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第五章「生命燃えて」 中編
第8話
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甲板上は戦場だったが、船内は黄泉の国の有様だった。
船底に下りた黒万呂は、その光景に正直ぎょっとした。
黒万呂の乗る大船には、百済の旧臣やその家族が多く乗船していたのだが、いづれも船旅は初めてで、かつこれ程の荒海は知る由もなく、まるで死人のように船底に横たわっていた。
みな一様に青白い顔で、目はうつろで、見るともなしに天井を仰いでいる。
彼方此方から、「げぇー、げぇー」と嘔吐する声が聞こえ、船内は蒸れた汗の匂いと汚物の饐えた匂いが充満し、それが一層吐き気を催した。
黒万呂は、まるで丸太のように横たわる男や女たちの間を歩き、隅へと腰を下ろした。
船の壁に頭を擡げると、波が激しく船板を打ち付けるのが聞こえる、その度にぎしぎしと軋む音が聞こえる。
―― この船、大丈夫やろうか?
いや、いっその事、ここで沈んだほうがええんちゃうか?
弟成もおらん、頭も、みんなもおらん、俺だけ帰ってもせんないやんか………………
いままで一番の大きな波が襲う。
一瞬、船がふわりと浮かび上がる。
胃のなかから、何かが逆流してきそうな嫌悪感を覚える。
次の瞬間、真っ黒な海面に激しく打ち付けられる。
ど~ん、という衝撃とともに、船内に悲鳴があがる。
至る所から、ぎしぎし、みしみし、めしめしと何かが引き裂かれるような音が聞こえてくる。
「こ、この船は大丈夫か? ばらばらになることはないだろうな?」
百済の旧臣たちが怯えている。
板一枚下は、海 ―― それこそ本当に黄泉の国行きだ。
「大丈夫です、安心してください」
大津たちが、みんなを宥めている。
黒万呂は、それを苦々しく眺めている。
―― 何を怖がる、死ぬことがそんなに怖いか?
俺たちは、あんたたちの国を守るために、遠いところからやってきた。
そして、故郷に戻ることもできずに死んだ。
あんたたちだけ、生き延びることができると思ってるのか?
「馬鹿馬鹿しい!」
黒万呂は吐き捨てる。
次の大波が襲う。
黒万呂の身体が、ふわりと浮かび上がる。
黒万呂だけではない、大津も、大伴の兵士たちも、百済の旧臣たちも、みんなの身体が宙に浮きあがった。
どのくらいであったろうか?
嵐がやんだかと思われるほどの異様な静寂が辺りを包み込む ―― それは、永遠に続くように………………
刹那、黒万呂は、はっきりと聞いた ―― 竜の咆哮を………………
耳を劈くような恐ろしい声とともに、全身が激しく揺さぶられ、船底へと著しく叩きつけられた。
ばきばき、めきめきと船板が唸る。
百済の民だけでなく、大伴の兵士たちも悲鳴をあげている。
―― 死ぬのなんて怖くない。
もう仲間はいないのだから………………
だけど………………、だけど………………
父の顔が浮かんだ、母の顔が浮かんだ、弟たちの顔が浮かんだ、そして斑鳩寺で世話になった厩長たちの顔や、奴婢たち、家人たち、そして……
―― 八重女!
女の優しい笑顔が浮かんだ。
―― すまん、弟成、俺はやっぱり………………、死にたくない!
帰りたい!
父ちゃんのところへ!
母ちゃんのところへ!
弟たちのところへ!
八重女のところへ!
神さん、仏さん、助けてくれ!
俺を、斑鳩に帰してくれ!
神さん! 仏さん!
