125 / 378
第二章「槻の木の下で」 後編
第16話(了)
しおりを挟む
弟成と黒万呂は、罰として大杉の下に括り付けられていた。
あの後、雑物の従者たちから散々に痛めつけられ、体中は痣だらけだ。
「なあ、お前も八重女のことが好きやったんか?」
黒万呂は、鉄の味がする唾を吐き出しながら訊いた。
「別に」
「ほな、なんであいつに飛びかかったんや?」
「別に……」
「別にってなあ……お前」
「黒万呂は何でや? 何で、あないなことしたんや?」
体の節々が痛い。
「俺は、八重女が好きやからな。好きな女のためなら、命も要らん………………なんてな。それよりも腹減ったな」
黒万呂の腹が鳴った。
弟成の腹も鳴った。
二人は可笑しかった。
体中痛いのに、腹はしっかりと減っていた。
「何が可笑しいの? こんなところに縛りつけられて」
その声は、稲女であった。
「はい、これ」
彼女は、大きな握り飯を取りだした。
「おお、ちょうど腹減ってたところや。稲女、はやくくれ」
「黒万呂、くれって言っても、その格好や食べられへんでしょ。うちが、食べさせてあげるから」
稲女は、握り飯を少し取ると、黒万呂の口に運んだ。
美味かった。
稲女は、弟成の口元にも運んだ。
しかし、彼は食べなかった。
「それ、稲女が?」
「うちも手伝ったけど、黒女小母さんと三島女小母さんが殆ど作ったねん。二人とも、泣きながら作っとったんやで」
「そうか、母ちゃんが……」
黒万呂は、それを聞いて初めてしょんぼりとした。
「弟成、食べへんの?」
「俺はええ、いま、腹減ってないし」
嘘である。
死ぬほど減っている。
でも、この飯は食えない。
雪女と家族を守ると約束したのに、その家族に迷惑を掛けていた。
それなのに、家族は弟成の心配をしている。
彼は、その飯を勇んで食べることはできなかった。
「あっ、誰か来るみたいやから、うち行くね。これ、ここ置いとくから」
稲女は、握り飯を木の下に置くと、急いで帰って行った。
「あいつ、こんなところに置いて行っても食えんがな」
黒万呂は、稲女の背中に言った。
その稲女と反対の方向から近づいてくる人影がいた。
入師と数人の僧侶である。
入師は、弟成の顔を覗き込んだ。
弟成は、なぜか彼の顔を見ることができなかった。
「お前が、あんなことをするとは思わなかったわい。なぜ、あんなことをしたのじゃ?」
「……あ、あいつが、兄ちゃんを殺したから……」
素直に言った。
黒万呂は驚いた ―― 『あいつだ!』と言う言葉には、そういった意味があったのかと………………
「縄を……、解いてやりなさい」
「しかし、入師様、そんなことをすれば、寺法頭が……」
「寺主は私です。さあ、早く」
僧侶たちは、弟成と黒万呂の縄を解いた。
「弟成、付いて来なさい。そっちの子も来なさい」
二人は、入師の後に連れ立った。
入師は、金堂に二人を通した。
金堂には明かりが入れられていた。
お釈迦様は、何時もより輝いていた。
「弟成よ、それがお前の正しい道か?」
入師は、弟成を見た。
弟成は、それに答えなかった。
「兄の復讐をすることが、お前の正しい道か?」
入師は、なお尋ねた。
弟成は、返事をしない。
黒万呂は、弟成を見つめていた。
「弟成よ、兄を殺められたこと、さぞかし辛かったであろう。さぞかし悔しかったであろう。だが、お前の兄上は、お前に復讐を望んでいようか? 復讐のために、お前に正しい道を教えたのであろうか?」
弟成は、お釈迦様を見上げた。
「弟成よ、お前は、道を踏み外してはおらぬか? 兄の言葉を裏切ってはいないか? もう一度、自分の足下を良く見つめてみろ」
お釈迦様を見続ける。
お釈迦様の顔に、三成の顔が重なって見えた。
その顔は、寂しそうに見えた。
(第二章 後編 了)
あの後、雑物の従者たちから散々に痛めつけられ、体中は痣だらけだ。
「なあ、お前も八重女のことが好きやったんか?」
黒万呂は、鉄の味がする唾を吐き出しながら訊いた。
「別に」
「ほな、なんであいつに飛びかかったんや?」
「別に……」
「別にってなあ……お前」
「黒万呂は何でや? 何で、あないなことしたんや?」
体の節々が痛い。
「俺は、八重女が好きやからな。好きな女のためなら、命も要らん………………なんてな。それよりも腹減ったな」
黒万呂の腹が鳴った。
弟成の腹も鳴った。
二人は可笑しかった。
