法隆寺燃ゆ

hiro75

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第四章「白村江は朱に染まる」 前編

第23話

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 朴市秦田来津は、大きく息を吸い込む。

 潮風が鼻を突く。

 やはり、近江の風の方が気持ち良い。

 彼は、左右にゆっくりと揺れる船の上にいた。

「おや、見送りの者があんなに沢山……」

 田来津は、高尾深草が指差した岸壁を見た。

 そこには、群集に混じって、幾人かの領巾を振る女たちの姿がある。

 彼は、昨夜の酒宴上で、大伴朴本大国が詠んだ歌を思い出した。

「これはな、大伴家に伝わる歌なのだが、松浦の佐用姫さよひめのことは知っておるか? 武小広国押盾大王たけおひろこくおしたてのおおきみ宣化せんか天皇)の御世、大伴狭手彦連おおとものさでひこのむらじが新羅征伐に赴く際に、妻の佐用姫が山の上で夫の帰還を祈りながら領巾を振り続けたそうだ。その時の情景を詠んだ歌だそうだが、誰が作かは分かっていない」

 大国はそう言うと、大伴家に伝わる歌を詠い出した。



  海原の 沖行く船を 帰れとか

      領巾振らしけむ 松浦佐用比売

 (海原の沖を行く舟に、

  帰ってきてくださいと領巾を振ったのであろうか、

  松浦の佐用姫よ)

 (『萬万葉集』巻第五)



 田来津は、その歌を聞きながら、松浦の佐用姫ではなく、朴市の安孫子郎女の姿を思い描いていた。

 彼の目には、丘の上で領巾を振り続ける安孫子郎女の姿がはっきりと浮かび上がっている。

 ―― いまごろ、何をしているだろうか………………?
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