期限付きの猫

結城 鈴

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 十一月の終わり。とりわけ寒い日に、その人は店の前に訪れる。しばらくショーウインドウの中を眺めて、ため息して帰ってゆくのだ。
猫、欲しいのに、飼えない・・・とかかな。

 僕、環健斗(たまき けんと)の勤める店は、父の経営するペットショップ、ラブキャットだ。トリマーとして就職はしたものの、長続きせず、あちこち転職を繰り返し、何度か出戻っているうちに、ついに家業手伝いになって、早二年。仕事に責任感はあるが、人間関係は気楽にやっていた。従業員は、父のほかにアルバイトの女の子が一人。トリマーの専門学校に通う学生で、学校の終わった後、夕方から餌やりや、トイレの世話をしてくれている。あと、従業員ではないが、マスコットのオウムがいて、よく猫の鳴きまねをしている。名前はタロー。
そう、この店は猫専門のペットショップなのだ。しかも、商品として扱っているのは、血統証のついたお高い猫だけではない。訳ありで連れ込まれた子猫を、獣医である母が健康診断やワクチン接種をして、安価で販売している。訳あり猫たちの収益は、すべて殺処分ゼロを目指すボランティア団体に寄付している、少々変わったショップなのだった。
 今日もまた、今にも雨が降り出しそうな曇天の中、傘も持たずにその人は、ショーウインドウを見ている。身長は高め。その大きな体を丸めるようにして、中でじゃれ合う三匹の子猫を見ていた。ガラス越しにも、整った顔をしたその人は、年の頃なら三十代前半。ライトグレーの仕立てのいいコートがよく似合っていた。中はきっととスーツだろう。サラリーマンかな。でも、こんな時間に?時計を見ると、午後三時。
外回りの途中といった雰囲気でもない。不思議な雰囲気のその人は、今日もため息をついていた。
僕の身長は、ちょっと体格のいい女の子がヒールを履いたら負けてしまうくらいの低め。加えて、食べても太らない体質の華奢。外の彼とは、まるで正反対。
あぁいうの。憧れるなぁ。
よし。
思い切って、外に出てみる。
「あのー。」
話しかけてみる。向かい合ってみると、身長差はより明確になった。
「はい?」
男の声は、思ったよりもずっと低い声だった。
「猫、欲しいんですか?」
「え?」
問いかけに、男はきょとんとした。
あれ?違うのかな。よほどの猫好きかと思ってたんだけどな。
「猫が好きなんじゃないんですか?」
再度尋ねる。すると男は、またため息をついてこういった。
「ここの照明、子猫が遊ぶ環境には、良くないかと思って。あと、この色味だと、優しい感じに映らないから、魅力半減だなと。」
照明?
確かに、白っぽいLEⅮの電球が三個天井に埋め込んであるだけの、普通の照明だ。
「中の温度や湿度は、管理されていますか?」
「温度は二十五度、湿度は五十パーセントですよ。床暖房が入っているので、冬でも温かく遊べます。」
男の問いに応えながら、なんだろうこの人、と思う。そして、それは顔に出たらしかった。男が失礼、と頭を下げて、鞄の中から名刺入れを取り出す。名刺を取り出し、渡された。
両手で受け取ると、そこには「照明デザイナー北村孝俊(きたむら たかとし)」とあった。
「照明・・・デザイナー?」
「こういったウインドウの照明や、お店、美術館や博物館の照明を手掛けています。どうやって、どんな光を当てたらその相手が輝くか、っていう仕事をしています。明かり一つで、集客は全く違ってきます。ここだったら、同じLEDを使うにしても、もっと温かみのある色の電球に変えた方が、魅力的に見せられると思う。」
それで・・・。
「それが気になって、いつも店の前でため息ついてたんですか?」
「・・・まぁそうです。」
職業病というやつか。なるほど。目的は猫じゃないのか。
「せっかく可愛いのにもったいないです。買い手がつかなかったらどうなっちゃうんですか・・・?」
