8 / 10
その後2
しおりを挟む
「サミュエル!」
公爵の手に引かれ馬車に乗り込もうとしたときに突然大きな声で名前を呼ばれた。
振り向くと息を切らしたカーティスがいた。驚く俺にカーティスがにやにやと笑いながら駆け寄ってくる。
俺の耳元に口を寄せると小さく囁いた。
「頑張れよ」
一言だけ言うと、俺の手に何かを握らせた。言葉の意味がわからず口を開こうとすると、カーティスは満足そうな笑顔で手を振って、俺の側から走り去っていった。
(一体…なんなんだ?)
「サミュエル?彼は何て言っていたんだい?」
馬車に乗り込むとすぐさま、公爵がこめかみに青い静脈を浮き出させて、不機嫌さをそのまんま表現したような凄みのある低音で聞いてきた。
公爵との間に冷たい空気が広がっている。恐ろしくて向かいの席に座る公爵の顔をまともに見ることができない。
(どうしてだろう。やはり今日の公爵はどこか怖いな)
「だ、旦那様。カーティスは特に大したことは言っていません」
公爵の目をまっすぐに見つめて首を横に振った。
(本当にカーティスは何が言いたかったんだろう。頑張って?勉強を?公務を?
わざわざ走ってきて言うことなのだろうか。
どうせ長期休暇が終わったら学園で再会できるのに…)
「私には言えないことを話していたのかな?そんなふうに二人だけの内緒話をするなんて、サミュエルは私よりあの子のほうを慕っているのかい?」
口の両端をあげて満面の笑みを浮かべているけれど、目にも頬にも表情はない。
声はとげとげとしていて、少し突き放したような冷たさがあった。
(どうしよう…嫌われてしまった?)
「旦那様。そんなことありません。私は誰よりも旦那さまをお慕いしています」
焦りから考えるよりも先に言葉が出てしまう。
好意を改めて口にすると、公爵への愛しい気持ちが溢れてきて、そんな自分が恥ずかしくて思わず顔を両手で覆ってしまう。
「サミュエル…」
公爵が切迫したかすれた声で俺の名前を呼んだ。指の狭間からおずおずと覗いてみると、公爵の空色の瞳に映る俺の姿がゆらゆらと揺れている。
公爵の声は甘く色気を含んでいて、俺の胸の鼓動が激しく波打ち、思わず俯いてしまう。
「……旦那様」
手のひらで顔を隠したまま俯く俺に、公爵の視線が突き刺さる。
公爵との間に沈黙が流れ、数秒が経ち、数分が経ったようにも感じた。
静寂を公爵の声が破った。
「……………これはっ?!」
俺が思わず顔を上げると、公爵が屈みこんで何かを拾っていた。
公爵は手の中のものを見ると、二度ほど目を大きく見開いてぱちぱちとすると、目を見開いたまま表情を凍らせ固まった。
(カーティスが押し付けてきた物?いつの間にか握りしめていたからその存在を忘れてしまっていたよ。
俺がさっき顔を覆った時に手から落としてしまったんだ。
そういえば目の前のことに精一杯で、渡された物を確認していなかったけれど、一体何なんだろう?)
何度か前方に屈みこんで公爵の手の中を覗き込もうと試みるが、公爵は拾った物を手の中に強く握りしめているため中身を確かめることができない。
公爵が表情を固まらせたまま会話は早々と終了した。
公爵は名前を呼んでもピクリともしない。
静かな馬車の中をからからという車輪の音だけが響いていた。
馬車が屋敷に到着したが、公爵は顔をこわばらせてずっと押し黙ったままであった。
有能な執事長は公爵の不自然な態度にも俺の動揺した態度にも狼狽することなく淡々と出迎える。
執務室へ向かう公爵の後ろ姿を見送りながら、俺は自室へと足を向けた。
「サ、サミュエル。後で話があるから執務室まで来なさい」
公爵の低い声が背後から響いてきた。
公爵の手に引かれ馬車に乗り込もうとしたときに突然大きな声で名前を呼ばれた。
振り向くと息を切らしたカーティスがいた。驚く俺にカーティスがにやにやと笑いながら駆け寄ってくる。
俺の耳元に口を寄せると小さく囁いた。
「頑張れよ」
一言だけ言うと、俺の手に何かを握らせた。言葉の意味がわからず口を開こうとすると、カーティスは満足そうな笑顔で手を振って、俺の側から走り去っていった。
(一体…なんなんだ?)
「サミュエル?彼は何て言っていたんだい?」
馬車に乗り込むとすぐさま、公爵がこめかみに青い静脈を浮き出させて、不機嫌さをそのまんま表現したような凄みのある低音で聞いてきた。
公爵との間に冷たい空気が広がっている。恐ろしくて向かいの席に座る公爵の顔をまともに見ることができない。
(どうしてだろう。やはり今日の公爵はどこか怖いな)
「だ、旦那様。カーティスは特に大したことは言っていません」
公爵の目をまっすぐに見つめて首を横に振った。
(本当にカーティスは何が言いたかったんだろう。頑張って?勉強を?公務を?
わざわざ走ってきて言うことなのだろうか。
どうせ長期休暇が終わったら学園で再会できるのに…)
「私には言えないことを話していたのかな?そんなふうに二人だけの内緒話をするなんて、サミュエルは私よりあの子のほうを慕っているのかい?」
口の両端をあげて満面の笑みを浮かべているけれど、目にも頬にも表情はない。
声はとげとげとしていて、少し突き放したような冷たさがあった。
(どうしよう…嫌われてしまった?)
