大兇の妻

hiro75

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第18話

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 宇音美の決断を聞いて、国押は唖然となった。

「まことに、それでよろしいのですか?」

「これが蘇我のためです。大郎さまが生きていらっしゃれば、きっとこのようになさったはずですわ」

 国押は、うむと唸った、「確かに、林大臣さまならば、そうおっしゃるでしょうな。しかし、本当によろしいので? 我らは、若君のためなら命を惜しみませんが?」と、もう一度念を押した。

「そなたらの気持ちだけで十分です」

 宇音美は、寂しそうに笑った。

 兵士たちを呼び集めた国押は、こう叫んだ。

「聞け! 我々は林大臣さまのためにきっと殺されるだろう。豊浦大臣さまも、今日、明日には誅殺されることは間違いない。ならば誰のために虚しく戦い、処刑されるのか!」

 そして剣を解き、弓矢を投げ捨てた。

 これまでと悟った兵士たちも、武器を捨て、ぞくぞくと丘を下りていった。

「宇音美さま、私もそろそろ」

 国押が別れの挨拶をすると、宇音美は静かに頷き、すやすやと眠る赤子を手渡した。

「高向臣さま、きっとお願いします」

「我が命に代えても、必ずお守りいたします」

 宇音美は、赤子の顔を覗き込んだ。

「立派な人になんかならなくていいの。元気に育ってくれれば、お母さまは十分です。いいですね、我儘を言って、高向臣を困らせては駄目ですよ。お母さまは、お父さまと一緒に、黄泉の国より見守っていますからね」

 国押は、はらはらと泣いた。

 宇音美は目を真っ赤にさせていたが、ひと粒も涙を零さなかった。

 その儚いまでの気丈さに、国押はさらに涙を流した。

「さあ、早く、赤子が目覚めてしまわないうちに」

 国押は一礼すると、脱兎のごとく甘樫丘を下っていった。
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