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一章 獣化ウイルス
1-1 「私は世流」
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私、世流は今とてもとても困っていた。
昨夜、旅人が起こした騒ぎはうまく収まった。騒ぎの当事者である二人は、昼になって目を覚ましたし、王への報告も無事に済み、めでたしめでたし……となればよかったものの……。
その二人が、起きた途端に再び取っ組み合いを始めてしまったのだからさぁ大変。
これが毒のせいだ、というのならまだ対処の仕様があったのだが……そうじゃないから困っている。
このままでは、診療用テントであるここの雰囲気を乱すし、どうしてあの毒をくらったのかも聞きだせない。その上、私の仕事に支障がでる。……と言ってみても手がつけられないのでぽーっと見守っているのだが。
一生懸命止めに入っているのは弟子の炎と冷。
その健気な姿に心の中で小さくエールを送る。あくまでも、心の中で、ね。
「砂漠の方へ行きたいって言ったのはお前だろう!?」
「何よ!! 私のせいだっていうの!?」
「他に何があるんだよ!」
「架那斗王へ久方ぶりに挨拶に行きたいってあなたが言うから、こっちの方へきたのよ!」
先刻からずっとこの調子である。
どーでもいいけど、ここはあんたらの家じゃないんだけど……。
「あ、あのぉ……二人とも……もっとその……れ、冷静に……」
「そっそうですよぅ。まだ病み上がりなんですから……」
『あんたたちは口出しするな!!』
やたらと気が強い旅人だなぁ、と変なところで感心してしまう。
あ、炎と冷がいじけてすんすん泣き出した……。
さすがにこのままではいろいろと困るので、仕方なく私は口を開いた。
「架那斗王に挨拶……って、あんたら王の知り合いかなんかかい?」
「だからなんだよ。ってーか、あんた一体誰だい?」
……ぷちん。
男の言葉に、気の短い私の何かが音を立てて切れた。
「私の名は世流。どっかのお間抜けな旅人の毒を抜いてやった医師だよ」
精一杯の嫌味と皮肉を込めて、極上の笑顔で言ってやった。
「よるぅ? …………!!!!!」
少し考え込んだ男は、何かにはっと気がついて、顔色を変え、ずざぁっと後ずさりをした。
なんだか……納得のいかない反応なんですけど……。
「ももももももしかして、あああああ貴女があの世流さまでいらせられるのでしょぉか?」
「……その反応は微妙だけど、多分その世流だよ」
かなり声が掠れているが、私は頷いた。
男の反応をいぶかしんだ女が、胡乱げに口を開く。
「世流って誰よ?」
「ばっ!!! 馬鹿! このお方はな、架那斗王絶対の信頼を受けている水源の巫女様だ! お前だって聞いたことあるだろう!? ――――――――――だよっ!」
男が何やらぼそぼそと女に耳打ちすると、女の顔色がみるみる内に青ざめていった。
だから、その反応は納得できないってば……。
私は、自分の持つ能力によって、悲しいかな、かなり世間に名を知られている。
ある人は私を水源の巫女と呼び、ある人は大地神の使徒と呼ぶ。
あまりに強大すぎる力故、恐れられても仕方がない。
……かなり納得できないけど……。
「で、質問に答えてもらえる? 知り合いなの?」
「しっ……知り合いというか……。自分は昨年まで架那斗王の元で王宮警備兵として働いておりましたから……」
あぁ、なるほど。兵士だったわけね。
架那斗王の統治するこの砂漠の国・アトカーシャ。一つの城と三つの街、二つの集落によって形成されるこの国には兵役義務こそないものの、兵士として王宮へ志願するものが後を絶たないという。
一口に兵士、と言っても、全てが王の居城、アトカシスト城に詰めているわけでもなく、各地の治安維持の為、あちこちの詰め所にて働いている。
立場上、よく王宮に出入りする私が知っている兵といってもたかがしれている。この男のことを知らなくても無理はない。
「んじゃ、少し事務的話をしようか」
そう言うと私は冷に目配せした。冷は頷き、カルテを取り出す。
「名前は?」
「俺は光、と言います。そっちは妻の仙雪」
すかさず冷がメモを取る。
「では光。砂漠にいたのなら話は早い。聞いたことあるね。君らが暴れていた原因」