「旦那様。そんなことありません。私は誰よりも旦那さまをお慕いしています」
焦りから考えるよりも先に言葉が出てしまう。
好意を改めて口にすると、公爵への愛しい気持ちが溢れてきて、そんな自分が恥ずかしくて思わず顔を両手で覆ってしまう。
「サミュエル…」
公爵が切迫したかすれた声で俺の名前を呼んだ。指の狭間からおずおずと覗いてみると、公爵の空色の瞳に映る俺の姿がゆらゆらと揺れている。
公爵の声は甘く色気を含んでいて、俺の胸の鼓動が激しく波打ち、思わず俯いてしまう。
「……旦那様」
手のひらで顔を隠したまま俯く俺に、公爵の視線が突き刺さる。
公爵との間に沈黙が流れ、数秒が経ち、数分が経ったようにも感じた。
静寂を公爵の声が破った。
「……………これはっ?!」
俺が思わず顔を上げると、公爵が屈みこんで何かを拾っていた。
公爵は手の中のものを見ると、二度ほど目を大きく見開いてぱちぱちとすると、目を見開いたまま表情を凍らせ固まった。
(カーティスが押し付けてきた物?いつの間にか握りしめていたからその存在を忘れてしまっていたよ。
俺がさっき顔を覆った時に手から落としてしまったんだ。
そういえば目の前のことに精一杯で、渡された物を確認していなかったけれど、一体何なんだろう?)
何度か前方に屈みこんで公爵の手の中を覗き込もうと試みるが、公爵は拾った物を手の中に強く握りしめているため中身を確かめることができない。
公爵が表情を固まらせたまま会話は早々と終了した。
公爵は名前を呼んでもピクリともしない。
静かな馬車の中をからからという車輪の音だけが響いていた。
馬車が屋敷に到着したが、公爵は顔をこわばらせてずっと押し黙ったままであった。
有能な執事長は公爵の不自然な態度にも俺の動揺した態度にも狼狽することなく淡々と出迎える。
執務室へ向かう公爵の後ろ姿を見送りながら、俺は自室へと足を向けた。
「サ、サミュエル。後で話があるから執務室まで来なさい」
公爵の低い声が背後から響いてきた。
107
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
悪役未満な俺の執事は完全無欠な冷徹龍神騎士団長
赤飯茸
BL
人間の少年は生まれ変わり、独りぼっちの地獄の中で包み込んでくれたのは美しい騎士団長だった。
乙女ゲームの世界に転生して、人気攻略キャラクターの騎士団長はプライベートでは少年の執事をしている。
冷徹キャラは愛しい主人の前では人生を捧げて尽くして守り抜く。
それが、あの日の約束。
キスで目覚めて、執事の報酬はご主人様自身。
ゲームで知っていた彼はゲームで知らない一面ばかりを見せる。
時々情緒不安定になり、重めの愛が溢れた変態で、最強龍神騎士様と人間少年の溺愛執着寵愛物語。
執事で騎士団長の龍神王×孤独な人間転生者
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
転生したらBLゲームのホスト教師だったのでオネエ様になろうと思う
ラットピア
BL
毎日BLゲームだけが生き甲斐の社畜系腐男子凛時(りんじ)は会社(まっくろ♡)からの帰り、信号を渡る子供に突っ込んでいくトラックから子供を守るため飛び出し、トラックに衝突され、最近ハマっているBLゲームを全クリできていないことを悔やみながら目を閉じる。
次に目を覚ますとハマっていたBLゲームの攻略最低難易度のホスト教員籠目 暁(かごめ あかつき)になっていた。BLは見る派で自分がなる気はない凛時は何をとち狂ったのかオネエになることを決めた
オチ決定しました〜☺️
※印はR18です(際どいやつもつけてます)
毎日20時更新 三十話超えたら長編に移行します
メインストーリー開始時 暁→28歳 教員6年目
凛時転生時 暁→19歳 大学1年生(入学当日)
訂正箇所見つけ次第訂正してます。間違い探しみたいに探してみてね⭐︎
11/24 大変際どかったためR18に移行しました
12/3 書記くんのお名前変更しました。今は戌亥 修馬(いぬい しゅうま)くんです
この度、ヒロインの双子の弟に転生してしまいました。〜双子の姉が転生者なうえ何故か攻略対象が近づいてくるのはなんで?〜
アラビルレイン
BL
ある日、突然前世の記憶を思い出した主人公の野原 敦彦(のばら あつひこ)ことリニスはひょんな事から母と共に実の父親に引き取られることになる。
ギクシャクしながらも過ごしていくうちに王都にある王立学園に通うことになる。そこで再会する双子の姉のやらかしに振り回されながらも母の為懸命に通う中、攻略対象の当たる人物が迫ってきて……
*作品の内容を変更する場合がございます。予めご了承ください。
*戦闘シーンでグロいシーンがあるかも知れないのでご了承下さい。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。
くまだった
BL
新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。
金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。
貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け
ムーンさんで先行投稿してます。
感想頂けたら嬉しいです!
弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。
あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。
だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。
よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。
弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。
そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。
どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。
俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。
そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。
◎1話完結型になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる