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三章
episode 16 神の子の祈り
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*
一週間に一度行われる「神の子の祈り」と呼ばれる集会の日。信者たちは、輝水殿に集まっていた。
躑躅森教祖の側近は、なぜか幹部や信者たちの前に姿を現さない。その素顔を知る者は、ほんの数人しかいなかった。
教祖は、白地に銀の波模様が施された水干をまとい、白いフェイスベールのついた冠を被っていた。壇上の中央に立ち、信者たちを静かに見下ろしている。
神の子と呼ばれる凛子もまた、白地の着物に身を包み、同じく白いフェイスベールのついた冠を被っていた。彼女は教祖のすぐ隣に置かれた椅子に静かに腰かけ、顔を伏せている。
いつもなら、真っ白な作務衣を着た信者たちが凛子の周りに集まり、自らの苦しみを一方的に語る。凛子はただ目を閉じ、「天上様にお伝えし、天下に告げて頂くようお願いします」とだけ呟く。それが彼女に許された唯一の役目だった。
しかし、今日は何かが違っていた。
凛子の前には、小さな机が置かれ、その上には見慣れない木箱が据えられていた。
輝水天上天下の宗教団体に新たに加わった片桐風真が、壇の前に設けられた進行席に立ち、マイクを手に取って信者たちに語りかけた。
「皆さん、天上様からのお告げがありました。“神の子の祈りを、今までとは違うやり方でやりなさい。さすれば、天下たちの願いがもっと良いものとなるだろう”と」
信者達は戸惑い、ざわついた。
その様子を見た教祖は、幹部たちと短く視線を交わすと、風真の方へ顔を向け、静かに告げた。
「片桐風真、壇上に上がってきなさい」
「はい!」と風真は返事をし、壇上へと歩を進めた。
教祖はゆっくりと語る。
「本日から、神の子の祈りは、双山村の長老の孫である片桐風真に執り仕切ってもらうことにしました。これは私個人の意志ではなく、天上様からのお告げによるものです」
そう言い終えると、教祖は静かに壇上をおりた。
その後を引き継ぐように、壇上の中央に立った風真は、再びマイクを手に取った。
「本日から、神の子の祈りの進行を務めさせていただきます、片桐風真です。これまでのように、凛子様の周りに集まって祈る形ではなく、今日からは新しいやり方で行います」
そう言って、風真は信者たちに向けて、手に持った真っ白な封筒を掲げて見せた。
「皆さんの横に置かれている白い紙に、凛子様にお伝えしたいことをお書きください。そして、書き終えた方から順に前に出てきて、この封筒をお受け取りください。書いた紙を三つ折りにして封筒に入れ、凛子様の前に置かれている木箱にお納めください」
信者たちは紙と鉛筆を手に取り、次々と書き始めた。
「天上様は、“神の子の祈りを今までとは違うやり方でやりなさい”と仰いました。これまでのように、皆さんの言葉を凛子様が聞いて伝えるのではなく、一人ひとりの願いをより正確に、確実に天上様へ届けるために、この方法を取ることにいたしました」
壇上からその光景を見下ろす風真の目に、白い紙に向かう信者たちの姿が映る。整然と並ぶその様子に、風真はどこか儀式的で、不気味な静けさを感じた。
書き終えた信者たちは順に立ち上がり、封筒を受け取っては紙を中に入れ、凛子の前に置かれた木箱へと納めていく。
中には、封筒と一緒に札束を入れる者の姿も多く見られた。
風真はその様子に目を細め、じっと堪えていた。
儀式が進む中、ふと、見慣れない三十代から四十代ほどの女性が現れた。彼女は封筒に紙を入れ、もう一つ、札束がぎっしり詰まった封筒を手にしていた。
周囲を見回した彼女は、教祖の姿を見つけると、ほっとしたように表情を緩めた。教祖もまた、木箱を指し示すような仕草で、封筒を入れるよう促している。そのやり取りを、風真は横目で見つめていた。
女性は小さく頷き、木箱の前に立った。だが、その足取りには迷いがあった。決意しきれていない様子が、風真の目にも明らかだった。
凛子が立ち上がろうとした、その瞬間――
風真が一歩前に出て、女性の前に立った。
「初めての方ですよね?こちらの封筒、お預かりします。僕が凛子様に、直接お渡しします。安心してお席にお戻りください」
優しく声をかけながら、風真は封筒を受け取った。
だがその瞬間、女性は震える声で叫んだ。
「私の……私の全財産です!これもお願いします!どうか……どうかお助けください!」
そう言うなり、彼女は凛子の前にひれ伏し、床に額を押しつけて土下座をした。声を震わせながら、必死に祈るように頭を下げる。
やがて立ち上がると、今度は教祖の方へ向き直り、深々と頭を下げてから席へと戻っていった。
