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第三章「皇女たちの憂鬱」 前編
第3話
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『宝様、そんなにお屋敷に籠もってばかりではお体に悪いですわ』
と言ったのは、宝皇女の侍女の一人であった。
『いいの、何もしたくないし……』
宝皇女は、その日も文机にうつ伏していた。
『宝様、美しい心を持てば、お顔も、お体も美しくなれると言いますわよ』
『美しい心? 美しい心なんてどうやったら持てるっていうのよ?』
『そうですね、美しい音楽を聴くとか、美味しい物を食べるとか』
『食べたら、また太るじゃない』
『では、花を育ててみられては如何ですか?』
『花?』
『そうですよ、花です。美しい花を見たら、きっと美しい心が持てます。そうすれば、美しい顔と体も手に入りますわよ。それに、庭に出て体を動かせば、お痩せになりますわよ』
宝皇女は、文机から顔を挙げた。
『本当に?』
『ええ、本当に』
『花を育てるだけで、美しくなれるの?』
『保証いたしますわ』
『花ね……』
こうして、宝皇女は侍女の策略に見事に嵌り、屋敷の中から裏庭へ連れ出されることとなった。
花を育て始めた頃は、宝皇女も、『こんなことでね……』と思っていたのだが、元来凝り性なところがあって、一度嵌ると、この花、あの花と手を出し、挙句の果は、梅にはこんな庭が似合うとか、橘にはあんな庭が欲しいとか、裏庭の配置にも手を出し、それは美しい心と体を手に入れるという当初の目的を大きく逸脱していった。
この裏庭の改造に付き合わされる侍女や侍従たちは堪ったものではないのだが、当の本人は屋敷に籠もっていた頃とは打って変わり、毎日が楽しくてしかたがない。
そんな彼女に、両親もようやく安心することができるのである ―― 彼女の結婚適齢期の問題を残してはだが………………
彼女の変化は、それだけではなかった。
植物に毎日接していたためだろうか、彼女は、常人には分からない自然の微妙な変化を捉えることができるようになった。
『雨が降りそう』と言えば雨が降った。
『雪が降りそう』と言えば雪が降ったし、『今年は豊作ね』と言えば、稲穂は腰が折れるほど頭を下げるし、『今年は不作ね』と言えば、ひび割れた大地が顔を出した。
侍女たちは不思議がって、如何して分かるのかを訊きたがるのだが、宝皇女にして見れば、なぜ分からないのかと不思議に思うのである。
『だって、見てれば分かるじゃない』
と彼女は言うのだが、その実、彼女も詳しいことが分かっているのではなく、太陽や雲、草花や大地の微妙な変化で、それを『感じて』いるのであった。
しばらくして、彼女の裏庭は飛鳥でちょっとした噂となり、その裏庭見たさに、多くの貴人が彼女の屋敷を訪れるようになった。
両親もこれには喜んで、このまま縁談までいくかと期待していたのだが、宝皇女本人が未だその容貌を気にしてか、異性の前に現れなかったので、がっくりと肩を落とすのであった。
仕舞いには、二人とも宝皇女の好きにしてやろうと相談しあったので、彼女の結婚はますます縁遠いものとなった。
が、そんな両親の期待を裏切るような出会いが、彼女に待っていたのである。
宝皇女は、いつもの様に裏庭に降りて、草花の手入れをしていた。
ここ数日咲き始めた橘の小さい白い花が美しい。
『今年も綺麗に咲きそうね』
彼女は、そっと鼻を近づける。
橘は、宝皇女の鼻を優しく撫でていく。
彼女は、しばしその香りを楽しんだ。
どのぐらいであっただろうか、彼女は自分の後ろに気配があることに気が付き、振り返った。
はっとつぶらな目を見開いた。
そこに、見目麗しい貴人が立っていた。
と言ったのは、宝皇女の侍女の一人であった。
『いいの、何もしたくないし……』
宝皇女は、その日も文机にうつ伏していた。
『宝様、美しい心を持てば、お顔も、お体も美しくなれると言いますわよ』
『美しい心? 美しい心なんてどうやったら持てるっていうのよ?』
『そうですね、美しい音楽を聴くとか、美味しい物を食べるとか』
『食べたら、また太るじゃない』
『では、花を育ててみられては如何ですか?』
『花?』
『そうですよ、花です。美しい花を見たら、きっと美しい心が持てます。そうすれば、美しい顔と体も手に入りますわよ。それに、庭に出て体を動かせば、お痩せになりますわよ』
宝皇女は、文机から顔を挙げた。
『本当に?』
『ええ、本当に』
『花を育てるだけで、美しくなれるの?』
『保証いたしますわ』
『花ね……』
こうして、宝皇女は侍女の策略に見事に嵌り、屋敷の中から裏庭へ連れ出されることとなった。
花を育て始めた頃は、宝皇女も、『こんなことでね……』と思っていたのだが、元来凝り性なところがあって、一度嵌ると、この花、あの花と手を出し、挙句の果は、梅にはこんな庭が似合うとか、橘にはあんな庭が欲しいとか、裏庭の配置にも手を出し、それは美しい心と体を手に入れるという当初の目的を大きく逸脱していった。
この裏庭の改造に付き合わされる侍女や侍従たちは堪ったものではないのだが、当の本人は屋敷に籠もっていた頃とは打って変わり、毎日が楽しくてしかたがない。
そんな彼女に、両親もようやく安心することができるのである ―― 彼女の結婚適齢期の問題を残してはだが………………
彼女の変化は、それだけではなかった。
植物に毎日接していたためだろうか、彼女は、常人には分からない自然の微妙な変化を捉えることができるようになった。
『雨が降りそう』と言えば雨が降った。
『雪が降りそう』と言えば雪が降ったし、『今年は豊作ね』と言えば、稲穂は腰が折れるほど頭を下げるし、『今年は不作ね』と言えば、ひび割れた大地が顔を出した。
侍女たちは不思議がって、如何して分かるのかを訊きたがるのだが、宝皇女にして見れば、なぜ分からないのかと不思議に思うのである。
『だって、見てれば分かるじゃない』
と彼女は言うのだが、その実、彼女も詳しいことが分かっているのではなく、太陽や雲、草花や大地の微妙な変化で、それを『感じて』いるのであった。
しばらくして、彼女の裏庭は飛鳥でちょっとした噂となり、その裏庭見たさに、多くの貴人が彼女の屋敷を訪れるようになった。
両親もこれには喜んで、このまま縁談までいくかと期待していたのだが、宝皇女本人が未だその容貌を気にしてか、異性の前に現れなかったので、がっくりと肩を落とすのであった。
仕舞いには、二人とも宝皇女の好きにしてやろうと相談しあったので、彼女の結婚はますます縁遠いものとなった。
が、そんな両親の期待を裏切るような出会いが、彼女に待っていたのである。
宝皇女は、いつもの様に裏庭に降りて、草花の手入れをしていた。
ここ数日咲き始めた橘の小さい白い花が美しい。
『今年も綺麗に咲きそうね』
彼女は、そっと鼻を近づける。
橘は、宝皇女の鼻を優しく撫でていく。
彼女は、しばしその香りを楽しんだ。
どのぐらいであっただろうか、彼女は自分の後ろに気配があることに気が付き、振り返った。
はっとつぶらな目を見開いた。
そこに、見目麗しい貴人が立っていた。
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