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其の拾肆
神宮遥拝
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三重評家で朝を迎えた大海人一行に
山部王と石川王が鈴鹿関を通過した連絡が入った。
大海人は路直益人(みちのあたいますひと)を
迎えに向かわせてから、両名を待つことはしないで
道を先へ急ぐことにした。しばらく道なりに北へ進んでいたところ、
ふとしたことで大海人だけが何故か道を間違えて、
気づくと古い社の前を通り抜けようとしていた。
物音に気づいたので大海人が目を凝らすと、
少し離れたところで異形の者が火を噴きながら
歩き回っていた。異形の者は大海人に気づくと
「阿呆になりて直日の御霊で受けよ」と大声で叫びながら、
物凄い勢いで大海人に近づいて来た。
異形の者が器官なき身体の亡霊を数多引き受けている
神であることを直観した大海人は、
短剣を抜いて衣の左右の袖を均等の長さで切り裂き
御幣を作り、手近にあった榊のやや太い枝に
裂け目を入れ、御幣を挟んでから左右に振って
空間を清めてから、異形の者の額に
突き刺して拍手を二回打った。
すると不思議なことに異形の者の身体が
額から真っ二つに割れて、そこから光が溢れ出して
異形の者の身体を焼き尽くした。
異形の者を焼き尽くした光は二体の龍の姿に変貌した。
一体は神直日神でもう一体は大直日神であった。
二体は声を揃えて「禊祓いたまえる皇子よ行くがよい」
と言ってから忽然と姿を消した。
異形の者が引き受けていた亡霊は、自らの足らざる心が
引き寄せていたのではないだろうか…。
大海人は心持かなり軽くなった心と躰を実感しながら
そのように思ってから、道を引き返し
一行と合流するために急いだ。
無事に一行と合流を果たして、それからしばらく
北に向かって道なりに歩いた。迹太川のほとりに
差し掛かった時に大海人は小休止を命じた。
安斗連智徳(あとのむらじちとこ)が自らの馬を
水辺まで引いて来て、その鬣をねぎらいの念を込めて
撫でながら川の水を飲ませている時、ふっと顔を挙げると
視線の先に大海人皇子の姿があった。
大海人皇子は伊勢神宮の方向に南面し、一礼、一拝してから
拍手を二回打ち、静かに両手を合わせてから、
瞑目し頭を垂れ数十秒かけて祈念をした。
その間大海人皇子の躰が赤みを帯びた
金色の光に包まれていたので、安斗連智徳は
忘我したままでそれを眺めていた。
大海人が祈念を終えてから一礼して、
折り曲げた上体を起こしてふっと右を向くと、
安斗連智徳が一人だけで宙空に両腕を不自然に浮かせて
片足をついてしゃがんでいた。
どうやら馬に水を飲ませていたところ、馬だけがその場を
離れて安斗連智徳だけが取り残されたようだった。
「おい、智徳、どうした」と大海人が声を掛けると、
我に返った安斗連智徳は「あれ」と言って
慌てて立ち上がった。そこで後ろで主人を心配して
顔を持ち上げた馬に腰を押される形になって、
よろめいてそのまま両手を挙げた形で
川へ前向きで頭から倒れ込んだ。
それに気づいた数名が川にはまっている智徳を見て
声を上げて笑った。慌てて起き上がった智徳が
照れながら笑顔を見せて「あれ」と言ったので、
その様子を見た全員が笑い出した。大海人はその様子を見て、
一同のこころが平静に戻っているのを
確認して「よし」と呟いた。
その時、南の方から馬を駆ってこちらに向かってくる
一群が大海人の目に映った。近づくにつれて、
それが路直益人が鈴鹿関に迎えに行った
山部王と石川王の一行であるように見てとれたが、
さらに近づいて来た時、大分君恵尺に抱かれながら
馬上にある大津皇子の姿と、その後ろには大津皇子の
従者たちの姿が見えたので、大海人は驚くとともに
喜びのあまり思わず目頭が熱くなった。
ここでやっと合流した大分君恵尺と大津皇子の二人と
大津皇子の従者である、難波吉人三綱(なにわのきしみつな)、
駒田勝忍人(こまだのすぐりおしもと)、
山辺君安麻呂(やまべのきみやすまろ)、
小墾田猪手(おはりだのいて)、
泥部胝枳(はつかべのしき)、
大分君稚臣(おおきだのきみわかみ)、
根連金身(ねのむらじかねみ)、
漆部友背(うるしべのともせ)以上八名が久々の再会に
喜んでいるところへ、今度は北から馬に乗って
駆け寄って来る姿が見えた。やって来たのは
村国連男依(むらくにのむらじおより)で、
大海人の前に着くなり転がり落ちるように馬から降りて
「へ、兵の動員が終了し、不破関を押え、道を封鎖致しました。
あ、蟻の子一匹通させない所存であ、あります」
と報告したので、大海人が緊張している時に出る
男依の吃音を真似て「あ、蟻の子までもが、
わ、私をね、狙ってい、いるのか」と返すと、
男依は「あ、蟻の子は喩えであります」と真面目に