その後、残る信者たちも順に封筒を木箱へと納め、この日の“神の子の祈り”の時間は、静寂の中で閉じられた。
一週間に一度行われる「神の子の祈り」と呼ばれる集会の日。信者たちは、輝水殿に集まっていた。
躑躅森教祖の側近は、なぜか幹部や信者たちの前に姿を現さない。その素顔を知る者は、ほんの数人しかいなかった。
教祖は、白地に銀の波模様が施された水干をまとい、白いフェイスベールのついた冠を被っていた。壇上の中央に立ち、信者たちを静かに見下ろしている。
神の子と呼ばれる凛子もまた、白地の着物に身を包み、同じく白いフェイスベールのついた冠を被っていた。彼女は教祖のすぐ隣に置かれた椅子に静かに腰かけ、顔を伏せている。
いつもなら、真っ白な作務衣を着た信者たちが凛子の周りに集まり、自らの苦しみを一方的に語る。凛子はただ目を閉じ、「天上様にお伝えし、天下に告げて頂くようお願いします」とだけ呟く。それが彼女に許された唯一の役目だった。
しかし、今日は何かが違っていた。
凛子の前には、小さな机が置かれ、その上には見慣れない木箱が据えられていた。
輝水天上天下の宗教団体に新たに加わった片桐風真が、壇の前に設けられた進行席に立ち、マイクを手に取って信者たちに語りかけた。
「皆さん、天上様からのお告げがありました。“神の子の祈りを、今までとは違うやり方でやりなさい。さすれば、天下たちの願いがもっと良いものとなるだろう”と」
信者達は戸惑い、ざわついた。
その様子を見た教祖は、幹部たちと短く視線を交わすと、風真の方へ顔を向け、静かに告げた。
「片桐風真、壇上に上がってきなさい」
「はい!」と風真は返事をし、壇上へと歩を進めた。
教祖はゆっくりと語る。
「本日から、神の子の祈りは、双山村の長老の孫である片桐風真に執り仕切ってもらうことにしました。これは私個人の意志ではなく、天上様からのお告げによるものです」
そう言い終えると、教祖は静かに壇上をおりた。
その後を引き継ぐように、壇上の中央に立った風真は、再びマイクを手に取った。
「本日から、神の子の祈りの進行を務めさせていただきます、片桐風真です。これまでのように、凛子様の周りに集まって祈る形ではなく、今日からは新しいやり方で行います」
そう言って、風真は信者たちに向けて、手に持った真っ白な封筒を掲げて見せた。
「皆さんの横に置かれている白い紙に、凛子様にお伝えしたいことをお書きください。そして、書き終えた方から順に前に出てきて、この封筒をお受け取りください。書いた紙を三つ折りにして封筒に入れ、凛子様の前に置かれている木箱にお納めください」
信者たちは紙と鉛筆を手に取り、次々と書き始めた。
「天上様は、“神の子の祈りを今までとは違うやり方でやりなさい”と仰いました。これまでのように、皆さんの言葉を凛子様が聞いて伝えるのではなく、一人ひとりの願いをより正確に、確実に天上様へ届けるために、この方法を取ることにいたしました」
壇上からその光景を見下ろす風真の目に、白い紙に向かう信者たちの姿が映る。整然と並ぶその様子に、風真はどこか儀式的で、不気味な静けさを感じた。
書き終えた信者たちは順に立ち上がり、封筒を受け取っては紙を中に入れ、凛子の前に置かれた木箱へと納めていく。
中には、封筒と一緒に札束を入れる者の姿も多く見られた。
風真はその様子に目を細め、じっと堪えていた。
儀式が進む中、ふと、見慣れない三十代から四十代ほどの女性が現れた。彼女は封筒に紙を入れ、もう一つ、札束がぎっしり詰まった封筒を手にしていた。
周囲を見回した彼女は、教祖の姿を見つけると、ほっとしたように表情を緩めた。教祖もまた、木箱を指し示すような仕草で、封筒を入れるよう促している。そのやり取りを、風真は横目で見つめていた。
女性は小さく頷き、木箱の前に立った。だが、その足取りには迷いがあった。決意しきれていない様子が、風真の目にも明らかだった。
凛子が立ち上がろうとした、その瞬間――
風真が一歩前に出て、女性の前に立った。
「初めての方ですよね?こちらの封筒、お預かりします。僕が凛子様に、直接お渡しします。安心してお席にお戻りください」
優しく声をかけながら、風真は封筒を受け取った。
だがその瞬間、女性は震える声で叫んだ。
「私の……私の全財産です!これもお願いします!どうか……どうかお助けください!」
そう言うなり、彼女は凛子の前にひれ伏し、床に額を押しつけて土下座をした。声を震わせながら、必死に祈るように頭を下げる。
やがて立ち上がると、今度は教祖の方へ向き直り、深々と頭を下げてから席へと戻っていった。
その後、残る信者たちも順に封筒を木箱へと納め、この日の“神の子の祈り”の時間は、静寂の中で閉じられた。
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