みこともぢ

降守鳳都

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『あ』と『ん』 其の五

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 一人の者がその夜に突然スグレミコトモチの棲み家を訪れた。この者は今でいう占星術師のような者で、アマア族に属する者であった。

 アマア族は目印のない海を行き交うのが日常なので、天を見てそこにあるいくつかの星を目印に定めて航路を決めていた。ちなみに昼間でも天の星を見ることが出来る特殊な目を持つ者は、ミアゲテと呼ばれ、天にあるすべての星を知り、それらが消滅する瞬間や誕生する瞬間に至る兆候を、常に観察し記憶していた。勿論、ずっと天を見上げているわけにはいかない。彼らは身体そのもので星の活動を記憶することが出来て、体内において記憶されたそれを観察する思考能力を持っていた。

 ミアゲテの訪問に対して、スグレミコトモチは不愉快を感じながらも、昔からの決まりだから仕方ないと思いつつ、彼を待つ部屋へと足を運んだ。

 ミアゲテは、部屋に入って来たスグレミコトモチを見ると、訪問の挨拶などそっちのけで叫んだ。
 「光が落ちて来ました。これは山に入った者が神に出会ったことを意味します。即座に山に入った者を捕えて始末しなければなりません」

 挨拶がないことを不快に思う心などどこへやらで、スグレミコトモチは報告に驚き、「まことか」と問い返す。すると、ミアゲテは返事の代わりに静かに頷いた。この所作には、すぐに動くようにとの意味が込められているので、スグレミコトモチはすぐに部屋を出て、大声を上げて使いの者を呼び出し、集落の各所にいるまとめ役の棲み家へ走らせた。

 手配を終えたスグレミコトモチは、誰も聞き取ることが出来ない小さな声で「神に出会った者は、消さなければならない。我らの見かけだけの世界を守るために…」と呟いた。

 スグレミコトモチが部屋を出てすぐに、ミアゲテはその庭先に止めてあったヒクウセンに乗り込み、蝋燭に火を灯した。蝋燭に被せるようにヒクウセンの天井から垂直に降ろされている支柱の下端に取り付けてある『ひらりかね』と呼ばれる物質が炎によって熱せられ、『ひらりかね』の上で放射状に伸ばされている水を含んだ竹に熱が伝わって、竹から沸き上がった蒸気がしぼんでいた球状の幌を一気に膨らませる。幌の内部の熱気によってヒクウセンは宙に浮かび、人を三人分ほど縦に積み上げたほどの高さまで浮かんだところで、ミアゲテは上体を前に倒して飛行線生み出す風の上にヒクウセンの舟底をひょいと載せて、そのまま西の方へと飛び去って行く。

 スグレミコトモチより知らせを受けたまとめ役の者たちが、次々とスグレミコトモチの棲み家へとやって来た。

 集まったまとめ役たちにスグレミコトモチは次のように告げた。
 「チエンが逃亡した。すぐに追って捕え始末せよ」

 まとめ役たちは声を揃えて応答して、割り当てによって決まっているそれぞれの道筋からアルノ奥山へと入って行く。その後ろには目には見えない神々の列に加わっていない存在が、彼らを手助けするために張り付いて、まとめ役たちの直観の代わりを果たしていることは、人には理解出来ていない。直観と言うものは本来、神よりの手助けなのだが、神々の列に加わっていない存在の増加によって、どうもおかしな状況になってしまっているようである。

 これについてはまた時を置いてその経緯が語られることになるので、ここではこれ以上は記さない。
 さて、アルノ奥山は夜のはずがまとめ役が手に持つテフテンと呼ばれる照明器具の光で、まるで夜天の星を身に纏ったように見えた。まとめ役の人たち以外の集落の人たちは、眠っているので誰もこれを見ることは出来ないが、左の道からアルノ奥山を離れてツギノ奥山にいたチエンが振り返ってそれを見た。 
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