答えたので大海人と近くにいた大津皇子たち
一同は微笑みながら顔を見合わせた。
山部王と石川王が鈴鹿関を通過した連絡が入った。
大海人は路直益人(みちのあたいますひと)を
迎えに向かわせてから、両名を待つことはしないで
道を先へ急ぐことにした。しばらく道なりに北へ進んでいたところ、
ふとしたことで大海人だけが何故か道を間違えて、
気づくと古い社の前を通り抜けようとしていた。
物音に気づいたので大海人が目を凝らすと、
少し離れたところで異形の者が火を噴きながら
歩き回っていた。異形の者は大海人に気づくと
「阿呆になりて直日の御霊で受けよ」と大声で叫びながら、
物凄い勢いで大海人に近づいて来た。
異形の者が器官なき身体の亡霊を数多引き受けている
神であることを直観した大海人は、
短剣を抜いて衣の左右の袖を均等の長さで切り裂き
御幣を作り、手近にあった榊のやや太い枝に
裂け目を入れ、御幣を挟んでから左右に振って
空間を清めてから、異形の者の額に
突き刺して拍手を二回打った。
すると不思議なことに異形の者の身体が
額から真っ二つに割れて、そこから光が溢れ出して
異形の者の身体を焼き尽くした。
異形の者を焼き尽くした光は二体の龍の姿に変貌した。
一体は神直日神でもう一体は大直日神であった。
二体は声を揃えて「禊祓いたまえる皇子よ行くがよい」
と言ってから忽然と姿を消した。
異形の者が引き受けていた亡霊は、自らの足らざる心が
引き寄せていたのではないだろうか…。
大海人は心持かなり軽くなった心と躰を実感しながら
そのように思ってから、道を引き返し
一行と合流するために急いだ。
無事に一行と合流を果たして、それからしばらく
北に向かって道なりに歩いた。迹太川のほとりに
差し掛かった時に大海人は小休止を命じた。
安斗連智徳(あとのむらじちとこ)が自らの馬を
水辺まで引いて来て、その鬣をねぎらいの念を込めて
撫でながら川の水を飲ませている時、ふっと顔を挙げると
視線の先に大海人皇子の姿があった。
大海人皇子は伊勢神宮の方向に南面し、一礼、一拝してから
拍手を二回打ち、静かに両手を合わせてから、
瞑目し頭を垂れ数十秒かけて祈念をした。
その間大海人皇子の躰が赤みを帯びた
金色の光に包まれていたので、安斗連智徳は
忘我したままでそれを眺めていた。
大海人が祈念を終えてから一礼して、
折り曲げた上体を起こしてふっと右を向くと、
安斗連智徳が一人だけで宙空に両腕を不自然に浮かせて
片足をついてしゃがんでいた。
どうやら馬に水を飲ませていたところ、馬だけがその場を
離れて安斗連智徳だけが取り残されたようだった。
「おい、智徳、どうした」と大海人が声を掛けると、
我に返った安斗連智徳は「あれ」と言って
慌てて立ち上がった。そこで後ろで主人を心配して
顔を持ち上げた馬に腰を押される形になって、
よろめいてそのまま両手を挙げた形で
川へ前向きで頭から倒れ込んだ。
それに気づいた数名が川にはまっている智徳を見て
声を上げて笑った。慌てて起き上がった智徳が
照れながら笑顔を見せて「あれ」と言ったので、
その様子を見た全員が笑い出した。大海人はその様子を見て、
一同のこころが平静に戻っているのを
確認して「よし」と呟いた。
その時、南の方から馬を駆ってこちらに向かってくる
一群が大海人の目に映った。近づくにつれて、
それが路直益人が鈴鹿関に迎えに行った
山部王と石川王の一行であるように見てとれたが、
さらに近づいて来た時、大分君恵尺に抱かれながら
馬上にある大津皇子の姿と、その後ろには大津皇子の
従者たちの姿が見えたので、大海人は驚くとともに
喜びのあまり思わず目頭が熱くなった。
ここでやっと合流した大分君恵尺と大津皇子の二人と
大津皇子の従者である、難波吉人三綱(なにわのきしみつな)、
駒田勝忍人(こまだのすぐりおしもと)、
山辺君安麻呂(やまべのきみやすまろ)、
小墾田猪手(おはりだのいて)、
泥部胝枳(はつかべのしき)、
大分君稚臣(おおきだのきみわかみ)、
根連金身(ねのむらじかねみ)、
漆部友背(うるしべのともせ)以上八名が久々の再会に
喜んでいるところへ、今度は北から馬に乗って
駆け寄って来る姿が見えた。やって来たのは
村国連男依(むらくにのむらじおより)で、
大海人の前に着くなり転がり落ちるように馬から降りて
「へ、兵の動員が終了し、不破関を押え、道を封鎖致しました。
あ、蟻の子一匹通させない所存であ、あります」
と報告したので、大海人が緊張している時に出る
男依の吃音を真似て「あ、蟻の子までもが、
わ、私をね、狙ってい、いるのか」と返すと、
男依は「あ、蟻の子は喩えであります」と真面目に
答えたので大海人と近くにいた大津皇子たち
一同は微笑みながら顔を見合わせた。
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