法隆寺燃ゆ

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第一章「宿命の子どもたち」 前編

第1話

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 穏やかな一陣の風が斑鳩いかるがの里を吹き抜けた頃、椿井つばいにある上宮王じょうぐうおう家の離宮かりみや奴婢長屋ぬひのながやは、ちょっとした騒ぎになっていた。

 奴長ぬひのおさ廣成ひろなりの妻黒女くろめが、三人目を出産しようとしていたからである。

 黒女がもしやと思ったのが、蝉が煩く鳴いていた頃のことで、婢婆ひばばに見てもらって、三人目ができたことを知った。 

 彼女がそのことを廣成に話すと、彼は非常に驚いた様子で、

「俺も、まだまだ若いということやな」

 と、なぜか一人感心していた。

 悪阻が終わると、黒女はよく食べた。

 男連中が驚くほど、よく食べた。

 そんなに食べて大丈夫なのかと廣成は心配したが、周囲の女たちは、「食べれば食べるほど、丈夫な子ができるねん」と言うので、そんなものかと好きに食べさせていた。

 黒女も、

「こんなに腹が減るのは初めてや。こりゃ、男の子おのこに違いない。それも、三成みなりより大きな男の子や」

 と言いながら、なお食べた。

 黒女が腹部に差し込むような痛みに見舞われたこの日、廣成は今年の作付けの件で朝から斑鳩宮に赴いていた。

 日が西に傾き始めた頃になって、息子の三成が息を切らして宮に駆け込んで来たので、彼は驚いた。

 そして、「産まれた!」と叫んだので、なお驚いた。

 周りにいた男たちは、「めでたい、めでたい」と祝った。

 三輪文屋君みわのふみやのきみも、「早く帰ってやれ」と促した。

 廣成は、三成と家路に急いだ。

 子供ができるということは、幾つになっても嬉しいものだ。

 しかし、逸る気持ちに反して、体は言うことを利かない。

 三成は飛び跳ねるように前を行き、時々、心配そうにこちらを振り返る。

 三成の心配そうな視線を受けながら、廣成は、俺も年だということかと変に納得してしまった。

 長屋に帰って、さらに驚いた。

 まだ、子供は生まれていなかったのだ。

 どうやら三成は、婢婆の「産まれそうやから」との言葉を、「産まれた」と聴き間違えたらしい。

 黒女は、まだ長屋の傍に造られた産屋にいて、うんうんと唸っていた。

 廣成は落胆して、その場にへたり込んだ。

 走って帰ってきた疲れも手伝ってか、そのまま動けなくなってしまった。

「まったく、男は肝心な時に役立たん。」

 と、婢婆がぶつぶつ言った。

 確かに、こんな時、男は何もすることができない。

 男が産屋に入ることは禁じられていた。

 子を産む女よりも不安になっても、気が焦っても、廣成は長屋で待つことしかできないのである。

 黒女の苦しみは、真夜中まで続いた。

 三人目だからすんなりいくと思っていたが、これがどうした訳か、なかなか出て来なかった。

「どないしたん。早よう出てこい。父さんも、母さんも待ってるんやから。心配いらんから、早よう出てこい」

 黒女は、いとおしかった。

 そして、憎らしかった。

 それは何度目だったろうか。

 黒女が力んだ次の瞬間、月夜の空に産声が響き渡った。

 丸々とした男の子だった。

 弟成おとなりと名付けられた。 
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