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プロローグ
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都内、高級タワーマンションの最上階。
1フロアで一軒を占めるこの贅沢な部屋に、1人で帰る夜にもだいぶ慣れた。
数ヶ月前、あいつと暮らしていた頃と同じ部屋とは思えないほど綺麗になっているが、俺にとってはもう、コッチが“日常”。
最初こそ、大きすぎる喪失感に、毎夜枕を涙で濡らしていた。
でもありがたいことに、日に日に忙しくなって行く毎日をこなすのに精一杯で、あいつのことをこうやって思い出すことも段々と少なくなって行く。
かといって、俺があいつのことを忘れてしまうことは、きっとないんだろう。
だって、俺の生活には、あいつがいすぎたんだ。
この部屋にいる限り、あちこちにあいつが残っているから。ふとした瞬間、どうしても脳裏にあの屈託の無い笑顔がよぎる。
…それで良い。
俺の本気の初恋には、いつまでも俺を苦しめてもらおうじゃないか。
お望み通り、いつだって、君を思って歌うよ。
君の大好きな、悲しい恋の歌を。
ああ、どうして今夜はこんな風にあいつを思い出すんだろう。
…あー、そうだ、昼間の記者会見。
アレのせいだな。
あの後の社長、怖かったー…
まあ、事務所に口止めされてたのにマスコミにペラペラ喋りすぎたからな。
くそ、お前、そんな所までお見通しかよ。本当にかわいくない女。
ヒロユキ、お前、らしくないぞ。
なんて、社長には言われた。
メンバーも俺の様子がおかしいと相当心配していたし、今日の記者会見が明日の朝の芸能ニュースの目玉になれば、沢山のファンが饒舌な俺の姿に驚くんだろう。
ああ、そういえば明日の朝の情報番組の司会は、事務所の先輩だったじゃないか。俺の件についての報道が出れば、何かコメントを求められるかもしれない。
申し訳ないことしたな。今日中にメールを入れて謝っておこうか。
…らしくない、なんてね。
社長にはすみませんと謝ったけど、俺は多分、本来こういう人間なんだ。
それを知っていたのも、あいつだけ。
それは、ついこの間まで、俺自身だって知らなかった自分。
広いリビングのラグジュアリーな内装には到底似合わないコタツの電源を入れては、またあいつを思い出す。
これだけは、捨てられないな。
コタツの快適さを一度知ってしまえば、もう離れられない。
段々暖かくなってきたところで、帰りがけポストに入っていた新聞と郵便物に目を通す。
いつも通り迷惑なダイレクトメールだらけ、その中に1つ、真っ白な封筒が混ざっている。
あれ?なんだこれ?
ファンレター?
…くそ、住所が割れたのか?
そうだったら面倒だな、なんて考えながら、カミソリなんかが入っていたら困る、と慎重に封を切った。
「あ…」
中からこぼれ出たその紙を一目見て、思わず息をのんだ。
懐かしい、いつだったかの俺のサインが書かれた誓約書に、見覚えのある字で何か書いた付箋が貼ってあった。
[60円。]
彼女のシンプルすぎるその文字を見ただけで、そのセリフを口にするその表情が、その声が、容易に想像できてしまって。
「ハイハイ…俺の完敗ですよ。」
コタツだけは捨てられない、なんて、本当は嘘だ。
もう一つ今も捨てられない、あの懐かしい缶に、10円玉を6枚入れた。
カラン、と鳴るその音が、まるで俺を慰めているような気がして。
図らずも溢れた涙をそっと拭った。
無意識にあの歌を口ずさめば、また気付いてしまう。
俺は君を、好きになりすぎたよ。
1フロアで一軒を占めるこの贅沢な部屋に、1人で帰る夜にもだいぶ慣れた。
数ヶ月前、あいつと暮らしていた頃と同じ部屋とは思えないほど綺麗になっているが、俺にとってはもう、コッチが“日常”。
最初こそ、大きすぎる喪失感に、毎夜枕を涙で濡らしていた。
でもありがたいことに、日に日に忙しくなって行く毎日をこなすのに精一杯で、あいつのことをこうやって思い出すことも段々と少なくなって行く。
かといって、俺があいつのことを忘れてしまうことは、きっとないんだろう。
だって、俺の生活には、あいつがいすぎたんだ。
この部屋にいる限り、あちこちにあいつが残っているから。ふとした瞬間、どうしても脳裏にあの屈託の無い笑顔がよぎる。
…それで良い。
俺の本気の初恋には、いつまでも俺を苦しめてもらおうじゃないか。
お望み通り、いつだって、君を思って歌うよ。
君の大好きな、悲しい恋の歌を。
ああ、どうして今夜はこんな風にあいつを思い出すんだろう。
…あー、そうだ、昼間の記者会見。
アレのせいだな。
あの後の社長、怖かったー…
まあ、事務所に口止めされてたのにマスコミにペラペラ喋りすぎたからな。
くそ、お前、そんな所までお見通しかよ。本当にかわいくない女。
ヒロユキ、お前、らしくないぞ。
なんて、社長には言われた。
メンバーも俺の様子がおかしいと相当心配していたし、今日の記者会見が明日の朝の芸能ニュースの目玉になれば、沢山のファンが饒舌な俺の姿に驚くんだろう。
ああ、そういえば明日の朝の情報番組の司会は、事務所の先輩だったじゃないか。俺の件についての報道が出れば、何かコメントを求められるかもしれない。
申し訳ないことしたな。今日中にメールを入れて謝っておこうか。
…らしくない、なんてね。
社長にはすみませんと謝ったけど、俺は多分、本来こういう人間なんだ。
それを知っていたのも、あいつだけ。
それは、ついこの間まで、俺自身だって知らなかった自分。
広いリビングのラグジュアリーな内装には到底似合わないコタツの電源を入れては、またあいつを思い出す。
これだけは、捨てられないな。
コタツの快適さを一度知ってしまえば、もう離れられない。
段々暖かくなってきたところで、帰りがけポストに入っていた新聞と郵便物に目を通す。
いつも通り迷惑なダイレクトメールだらけ、その中に1つ、真っ白な封筒が混ざっている。
あれ?なんだこれ?
ファンレター?
…くそ、住所が割れたのか?
そうだったら面倒だな、なんて考えながら、カミソリなんかが入っていたら困る、と慎重に封を切った。
「あ…」
中からこぼれ出たその紙を一目見て、思わず息をのんだ。
懐かしい、いつだったかの俺のサインが書かれた誓約書に、見覚えのある字で何か書いた付箋が貼ってあった。
[60円。]
彼女のシンプルすぎるその文字を見ただけで、そのセリフを口にするその表情が、その声が、容易に想像できてしまって。
「ハイハイ…俺の完敗ですよ。」
コタツだけは捨てられない、なんて、本当は嘘だ。
もう一つ今も捨てられない、あの懐かしい缶に、10円玉を6枚入れた。
カラン、と鳴るその音が、まるで俺を慰めているような気がして。
図らずも溢れた涙をそっと拭った。
無意識にあの歌を口ずさめば、また気付いてしまう。
俺は君を、好きになりすぎたよ。
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