法隆寺燃ゆ

hiro75

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第二章「槻の木の下で」 中編

第15話

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 ―― 六月十二日早朝

 飛鳥は、朝靄に包まれた。

 大殿の裏手には、斬り込み隊が集っている。

 葛城皇子は、長槍を手にしていた。

 中臣鎌子は、弓矢である。

 海犬養勝麻呂は、二人の傍にいる佐伯子麻呂と葛城稚犬養網田に剣を手渡していた。

「良いか、稚犬養、絶対に油断するなよ。不意を突いて斬りかかるのだ、良いな?」

 網田は、激しく頷いた。

 どうも、随分緊張しているようだ。

 対照的に、子麻呂は平気で握り飯を食っている。

「大丈夫かお前、そんなに震えて?」

 子麻呂は、飯粒を零しながら訊いた。

「た、鍛錬だけは人一倍したのですが、実戦は初めてで……」

 網田の声は震えている。

「飯、食ったのか?」

「い、いえ、昨日から何も咽喉を通らなくて……」

「それじゃ、力出ねえぞ」

 子麻呂はそう言うと、握り飯を半分にし、網田の顔面に突きつけた。

「そら、食え」

 網田は遠慮した。

 それでも、子麻呂は突きつける。

「飯食ってなければ話になんねいよ。咽喉通んなければ、水で流し込め」

 そう言って、竹筒も突き出した。

 網田も、仕方なく飯を口に入れ、水で流し込んだ。

 が、いきなり流し込んだためか、彼は咳き込み、全部戻してしまった。

「おい、おい、なんだよ、だらしねえな」

 子麻呂は、咳き込む網田の背中を擦ってやった。

「何をしている、いまは大事の前だぞ! 気合を入れろ!」

 これを見た鎌子が、網田を怒鳴りつけた。

 その実、彼の声も僅かに上擦っていた………………

 ………………蘇我入鹿は、いつもの時間に起き、いつものように朝食を取り、いつものように参内の支度をした。

 そして、いつものように、

「では、父上、行って参ります」

 と、蝦夷に頭を下げた。

 蝦夷もいつもどおり、

「おう」

 と、声を掛けた。

 玄関先に来た彼は、いつものように沓を履こうと右足を出した。

 その拍子に、沓が敷石から転げ落ちた。

 入鹿は、転げ落ちた沓をじっと見た。

「如何なされましたか、大郎様?」

 家人の一人が訊いた。

「いや、何でもない」

 彼はそう言うと、落ちた沓を敷石の上に戻し、また履こうとした。

 すると、再び沓は敷石を転げ落ち、入り口の方へと転がっていった。

 入鹿は、それをただじっと見た。

 従者が、それを取りに行った。

 そして、再び敷石に戻した。

 入鹿は、三度足を伸ばした。

 沓は、音も無く転げ落ちた………………
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