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終章「春の夢」
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南町奉行甲斐庄飛騨守正親は、いつもどおり昼四ツ(十時)に登城した。
温かい天気が続いて、頭痛の種もなくなった。
足の調子は、頗る良い。
体調も良くなった。
何より、加緒流が嫁に行くと言いだした。
『お前、本当に良いのか?』
そう訊くと、加緒流はくすくすと笑った。
『嫁に行けとしつこくおっしゃっていたのは、お父様のほうですよ』
『確かにそうじゃが……』
あまりの代わりように、正親は戸惑っていた。
加緒流は、それを見てまた笑った。
『男の人には、女子の気持ちは分かりませんよ』
何はともあれ、嫁に行くというのだから一先ず安心である。
が、聊か不安も残っている。
(男に、女子の気持ちは分からんか……、じゃが、男親は、娘にこう思っておるのじゃぞ)
正親は、ひとり呟いた。
「幸せになってくれとな」
長い廊下を歩いていると、火付改の中山勘解由直守と出くわした。
(また煩いことにならねば良いが……)
直守の礼を横目で確認しながら、正親は通り過ぎようした。
すると、やはり直守が呼び止めた。
(なんじゃい、またか)
正親は、面倒くさそうに足を止めた。
「何用かな?」
「はっ、実はお七の一件に関してでございますが……」
「お七の一件?」
正親は眉を顰める。
「はい、数日前、土場を開いているという真崎家の抱屋敷に乗り込み、数名を捕らえました。その中に、お七の一件に関与したと思われます生田庄之助という人物がおりました」
「ほう……」
正親は、白髪交じりの眉を僅かに上げる。
「本人は旗本の次男だと申しておりましたが、生田家に訊けば、次男は数日前に病死したと申しましたので、厳しく取り調べましたところ、吉十郎を使って、お七から金をせびり取っていたことを認めました」
「なるほど」
正親は、頷いた。
「残念ながら、この生田という男、また吉十郎や他に捕らえた連中もそうですが、みな体が弱く、取調べの最中に胸を患って亡くなってしまいました」
正親は、あっとなって、
(こやつら、責め殺しをやったか)
と、直守を呆然と見た。
「一応は、お耳に入れた方がと思いまして」
直守は、眉一つ動かさずに話し、立ち去った。
(鬼の勘解由、ただの鬼ではなかったか……)
正親は、その後ろ姿を黙って見送った。
温かい天気が続いて、頭痛の種もなくなった。
足の調子は、頗る良い。
体調も良くなった。
何より、加緒流が嫁に行くと言いだした。
『お前、本当に良いのか?』
そう訊くと、加緒流はくすくすと笑った。
『嫁に行けとしつこくおっしゃっていたのは、お父様のほうですよ』
『確かにそうじゃが……』
あまりの代わりように、正親は戸惑っていた。
加緒流は、それを見てまた笑った。
『男の人には、女子の気持ちは分かりませんよ』
何はともあれ、嫁に行くというのだから一先ず安心である。
が、聊か不安も残っている。
(男に、女子の気持ちは分からんか……、じゃが、男親は、娘にこう思っておるのじゃぞ)
正親は、ひとり呟いた。
「幸せになってくれとな」
長い廊下を歩いていると、火付改の中山勘解由直守と出くわした。
(また煩いことにならねば良いが……)
直守の礼を横目で確認しながら、正親は通り過ぎようした。
すると、やはり直守が呼び止めた。
(なんじゃい、またか)
正親は、面倒くさそうに足を止めた。
「何用かな?」
「はっ、実はお七の一件に関してでございますが……」
「お七の一件?」
正親は眉を顰める。
「はい、数日前、土場を開いているという真崎家の抱屋敷に乗り込み、数名を捕らえました。その中に、お七の一件に関与したと思われます生田庄之助という人物がおりました」
「ほう……」
正親は、白髪交じりの眉を僅かに上げる。
「本人は旗本の次男だと申しておりましたが、生田家に訊けば、次男は数日前に病死したと申しましたので、厳しく取り調べましたところ、吉十郎を使って、お七から金をせびり取っていたことを認めました」
「なるほど」
正親は、頷いた。
「残念ながら、この生田という男、また吉十郎や他に捕らえた連中もそうですが、みな体が弱く、取調べの最中に胸を患って亡くなってしまいました」
正親は、あっとなって、
(こやつら、責め殺しをやったか)
と、直守を呆然と見た。
「一応は、お耳に入れた方がと思いまして」
直守は、眉一つ動かさずに話し、立ち去った。
(鬼の勘解由、ただの鬼ではなかったか……)
正親は、その後ろ姿を黙って見送った。
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