法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
137 / 378
第三章「皇女たちの憂鬱」 前編

第12話

しおりを挟む
 田村大王が隠れ、宝大后が一番に頭を悩ませたのが、後継者であった。

 慣例に従えば、大王を出した代の年配者から順番が回ってくる。

 長男の次は次男、次男の次は三男………………と、その代で大王候補がいなくなれば、次の代 ―― 長男の息子か、次男の息子かは、そのときの権勢によって決まるのだが、大体は跡継ぎで揉め事が起こらないようにしている。

 が、田村大王には兄の茅渟王(宝大后の父)がいたが、これはもう鬼籍の人だ。

 それ以外兄弟がいないので、次の代に順番が回る。

 となると茅渟王の息子で、自分の弟でもある軽皇子か、田村大王の息子である古人皇子だ。

 自分の息子たち ―― 葛城皇子や大海人皇子は、まだ候補者の名前にあがるほどの年齢には達していない。

 古人皇子は、嶋大臣(蘇我馬子)の娘法提郎女ほていのいらつめが母であるので、宝大后としても心強いし、何よりも操りやすい。

 だがこのとき、既に後継者は決まっていた ―― 山背大兄である。

 いまでも名のあがる、まつりごとの見本である厩戸皇子の長兄で、宮内でも豊浦大臣や林臣もさえも遠慮する人物である。

 先代の額田部大王(推古天皇)が崩御したとき、日嗣ひつぎ問題で田村皇子と争った皇子である。

 あの時は、争いを避けるため田村を大王とし、山背に次の後継者という意味で大兄という地位を与えた。

 のちに聞いたが、これはまだ政事に携わっていなかった林臣の発案だという。

 宝大后は、林臣のその先見の明に驚き、重要視したのだが、今回は逆にそれが裏目にでた。

 山背大兄は、宝大后からしてみれば何とも扱いづらい皇子であった。

 同じ蘇我氏の血は引くが、あちらは馬子の娘刀自古郎女とじこのいらつめを母に持つので、血が近いと思っているのか、どうもそれを鼻にかけるところがある。

 それに、政への見識が甘く、押しも弱くて統率力にかけると見た。

 しかも彼の拠点は斑鳩である。

 もし彼が大王になれば、宮が斑鳩に移り、飛鳥に壮大な都を築くという宝大后の夢が絶たれてしまう。

 ならば、まだ弟の軽皇子や義理の息子の古人皇子がましだ。

 だが、豊浦大臣や林臣は、次は山背大兄と主張する。

 とはいっても、宮廷内は『次は山背大兄で……』と、一枚岩ではない。

 蘇我氏への対抗意識や山背大兄の政治能力の疑問などから、反山背派も多い。

 次の大王は山背大兄以外で………………との期待もあるようだ。

 だからといって、自分が『次は軽皇子に……』、または『古人皇子に……』などと言ったら、大混乱が起こるだろう。

 宮廷が二分する話ではない ―― 下手をすれば国を二分することになるかもしれない。

 それに、今までそれほど政事に携わってこなかった軽皇子や古人皇子を急に推すなど、ありえない。

 反山背派、反蘇我派の豪族たちも、流石に頷かないだろう。

 であれば、どうするか………………

 実力、家柄ともにあり、誰もが納得するような人物 ―― 豊浦大臣も林臣も納得し、反蘇我勢力が味方し、かつ山背大兄さえも畏れる男………………

『あら? 男でなくても……』

 宝大后は、はたと思い至った。

 すでに大后が大王になる先例はある ―― さらにむかし、気長足姫尊おきながのたらしひめのみこと帯中日子大王たらしなかつひこのおおきみに代わって、海の向こうまで戦にいったという逸話もある。

 ―― 男にできて、女に出来ぬことなどない。

 一応蘇我氏の血は引いている。

 が、蘇我の血から遠いのも確かだ。

 田村大王のそばにあって、一番政治というのを見てきた。

 裏も表も見てきた。

 その実力もある。

 何より、自分には神に通じる不思議な力がある。

『私をおいて、大王にふさわしい者はいないわ!』

 宝大后は、はじめて政治力 ―― あの何も知らない無垢な少女時代なら、きっと嫌悪したであろう力………………を発揮した。

 弟の軽皇子を介して、反山背派 ―― 反蘇我派の他の臣たちに根回をした。

『山背皇子は稚拙で、きっと国を亡ぼす、彼には国をまとめる力はない』

 と。

 それは、父の茅渟王が見せた権力への野望と似ている。

 己の決めた道ならば、たとえ娘の幸せであっても………………あの時は、父を死ぬほど恨んだ。

 呪い殺してやりたかった。

 でも、いまなら分かる気がする。

 己の夢のためなら、誰であっても………………

 父だって、はじめから権力欲があったわけではないだろう。

 政の中心から離れた立場だ。

 宝皇女も、子どもの頃の優しい父をよく覚えている。

 それが行き成り権力の表舞台に立たされたのだから、人が変わってしまうのも当然だ。

 ―― 私はやはり、父の血を継いでいるのだ!

 そして………………宝大后が大王として立った ―― 女性としては二人目、皇極天皇の誕生であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

分かりやすい日月神示の内容と解説 🔰初心者向け

蔵屋
エッセイ・ノンフィクション
私は日月神示の内容を今まで学問として研究してもう25年になります。 このエッセイは私の25年間の集大成です。 宇宙のこと、118種類の元素のこと、神さまのこと、宗教のこと、政治、経済、社会の仕組みなど社会に役立たつことも含めていますので、皆さまのお役に立つものと確信しています。 どうか、最後まで読んで頂きたいと思います。  お読み頂く前に次のことを皆様に申し上げておきます。 このエッセイは国家を始め特定の人物や団体、機関を否定して、批判するものではありません。 一つ目は「私は一切の対立や争いを好みません。」 2つ目は、「すべての教えに対する評価や取捨選択は自由とします。」 3つ目は、「この教えの実践や実行に於いては、周囲の事情を無視した独占的排他的言動を避けていただき、常識に照らし合わせて問題を起こさないよう慎重にしていただきたいと思います。 それでは『分かりやすい日月神示 🔰初心者向け』を最後まで、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年(2025年)元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

ガチャから始まる錬金ライフ

あに
ファンタジー
河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。 手に入れたスキルボールは『ガチャ』そこから『鑑定』『錬金術』と手に入れて、今までダンジョンの宝箱しか出なかったポーションなどを冒険者御用達の『プライド』に売り、億万長者になっていく。 他にもS級冒険者と出会い、自らもS級に上り詰める。 どんどん仲間も増え、自らはダンジョンには行かず錬金術で飯を食う。 自身の本当のジョブが召喚士だったので、召喚した相棒のテンとまったり、時には冒険し成長していく。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/2:『へびくび』の章を追加。2025/12/9の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/1:『はえ』の章を追加。2025/12/8の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生
現代文学
なんだか優しいお話が書きたくなって、連載始めました。 保護猫「ジン」が、時間と空間を超えて見守り語り続けた「柊家」の人々。 「ジン」が天に昇ってから何度も季節は巡り、やがて25年目に奇跡が起こる。けれど、これは奇跡というよりも、「ジン」へのご褒美かもしれない。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

処理中です...