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第三章「皇女たちの憂鬱」 前編
第15話
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大化元(六四五)年六月十四日に発足した軽大王の新政府は、それまでの旧体制を一掃しようと、独自の政策を次々と打ち出していた。
六月十九日、飛鳥寺の槻の下に群臣を集めて、臣下の盟約をさせたのは先の通りである。
そして同じ日に、日本で初めて年号が付けられた ―― 「大化」である。
八月五日、東国等に国司を派遣する。
国司の任務は、改新の詔で示される公地公民制の下準備のために、各地の戸籍の作成と田畑の検校であった。
この時、国司に対する注意事項も下達された。
その注意事項とは、
一つ、薗池水陸の産物は、人民と分けること
一つ、国にあって罪を裁かないこと
一つ、賄賂を取って、人民を貧窮させないこと
一つ、京に上る時は、人民を搾取してはならないこと
ただし、国造・郡領だけ従わせることができる
また、公務で往復する時は、国郡内の馬と食料を徴収することができる
一つ、介(次官)以上は、法を守れば褒め、違えれば冠位を降下させること
一つ、判官(三等官)以下が賄賂を取れば、その二倍の罰金を科して、罪の重軽で罰を決めること
一つ、長官の従者は九人、次官の従者は七人、主典(四等官)の従者は五人とし、それ以上を連れ出したなら従者ともに罰すること
一つ、名声を求める者が出自を偽る訴えを起こした場合は、必ず審らかにすること
一つ、兵庫を造り、国郡の武器を集めること
蝦夷と接する地域は、武器数を数え、持ち主に委託する
以上が国司に出された注意事項であるが、この時に派遣された国司に対しては、後に勤務査定の結果、厳しい処分が下っている。
なお同じ日に、大和国六県にも戸籍作成と田畑検校の使者が発せられた。
同日、鐘匱の制、男女の法の詔が発せられた。
鐘匱の制とは、訴訟者のために、朝廷に鐘と匱を置く制度である。
訴訟がある者は、伴造・酋長の審議を経た訴訟状を匱に入れる。
この時、伴造・酋長が、審議もせずに匱に訴訟状を入れた場合は罰せられた。
匱に入れられた訴訟状は、夜明け前に大王に奏上され、大王は年月を記して群臣に審理を任せた。
この後、下された審判に対して不服があれば、訴訟者は鐘を突き、再度訴えることができた。
この鐘匱の制については早速反応が出て、翌年の二月十五日に、訴訟状によって非難された処々の雑役が取り止められた。
男女の法とは、生まれた子どもを両親のどちらに所属させるかを決めた法である。
良男と良女の子の所属は父、良男と婢の子の所属は母、良女と奴の子の所属は父、奴婢の子の所属は母に属すると決められた。
また、寺家の仕丁の子は良民の法に、奴婢になった子は奴婢の法のとおりにせよと定められた。
八月八日、僧尼を集め、十師・寺司・寺主・法頭が任命された。
これは、推古天皇の治世三十三(六二四)年に制定された僧正・僧都・法頭を改めたものである。
十師には、沙門狛大法師・福亮・恵雲・常安・霊雲・恵至・僧旻・道登・恵隣・恵妙が任命された。
百済大寺の寺主には、恵妙法師が任命される。
なお、その他の寺司・寺主も任命された。
法頭には、来目臣・三輪色夫君・額田部連甥が任命される。
この時、併せて寺院経営の援助と僧尼・奴婢・田畑の検校が令された。
九月十七日、諸国の戸籍調査を命じた。
十二月九日、仁徳天皇以来、実に二百五十年振りに、大坂山を越えて難波に宮が移される。
この遷都は、飛鳥を捨てることにより、蘇我氏の因習を断ち切る目的もあったが、一番の要因は、単に新政府に参加した主要人物の所領が、全て摂津・和泉・河内にあったからである。
軽大王の養育は軽部氏で、彼らの拠点が和泉国和泉郡軽部郷にあった。
安倍内麻呂の根拠地は大和国十市郡安倍であるが、大阪の阿倍野にも一族が居住していた。
また、彼の通り名は「大鳥大臣」で、和泉国大鳥郡が彼の居住地でもあった。
蘇我倉麻呂は、河内国石川地方を根拠地としていた。
巨勢徳太の根拠地は大和国高市郡巨勢郷であるが、難波津・和泉国周辺にも根拠地をもっていた。
大伴長徳は、『萬葉集』の「大伴乃高師能浜」「大伴乃御津」のように、摂津・和泉に勢力範囲を築いている。
中臣鎌子は、一時期、摂津の三嶋に居住した経験もあり、摂津・和泉・河内には中臣氏の同族が多かった。
つまり、摂津・和泉・河内を経済基盤としていた氏族が、飛鳥の豪族 ―― 特に蘇我氏から政権を奪い取ったというのが、大化改新の本当のところである(遠山美都男『大化改新』中央新書)。
では、忘れてはならない新政府の立役者、中大兄こと葛城皇子の根拠地はというと、その名前のとおり葛城氏と縁が深く、屋敷も蘇我馬子の屋敷の隣にあったというのだから、むしろ蘇我側の人間で、摂津・和泉・河内連合とはあまり深い接点はない。
