している俺はようやく『完璧なシナリオ』を思い出し上手く動かない体でゆっくりと自販機に向かうと震える手で握り締めていた小銭を入れると目的のボタンを押す。ガコンと大きな音を立てて缶が落ちてくると俺はそれを手に取りわざとらしく「あ…」と声を上げた。顔を上げ振り返ると竜太は相変わらず不思議そうな表情で俺を見つめていた。

「…間違エテ買ッチャッタカラ、アンタニヤル…」

 緊張のあまり片言になってしまったが、なんとか目的のものを竜太に渡すとベンチに置いていた荷物に手を伸ばした。

 これが俺の描いた『完璧なシナリオ』だ。

 この前ここで見つけた最高にいい感じのチョコ…それは自販機に並んでいた小さな缶に入ったホットチョコレートだった。竜太がここを通りかかるタイミングで俺が間違えたふりしてそれを購入して「俺、甘いもの苦手だからあんたにあげる」と手渡し、俺はさっそうと立ち去る。

 完璧だった…。竜太が反対側から現れなければ…。
 でもまだ挽回出来る!ここでスマートにさっそうと立ち去れば問題ない!

「…じゃ、俺は帰るから…」

 そう竜太に声をかけて廊下を歩き出そうとした俺の腕はなぜか竜太に捕まりさっそうと立ち去る事を阻止されてしまった。

「…」

 なんで…竜太は俺の腕を掴んだんだ…?

 しかも無言だし…なんだ…なにがしたいんだこいつ…。

 恐る恐る振り向くと竜太は俺が手渡した缶を穴が開く程見つめていた。

「な…なんか用か…?疲れてるから帰りたいんだけど…」

 離してくれなければ振り切って逃げてやる。そう心に決めて走り出す体勢になるとようやく竜太が口を開いた。

「せやから迎えに来たんやけど…」

 相変わらず不思議そうな表情をしたままの竜太はキーケースを俺に見せるように手を開いた。チャリ、と小さな金属音を立てるそれを見て俺の頭は真っ白になった。

「…」

 迎えに来た…?

 竜太の言葉を噛み砕いて飲み込むと俺はひゅっ、と息を飲んだ。

 忘れていた。

『完璧なシナリオ』に抜けていた重要なこと。

 さっそうと立ち去った後、俺はどこへ向かうのか──。



 俺の帰る場所って竜太と同棲してる部屋だったぁっ!!



 緊張で完璧に失念してたぜ!!
 そうだよ!さっそうと立ち去ったところで家に帰ったら竜太も帰ってくんじゃねぇか!!

「…………」

 もう絶望で頭の回らない俺は血の気を無くした蒼白い顔で竜太を見上げた。

「…なんや、よう分からんけど…落ち着いたみたいやから帰る?」

 もうなにがなんだか理解出来ない竜太の言葉に俺はどうしていいか分からず躊躇いがちに頷くと大きな手が俺の頭をポンポンと撫でた。

「…それから、これ……これって…」
「なんでもないっ!!ソレハ……ナンデモナクテ…タダ…マチガエテカッチャッタダケ……ダカラ…」
「……そ、そうか…ほな……ありがとぉ…」

    竜太の手に握られてる小さな缶について追求されるのを恐れた俺はまた片言になって顔を逸らしたがそれでも視界の端でいつもと違う柔らかい笑顔で心なしか頬を赤く染めた竜太にはきっとバレバレの俺の内緒のバレンタインは届いたらしい。




→続・あんたに内緒のバレンタインに続きます
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