黒万呂は祈った。
元来巫覡でもない、僧侶でもない、神とも、仏とも無縁の人間である。
正しい祈り方など知らぬ。
だが、黒万呂が知る精一杯の心持ちで、一心に祈った。
一晩中祈った。
眠ることなく ―― この嵐の中で眠るほうが余程神経がどうかしていると思うのだが、百済の旧臣たちはもとより、大伴の兵士や大津さえも眠れなさそうにしていたのに、ひとりだけ寝ている男がいた ―― 大伴朴本大国である。
船底に下りた黒万呂は、その光景に正直ぎょっとした。
黒万呂の乗る大船には、百済の旧臣やその家族が多く乗船していたのだが、いづれも船旅は初めてで、かつこれ程の荒海は知る由もなく、まるで死人のように船底に横たわっていた。
みな一様に青白い顔で、目はうつろで、見るともなしに天井を仰いでいる。
彼方此方から、「げぇー、げぇー」と嘔吐する声が聞こえ、船内は蒸れた汗の匂いと汚物の饐えた匂いが充満し、それが一層吐き気を催した。
黒万呂は、まるで丸太のように横たわる男や女たちの間を歩き、隅へと腰を下ろした。
船の壁に頭を擡げると、波が激しく船板を打ち付けるのが聞こえる、その度にぎしぎしと軋む音が聞こえる。
―― この船、大丈夫やろうか?
いや、いっその事、ここで沈んだほうがええんちゃうか?
弟成もおらん、頭も、みんなもおらん、俺だけ帰ってもせんないやんか………………
いままで一番の大きな波が襲う。
一瞬、船がふわりと浮かび上がる。
胃のなかから、何かが逆流してきそうな嫌悪感を覚える。
次の瞬間、真っ黒な海面に激しく打ち付けられる。
ど~ん、という衝撃とともに、船内に悲鳴があがる。
至る所から、ぎしぎし、みしみし、めしめしと何かが引き裂かれるような音が聞こえてくる。
「こ、この船は大丈夫か? ばらばらになることはないだろうな?」
百済の旧臣たちが怯えている。
板一枚下は、海 ―― それこそ本当に黄泉の国行きだ。
「大丈夫です、安心してください」
大津たちが、みんなを宥めている。
黒万呂は、それを苦々しく眺めている。
―― 何を怖がる、死ぬことがそんなに怖いか?
俺たちは、あんたたちの国を守るために、遠いところからやってきた。
そして、故郷に戻ることもできずに死んだ。
あんたたちだけ、生き延びることができると思ってるのか?
「馬鹿馬鹿しい!」
黒万呂は吐き捨てる。
次の大波が襲う。
黒万呂の身体が、ふわりと浮かび上がる。
黒万呂だけではない、大津も、大伴の兵士たちも、百済の旧臣たちも、みんなの身体が宙に浮きあがった。
どのくらいであったろうか?
嵐がやんだかと思われるほどの異様な静寂が辺りを包み込む ―― それは、永遠に続くように………………
刹那、黒万呂は、はっきりと聞いた ―― 竜の咆哮を………………
耳を劈くような恐ろしい声とともに、全身が激しく揺さぶられ、船底へと著しく叩きつけられた。
ばきばき、めきめきと船板が唸る。
百済の民だけでなく、大伴の兵士たちも悲鳴をあげている。
―― 死ぬのなんて怖くない。
もう仲間はいないのだから………………
だけど………………、だけど………………
父の顔が浮かんだ、母の顔が浮かんだ、弟たちの顔が浮かんだ、そして斑鳩寺で世話になった厩長たちの顔や、奴婢たち、家人たち、そして……
―― 八重女!
女の優しい笑顔が浮かんだ。
―― すまん、弟成、俺はやっぱり………………、死にたくない!
帰りたい!
父ちゃんのところへ!
母ちゃんのところへ!
弟たちのところへ!
八重女のところへ!
神さん、仏さん、助けてくれ!
俺を、斑鳩に帰してくれ!
神さん! 仏さん!
黒万呂は祈った。
元来巫覡でもない、僧侶でもない、神とも、仏とも無縁の人間である。
正しい祈り方など知らぬ。
だが、黒万呂が知る精一杯の心持ちで、一心に祈った。
一晩中祈った。
眠ることなく ―― この嵐の中で眠るほうが余程神経がどうかしていると思うのだが、百済の旧臣たちはもとより、大伴の兵士や大津さえも眠れなさそうにしていたのに、ひとりだけ寝ている男がいた ―― 大伴朴本大国である。
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