これが、後に新政府内に亀裂を齎すこととなる。
このような状況下で、大化二(六四六)年一月一日、改新の詔が発せられた。
六月十九日、飛鳥寺の槻の下に群臣を集めて、臣下の盟約をさせたのは先の通りである。
そして同じ日に、日本で初めて年号が付けられた ―― 「大化」である。
八月五日、東国等に国司を派遣する。
国司の任務は、改新の詔で示される公地公民制の下準備のために、各地の戸籍の作成と田畑の検校であった。
この時、国司に対する注意事項も下達された。
その注意事項とは、
一つ、薗池水陸の産物は、人民と分けること
一つ、国にあって罪を裁かないこと
一つ、賄賂を取って、人民を貧窮させないこと
一つ、京に上る時は、人民を搾取してはならないこと
ただし、国造・郡領だけ従わせることができる
また、公務で往復する時は、国郡内の馬と食料を徴収することができる
一つ、介(次官)以上は、法を守れば褒め、違えれば冠位を降下させること
一つ、判官(三等官)以下が賄賂を取れば、その二倍の罰金を科して、罪の重軽で罰を決めること
一つ、長官の従者は九人、次官の従者は七人、主典(四等官)の従者は五人とし、それ以上を連れ出したなら従者ともに罰すること
一つ、名声を求める者が出自を偽る訴えを起こした場合は、必ず審らかにすること
一つ、兵庫を造り、国郡の武器を集めること
蝦夷と接する地域は、武器数を数え、持ち主に委託する
以上が国司に出された注意事項であるが、この時に派遣された国司に対しては、後に勤務査定の結果、厳しい処分が下っている。
なお同じ日に、大和国六県にも戸籍作成と田畑検校の使者が発せられた。
同日、鐘匱の制、男女の法の詔が発せられた。
鐘匱の制とは、訴訟者のために、朝廷に鐘と匱を置く制度である。
訴訟がある者は、伴造・酋長の審議を経た訴訟状を匱に入れる。
この時、伴造・酋長が、審議もせずに匱に訴訟状を入れた場合は罰せられた。
匱に入れられた訴訟状は、夜明け前に大王に奏上され、大王は年月を記して群臣に審理を任せた。
この後、下された審判に対して不服があれば、訴訟者は鐘を突き、再度訴えることができた。
この鐘匱の制については早速反応が出て、翌年の二月十五日に、訴訟状によって非難された処々の雑役が取り止められた。
男女の法とは、生まれた子どもを両親のどちらに所属させるかを決めた法である。
良男と良女の子の所属は父、良男と婢の子の所属は母、良女と奴の子の所属は父、奴婢の子の所属は母に属すると決められた。
また、寺家の仕丁の子は良民の法に、奴婢になった子は奴婢の法のとおりにせよと定められた。
八月八日、僧尼を集め、十師・寺司・寺主・法頭が任命された。
これは、推古天皇の治世三十三(六二四)年に制定された僧正・僧都・法頭を改めたものである。
十師には、沙門狛大法師・福亮・恵雲・常安・霊雲・恵至・僧旻・道登・恵隣・恵妙が任命された。
百済大寺の寺主には、恵妙法師が任命される。
なお、その他の寺司・寺主も任命された。
法頭には、来目臣・三輪色夫君・額田部連甥が任命される。
この時、併せて寺院経営の援助と僧尼・奴婢・田畑の検校が令された。
九月十七日、諸国の戸籍調査を命じた。
十二月九日、仁徳天皇以来、実に二百五十年振りに、大坂山を越えて難波に宮が移される。
この遷都は、飛鳥を捨てることにより、蘇我氏の因習を断ち切る目的もあったが、一番の要因は、単に新政府に参加した主要人物の所領が、全て摂津・和泉・河内にあったからである。
軽大王の養育は軽部氏で、彼らの拠点が和泉国和泉郡軽部郷にあった。
安倍内麻呂の根拠地は大和国十市郡安倍であるが、大阪の阿倍野にも一族が居住していた。
また、彼の通り名は「大鳥大臣」で、和泉国大鳥郡が彼の居住地でもあった。
蘇我倉麻呂は、河内国石川地方を根拠地としていた。
巨勢徳太の根拠地は大和国高市郡巨勢郷であるが、難波津・和泉国周辺にも根拠地をもっていた。
大伴長徳は、『萬葉集』の「大伴乃高師能浜」「大伴乃御津」のように、摂津・和泉に勢力範囲を築いている。
中臣鎌子は、一時期、摂津の三嶋に居住した経験もあり、摂津・和泉・河内には中臣氏の同族が多かった。
つまり、摂津・和泉・河内を経済基盤としていた氏族が、飛鳥の豪族 ―― 特に蘇我氏から政権を奪い取ったというのが、大化改新の本当のところである(遠山美都男『大化改新』中央新書)。
では、忘れてはならない新政府の立役者、中大兄こと葛城皇子の根拠地はというと、その名前のとおり葛城氏と縁が深く、屋敷も蘇我馬子の屋敷の隣にあったというのだから、むしろ蘇我側の人間で、摂津・和泉・河内連合とはあまり深い接点はない。
これが、後に新政府内に亀裂を齎すこととなる。
このような状況下で、大化二(六四六)年一月一日、改新の詔が発せられた。
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