「一才になるまで買い手がつかなかったら、ここにいる雑種の子は去勢や、避妊手術をして、譲渡会に持っていきます。血統証のついてる子は、たいがい売れていきますから。あ、良かったら中も見ますか?美人が揃っていますよ。」
と、中のケージにいる、血統証付きの猫を案内しようと、誘ってみる。
「中にもいるんですか?」
「血統証付きの、有名品種が何匹かいますよ。」
「うーん。特に猫が欲しいわけじゃ・・・飼えない環境じゃないんですが、飼ったことがなくて。育て方がわからないんです。」
「猫は、健康な子ならそんなに難しくないですよ。散歩もいらないですし、シャンプーもしなくていいし、品種によってはブラッシングもいらないですから。それに、この店には獣医がいますから、心配事や相談事は、電話でも対応しています。」
もちろん、店に連れてきてもらっても構いませんよ、と付け足す。
「そうなんですか。見てみようかな?」
「ぜひ!」
店の中へと案内する。北村は、店の照明をぐるりと見まわすと、ガラス張りのケージの方へとやってきた。すると、ケージのそばに置いてあるかごのオウムが。「ニャーン!イラッシャイマセェ!」と鳴いた。
「うわ!びっくりした。作り物かと・・・。」
「あ、タロー君は生きてます。猫の鳴きまねが口癖で。」
北村は、あぁそうなの、とオウムを見やった。ちら、とスタンドライトを気にする。
「照明、気になるんですか?」
「え?あぁ。でもこのハロゲンは明るさと言うより熱源でしょう?」
「そうです。暖房効いてても少し寒いですから。」
お日様の代わりだ。
「あぁ。ケージの方は間接照明になってるんですね。こっちはこれなら・・・。」
「北村さん、猫はどうですか?北村さん、体が大きいから、大きくなる猫でも大丈夫だと思いますよ。ラグドールなんてどうでしょう?今いる個体は、ポイントの入り方もいいし、目も綺麗なブルーで可愛いですよ。よくなつくし、抱っこが好きです。」
「名前はないの?」
「それはお客様が決めることですから。」
「あぁ。じゃぁタロー君は売り物じゃないんだね。」
え?タローの方が気になるの?
「タローはうちのペットです。看板オウムです。」
売り物じゃありません、と告げる。
「そうなの。・・・あ、ラグドール、この子か。確かに可愛いね。値段は全然可愛くないけど。」
「ワクチン代込で二十五万なら安い方です。普通はこの値段プラス二万円くらいのワクチン代が入ってきますから。」
「そうなんだ。猫の相場は分からないからな。・・・可愛いね。」
「気に入りましたか?」
「気に入った。・・・でも、マンションで猫は飼えるけど、私が夜中いないことが多くて。猫はそういうの、良くないんじゃない?」
「夜中?・・・あ、もしかしてお仕事ですか?」
「うん。夜中に設置作業することが多いから。」
北村は困ったなと鼻を鳴らした。
「・・・ねぇ君。」
「あっ、申し遅れました。環(たまき)です。」
「環さん。君、ここ務めて何年くらい?」
「そろそろ二年ですかね?」
なんだろう?
「じゃぁ、猫に関してはベテランだ?」
「えぇまぁ。」
「じゃぁ、君を一緒にお買い上げしたら駄目かな?猫の世話係兼、私のうちのハウスキーパーに。」
「は?」
思わず目が点になる。なんて言った?お買い上げ?ハウスキーパー?
僕は男なんですけど!?
「あの?」
「君はいくら?」
「え?いや・・・あの?」
ここは、猫専門のショップで、人間は売ってません!
「いいじゃないかその話。」
声は別のところからした。見ると、白髪交じりのどっしりとした男が立っている。
「お父さんっ!」
「店長と呼びなさい。
お客様、当店は、猫専門のショップで、人間の販売はしておりません。ですが、そのラグドールが一才になるまでの半年間、世話係として息子をレンタルいたしましょう。」
「な!」
レンタル!?
「・・・では、交渉成立ですね。」
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