体中痛いのに、腹はしっかりと減っていた。
「何が可笑しいの? こんなところに縛りつけられて」
その声は、稲女であった。
「はい、これ」
彼女は、大きな握り飯を取りだした。
「おお、ちょうど腹減ってたところや。稲女、はやくくれ」
「黒万呂、くれって言っても、その格好や食べられへんでしょ。うちが、食べさせてあげるから」
稲女は、握り飯を少し取ると、黒万呂の口に運んだ。
美味かった。
稲女は、弟成の口元にも運んだ。
しかし、彼は食べなかった。
「それ、稲女が?」
「うちも手伝ったけど、黒女小母さんと三島女小母さんが殆ど作ったねん。二人とも、泣きながら作っとったんやで」
「そうか、母ちゃんが……」
黒万呂は、それを聞いて初めてしょんぼりとした。
「弟成、食べへんの?」
「俺はええ、いま、腹減ってないし」
嘘である。
死ぬほど減っている。
でも、この飯は食えない。
雪女と家族を守ると約束したのに、その家族に迷惑を掛けていた。
それなのに、家族は弟成の心配をしている。
彼は、その飯を勇んで食べることはできなかった。
「あっ、誰か来るみたいやから、うち行くね。これ、ここ置いとくから」
稲女は、握り飯を木の下に置くと、急いで帰って行った。
「あいつ、こんなところに置いて行っても食えんがな」
黒万呂は、稲女の背中に言った。
その稲女と反対の方向から近づいてくる人影がいた。
入師と数人の僧侶である。
入師は、弟成の顔を覗き込んだ。
弟成は、なぜか彼の顔を見ることができなかった。
「お前が、あんなことをするとは思わなかったわい。なぜ、あんなことをしたのじゃ?」
「……あ、あいつが、兄ちゃんを殺したから……」
素直に言った。
黒万呂は驚いた ―― 『あいつだ!』と言う言葉には、そういった意味があったのかと………………
「縄を……、解いてやりなさい」
「しかし、入師様、そんなことをすれば、寺法頭が……」
「寺主は私です。さあ、早く」
僧侶たちは、弟成と黒万呂の縄を解いた。
「弟成、付いて来なさい。そっちの子も来なさい」
二人は、入師の後に連れ立った。
入師は、金堂に二人を通した。
金堂には明かりが入れられていた。
お釈迦様は、何時もより輝いていた。
「弟成よ、それがお前の正しい道か?」
入師は、弟成を見た。
弟成は、それに答えなかった。
「兄の復讐をすることが、お前の正しい道か?」
入師は、なお尋ねた。
弟成は、返事をしない。
黒万呂は、弟成を見つめていた。
「弟成よ、兄を殺められたこと、さぞかし辛かったであろう。さぞかし悔しかったであろう。だが、お前の兄上は、お前に復讐を望んでいようか? 復讐のために、お前に正しい道を教えたのであろうか?」
弟成は、お釈迦様を見上げた。
「弟成よ、お前は、道を踏み外してはおらぬか? 兄の言葉を裏切ってはいないか? もう一度、自分の足下を良く見つめてみろ」
お釈迦様を見続ける。
お釈迦様の顔に、三成の顔が重なって見えた。
その顔は、寂しそうに見えた。
(第二章 後編 了)
0
あなたにおすすめの小説
江戸の老人ホーム(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
木下弥左衛門は、隠居暮らしに淋しさを覚える暮らしをしている。彼はかつて、上意討ち代行をおこない、危険と隣り合わせの日々を送っていた。上意討ち代行は名前の通り、上意討ちを代行する。家中に仇をなして出奔した者を、当主の依頼、あるいは上意討ちを命じられた者の要請を受けて当該の者を討ち取り謝礼をもらっていた。
他方で、そんな彼はのちにいう老人ホーム、介添え長屋に住んで仲間と穏やかな毎日を過ごしている。そんな彼は、胃がんを患う。だが、死を覚悟することを習いとしていた彼は、その事実を静かに受け入れる。死ぬまでに何ができるか、と考える。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝
糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。
その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。
姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる