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第三章「皇女たちの憂鬱」 前編
第12話
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田村大王が隠れ、宝大后が一番に頭を悩ませたのが、後継者であった。
慣例に従えば、大王を出した代の年配者から順番が回ってくる。
長男の次は次男、次男の次は三男………………と、その代で大王候補がいなくなれば、次の代 ―― 長男の息子か、次男の息子かは、そのときの権勢によって決まるのだが、大体は跡継ぎで揉め事が起こらないようにしている。
が、田村大王には兄の茅渟王(宝大后の父)がいたが、これはもう鬼籍の人だ。
それ以外兄弟がいないので、次の代に順番が回る。
となると茅渟王の息子で、自分の弟でもある軽皇子か、田村大王の息子である古人皇子だ。
自分の息子たち ―― 葛城皇子や大海人皇子は、まだ候補者の名前にあがるほどの年齢には達していない。
古人皇子は、嶋大臣(蘇我馬子)の娘法提郎女が母であるので、宝大后としても心強いし、何よりも操りやすい。
だがこのとき、既に後継者は決まっていた ―― 山背大兄である。
いまでも名のあがる、政の見本である厩戸皇子の長兄で、宮内でも豊浦大臣や林臣もさえも遠慮する人物である。
先代の額田部大王(推古天皇)が崩御したとき、日嗣問題で田村皇子と争った皇子である。
あの時は、争いを避けるため田村を大王とし、山背に次の後継者という意味で大兄という地位を与えた。
のちに聞いたが、これはまだ政事に携わっていなかった林臣の発案だという。
宝大后は、林臣のその先見の明に驚き、重要視したのだが、今回は逆にそれが裏目にでた。
山背大兄は、宝大后からしてみれば何とも扱いづらい皇子であった。
同じ蘇我氏の血は引くが、あちらは馬子の娘刀自古郎女を母に持つので、血が近いと思っているのか、どうもそれを鼻にかけるところがある。
それに、政への見識が甘く、押しも弱くて統率力にかけると見た。
しかも彼の拠点は斑鳩である。
もし彼が大王になれば、宮が斑鳩に移り、飛鳥に壮大な都を築くという宝大后の夢が絶たれてしまう。
ならば、まだ弟の軽皇子や義理の息子の古人皇子がましだ。
だが、豊浦大臣や林臣は、次は山背大兄と主張する。
とはいっても、宮廷内は『次は山背大兄で……』と、一枚岩ではない。
蘇我氏への対抗意識や山背大兄の政治能力の疑問などから、反山背派も多い。
次の大王は山背大兄以外で………………との期待もあるようだ。
だからといって、自分が『次は軽皇子に……』、または『古人皇子に……』などと言ったら、大混乱が起こるだろう。
宮廷が二分する話ではない ―― 下手をすれば国を二分することになるかもしれない。
それに、今までそれほど政事に携わってこなかった軽皇子や古人皇子を急に推すなど、ありえない。
反山背派、反蘇我派の豪族たちも、流石に頷かないだろう。
であれば、どうするか………………
実力、家柄ともにあり、誰もが納得するような人物 ―― 豊浦大臣も林臣も納得し、反蘇我勢力が味方し、かつ山背大兄さえも畏れる男………………
『あら? 男でなくても……』
宝大后は、はたと思い至った。
すでに大后が大王になる先例はある ―― さらにむかし、気長足姫尊が帯中日子大王に代わって、海の向こうまで戦にいったという逸話もある。
―― 男にできて、女に出来ぬことなどない。
一応蘇我氏の血は引いている。
が、蘇我の血から遠いのも確かだ。
田村大王のそばにあって、一番政治というのを見てきた。
裏も表も見てきた。
その実力もある。
何より、自分には神に通じる不思議な力がある。
『私をおいて、大王にふさわしい者はいないわ!』
宝大后は、はじめて政治力 ―― あの何も知らない無垢な少女時代なら、きっと嫌悪したであろう力………………を発揮した。
弟の軽皇子を介して、反山背派 ―― 反蘇我派の他の臣たちに根回をした。
『山背皇子は稚拙で、きっと国を亡ぼす、彼には国をまとめる力はない』
と。
それは、父の茅渟王が見せた権力への野望と似ている。
己の決めた道ならば、たとえ娘の幸せであっても………………あの時は、父を死ぬほど恨んだ。
呪い殺してやりたかった。
でも、いまなら分かる気がする。
己の夢のためなら、誰であっても………………
父だって、はじめから権力欲があったわけではないだろう。
政の中心から離れた立場だ。
宝皇女も、子どもの頃の優しい父をよく覚えている。
それが行き成り権力の表舞台に立たされたのだから、人が変わってしまうのも当然だ。
―― 私はやはり、父の血を継いでいるのだ!
そして………………宝大后が大王として立った ―― 女性としては二人目、皇極天皇の誕生であった。
慣例に従えば、大王を出した代の年配者から順番が回ってくる。
長男の次は次男、次男の次は三男………………と、その代で大王候補がいなくなれば、次の代 ―― 長男の息子か、次男の息子かは、そのときの権勢によって決まるのだが、大体は跡継ぎで揉め事が起こらないようにしている。
が、田村大王には兄の茅渟王(宝大后の父)がいたが、これはもう鬼籍の人だ。
それ以外兄弟がいないので、次の代に順番が回る。
となると茅渟王の息子で、自分の弟でもある軽皇子か、田村大王の息子である古人皇子だ。
自分の息子たち ―― 葛城皇子や大海人皇子は、まだ候補者の名前にあがるほどの年齢には達していない。
古人皇子は、嶋大臣(蘇我馬子)の娘法提郎女が母であるので、宝大后としても心強いし、何よりも操りやすい。
だがこのとき、既に後継者は決まっていた ―― 山背大兄である。
いまでも名のあがる、政の見本である厩戸皇子の長兄で、宮内でも豊浦大臣や林臣もさえも遠慮する人物である。
先代の額田部大王(推古天皇)が崩御したとき、日嗣問題で田村皇子と争った皇子である。
あの時は、争いを避けるため田村を大王とし、山背に次の後継者という意味で大兄という地位を与えた。
のちに聞いたが、これはまだ政事に携わっていなかった林臣の発案だという。
宝大后は、林臣のその先見の明に驚き、重要視したのだが、今回は逆にそれが裏目にでた。
山背大兄は、宝大后からしてみれば何とも扱いづらい皇子であった。
同じ蘇我氏の血は引くが、あちらは馬子の娘刀自古郎女を母に持つので、血が近いと思っているのか、どうもそれを鼻にかけるところがある。
それに、政への見識が甘く、押しも弱くて統率力にかけると見た。
しかも彼の拠点は斑鳩である。
もし彼が大王になれば、宮が斑鳩に移り、飛鳥に壮大な都を築くという宝大后の夢が絶たれてしまう。
ならば、まだ弟の軽皇子や義理の息子の古人皇子がましだ。
だが、豊浦大臣や林臣は、次は山背大兄と主張する。
とはいっても、宮廷内は『次は山背大兄で……』と、一枚岩ではない。
蘇我氏への対抗意識や山背大兄の政治能力の疑問などから、反山背派も多い。
次の大王は山背大兄以外で………………との期待もあるようだ。
だからといって、自分が『次は軽皇子に……』、または『古人皇子に……』などと言ったら、大混乱が起こるだろう。
宮廷が二分する話ではない ―― 下手をすれば国を二分することになるかもしれない。
それに、今までそれほど政事に携わってこなかった軽皇子や古人皇子を急に推すなど、ありえない。
反山背派、反蘇我派の豪族たちも、流石に頷かないだろう。
であれば、どうするか………………
実力、家柄ともにあり、誰もが納得するような人物 ―― 豊浦大臣も林臣も納得し、反蘇我勢力が味方し、かつ山背大兄さえも畏れる男………………
『あら? 男でなくても……』
宝大后は、はたと思い至った。
すでに大后が大王になる先例はある ―― さらにむかし、気長足姫尊が帯中日子大王に代わって、海の向こうまで戦にいったという逸話もある。
―― 男にできて、女に出来ぬことなどない。
一応蘇我氏の血は引いている。
が、蘇我の血から遠いのも確かだ。
田村大王のそばにあって、一番政治というのを見てきた。
裏も表も見てきた。
その実力もある。
何より、自分には神に通じる不思議な力がある。
『私をおいて、大王にふさわしい者はいないわ!』
宝大后は、はじめて政治力 ―― あの何も知らない無垢な少女時代なら、きっと嫌悪したであろう力………………を発揮した。
弟の軽皇子を介して、反山背派 ―― 反蘇我派の他の臣たちに根回をした。
『山背皇子は稚拙で、きっと国を亡ぼす、彼には国をまとめる力はない』
と。
それは、父の茅渟王が見せた権力への野望と似ている。
己の決めた道ならば、たとえ娘の幸せであっても………………あの時は、父を死ぬほど恨んだ。
呪い殺してやりたかった。
でも、いまなら分かる気がする。
己の夢のためなら、誰であっても………………
父だって、はじめから権力欲があったわけではないだろう。
政の中心から離れた立場だ。
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それが行き成り権力の表舞台に立たされたのだから、人が変わってしまうのも当然だ。
―― 私はやはり、父の血を継いでいるのだ!
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