みこともぢ

降守鳳都

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『あ』と『ん』 其の三

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 しばらく山の道なき道を進む。少しずつ進んで行く歩みが、だんだんと細かくなっていることに気づいたチエンだが、テンにこれを知らせる術を持っていないので、自らの心でその意味についてあれこれと考えるばかりである。

 歩みが細かくなっていったのは、人の踏み入らない道へ侵入したからであり、テンがその状況を説明しないのは、獣としての直感の方へと意識が没入しているからである。

 さらに進むにつれて、テンの身体が身震いをし始めたので、チエンは震える背中の上から転げ落ちないように、テンの身震いに合わせて自らの身体の力を抜き、心持ち軽い状態にしてテンの動きに同調させる。そうやっているうちにチエンは、空気の流れが変化したことに気づいた。

 開けた場所に出たのだろうか。とチエンが思った時、テンの身体が跳ねるように大きく震えたので、チエンはその背から地面へと滑り落ちた。

 「豚だ」とテンの声がして、すぐさまこれに応えるように「豚じゃねえよ」と何者かの声がした。

 テンの目の前に大きな猪がいる。その身体はテンやチエンの五倍ほどもあるように見える。この大きな猪が山の神であった。

 「仕返しに来たのか」と山の神が問い掛けて来たので、テンは「そうよ。この背中に乗っている子どもの父が、お前に停止させられたと聞いて、ここまで来たのだ」と答えた。

 その言葉を受けて山の神は「背中から滑り落ちて地面にある子どもの父を停止させたのは、私ではないが、停止されたことは予定外でもない」と応えた。

 テンの思考能力を超えている応えによって、テンは不快を感じたので、そのままの思いを引きずって叫んだ。「うるせえ。この野郎」

 山の神はその言葉に乗せられることなく、テンを諭すように言葉を続けた。

 「ここから。見える。『おおみたから』の暮らしが、手に取るように見える。かなり前までは、スグレミコトモチでさえ、ここまでやって来て、暮らしを見ていた。だが、今はまったく来ることはない。スグレミコトモチは『おおみたから』の顔色だけを見て、それを気づかうばかりで、『おおみたから』の揺るぎない幸いではなく、つかの間の安らぎだけに応えて、それが正しいと思い込んでいる。その者の父は、私を猪だと思い込んで、私の後を追ってここまで来た。そして振り返った私の姿を見て、自らの過ちに気づいて驚き畏れたがゆえに、停止して倒れた。その後からその者の父を追ってやって来た者たちが、彼らのおもうがままに、その者の父の停止を私のやったことだと信じて、私に矢を放ち私を停止させようとしたので、私はここから立ち去った」とここまで話を聞いたところで、テンには何となく分かるような印象がおぼろげに残るばかりであったが、チエンの方は違和感がすっきりと晴れて、仕返しなどする必要がないことにまずは気づいたが、さらに言葉をていねいになぞらえていって、繰り返し流れを押さえていくうちにはたと気づいた。山の神を停止させなければ元の場所へと戻れない。しかしながら、山の神には停止させられる原因は何一つない。すべては『おおみたから』の思い違いによって起こったことなのである。

 ここで、突然出て来た『おおみたから』という言葉について説明をする。『おおみたから』とは、人の意味である。この言葉は『みたから』という言葉に『おお』つまり『大』もしくは『多』の言葉が頭について出来た言葉であり、『みたから』とは水を意味する言葉なので、水を多く含むという意味である。

 水を多く含むならば、動物も同じく水を多く含むわけだが、人の血と獣の血が同じであっても同じではないと思われているように、人の水と獣の水も同じくなので、人の呼び名に固定されたようである。

 さて、さらに言葉を継いで『みたから』について説明したいところだが、ここでまた物語に戻ることとする。

 状況に気づいて行くも戻るも出来ないことを知ったチエンと、状況が分からないテンの心を察してか、それとも運命を知っているからなのか、いずれなのかは分からないが、山の神は「付いて来い」と言って、山頂目がけて一直線に駆け出した。 
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