「……獣化ウイルス……ですか……」
笑顔で私は頷いた。
昨夜、旅人が起こした騒ぎはうまく収まった。騒ぎの当事者である二人は、昼になって目を覚ましたし、王への報告も無事に済み、めでたしめでたし……となればよかったものの……。
その二人が、起きた途端に再び取っ組み合いを始めてしまったのだからさぁ大変。
これが毒のせいだ、というのならまだ対処の仕様があったのだが……そうじゃないから困っている。
このままでは、診療用テントであるここの雰囲気を乱すし、どうしてあの毒をくらったのかも聞きだせない。その上、私の仕事に支障がでる。……と言ってみても手がつけられないのでぽーっと見守っているのだが。
一生懸命止めに入っているのは弟子の炎と冷。
その健気な姿に心の中で小さくエールを送る。あくまでも、心の中で、ね。
「砂漠の方へ行きたいって言ったのはお前だろう!?」
「何よ!! 私のせいだっていうの!?」
「他に何があるんだよ!」
「架那斗王へ久方ぶりに挨拶に行きたいってあなたが言うから、こっちの方へきたのよ!」
先刻からずっとこの調子である。
どーでもいいけど、ここはあんたらの家じゃないんだけど……。
「あ、あのぉ……二人とも……もっとその……れ、冷静に……」
「そっそうですよぅ。まだ病み上がりなんですから……」
『あんたたちは口出しするな!!』
やたらと気が強い旅人だなぁ、と変なところで感心してしまう。
あ、炎と冷がいじけてすんすん泣き出した……。
さすがにこのままではいろいろと困るので、仕方なく私は口を開いた。
「架那斗王に挨拶……って、あんたら王の知り合いかなんかかい?」
「だからなんだよ。ってーか、あんた一体誰だい?」
……ぷちん。
男の言葉に、気の短い私の何かが音を立てて切れた。
「私の名は世流。どっかのお間抜けな旅人の毒を抜いてやった医師だよ」
精一杯の嫌味と皮肉を込めて、極上の笑顔で言ってやった。
「よるぅ? …………!!!!!」
少し考え込んだ男は、何かにはっと気がついて、顔色を変え、ずざぁっと後ずさりをした。
なんだか……納得のいかない反応なんですけど……。
「ももももももしかして、あああああ貴女があの世流さまでいらせられるのでしょぉか?」
「……その反応は微妙だけど、多分その世流だよ」
かなり声が掠れているが、私は頷いた。
男の反応をいぶかしんだ女が、胡乱げに口を開く。
「世流って誰よ?」
「ばっ!!! 馬鹿! このお方はな、架那斗王絶対の信頼を受けている水源の巫女様だ! お前だって聞いたことあるだろう!? ――――――――――だよっ!」
男が何やらぼそぼそと女に耳打ちすると、女の顔色がみるみる内に青ざめていった。
だから、その反応は納得できないってば……。
私は、自分の持つ能力によって、悲しいかな、かなり世間に名を知られている。
ある人は私を水源の巫女と呼び、ある人は大地神の使徒と呼ぶ。
あまりに強大すぎる力故、恐れられても仕方がない。
……かなり納得できないけど……。
「で、質問に答えてもらえる? 知り合いなの?」
「しっ……知り合いというか……。自分は昨年まで架那斗王の元で王宮警備兵として働いておりましたから……」
あぁ、なるほど。兵士だったわけね。
架那斗王の統治するこの砂漠の国・アトカーシャ。一つの城と三つの街、二つの集落によって形成されるこの国には兵役義務こそないものの、兵士として王宮へ志願するものが後を絶たないという。
一口に兵士、と言っても、全てが王の居城、アトカシスト城に詰めているわけでもなく、各地の治安維持の為、あちこちの詰め所にて働いている。
立場上、よく王宮に出入りする私が知っている兵といってもたかがしれている。この男のことを知らなくても無理はない。
「んじゃ、少し事務的話をしようか」
そう言うと私は冷に目配せした。冷は頷き、カルテを取り出す。
「名前は?」
「俺は光、と言います。そっちは妻の仙雪」
すかさず冷がメモを取る。
「では光。砂漠にいたのなら話は早い。聞いたことあるね。君らが暴れていた原因」
「……獣化ウイルス……ですか……」
笑顔で私は頷いた。
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