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その後2
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「サミュエル!」
公爵の手に引かれ馬車に乗り込もうとしたときに突然大きな声で名前を呼ばれた。
振り向くと息を切らしたカーティスがいた。驚く俺にカーティスがにやにやと笑いながら駆け寄ってくる。
俺の耳元に口を寄せると小さく囁いた。
「頑張れよ」
一言だけ言うと、俺の手に何かを握らせた。言葉の意味がわからず口を開こうとすると、カーティスは満足そうな笑顔で手を振って、俺の側から走り去っていった。
(一体…なんなんだ?)
「サミュエル?彼は何て言っていたんだい?」
馬車に乗り込むとすぐさま、公爵がこめかみに青い静脈を浮き出させて、不機嫌さをそのまんま表現したような凄みのある低音で聞いてきた。
公爵との間に冷たい空気が広がっている。恐ろしくて向かいの席に座る公爵の顔をまともに見ることができない。
(どうしてだろう。やはり今日の公爵はどこか怖いな)
「だ、旦那様。カーティスは特に大したことは言っていません」
公爵の目をまっすぐに見つめて首を横に振った。
(本当にカーティスは何が言いたかったんだろう。頑張って?勉強を?公務を?
わざわざ走ってきて言うことなのだろうか。
どうせ長期休暇が終わったら学園で再会できるのに…)
「私には言えないことを話していたのかな?そんなふうに二人だけの内緒話をするなんて、サミュエルは私よりあの子のほうを慕っているのかい?」
口の両端をあげて満面の笑みを浮かべているけれど、目にも頬にも表情はない。
声はとげとげとしていて、少し突き放したような冷たさがあった。
(どうしよう…嫌われてしまった?)
「旦那様。そんなことありません。私は誰よりも旦那さまをお慕いしています」
焦りから考えるよりも先に言葉が出てしまう。
好意を改めて口にすると、公爵への愛しい気持ちが溢れてきて、そんな自分が恥ずかしくて思わず顔を両手で覆ってしまう。
「サミュエル…」
公爵が切迫したかすれた声で俺の名前を呼んだ。指の狭間からおずおずと覗いてみると、公爵の空色の瞳に映る俺の姿がゆらゆらと揺れている。
公爵の声は甘く色気を含んでいて、俺の胸の鼓動が激しく波打ち、思わず俯いてしまう。
「……旦那様」
手のひらで顔を隠したまま俯く俺に、公爵の視線が突き刺さる。
公爵との間に沈黙が流れ、数秒が経ち、数分が経ったようにも感じた。
静寂を公爵の声が破った。
「……………これはっ?!」
俺が思わず顔を上げると、公爵が屈みこんで何かを拾っていた。
公爵は手の中のものを見ると、二度ほど目を大きく見開いてぱちぱちとすると、目を見開いたまま表情を凍らせ固まった。
(カーティスが押し付けてきた物?いつの間にか握りしめていたからその存在を忘れてしまっていたよ。
俺がさっき顔を覆った時に手から落としてしまったんだ。
そういえば目の前のことに精一杯で、渡された物を確認していなかったけれど、一体何なんだろう?)
何度か前方に屈みこんで公爵の手の中を覗き込もうと試みるが、公爵は拾った物を手の中に強く握りしめているため中身を確かめることができない。
公爵が表情を固まらせたまま会話は早々と終了した。
公爵は名前を呼んでもピクリともしない。
静かな馬車の中をからからという車輪の音だけが響いていた。
馬車が屋敷に到着したが、公爵は顔をこわばらせてずっと押し黙ったままであった。
有能な執事長は公爵の不自然な態度にも俺の動揺した態度にも狼狽することなく淡々と出迎える。
執務室へ向かう公爵の後ろ姿を見送りながら、俺は自室へと足を向けた。
「サ、サミュエル。後で話があるから執務室まで来なさい」
公爵の低い声が背後から響いてきた。
公爵の手に引かれ馬車に乗り込もうとしたときに突然大きな声で名前を呼ばれた。
振り向くと息を切らしたカーティスがいた。驚く俺にカーティスがにやにやと笑いながら駆け寄ってくる。
俺の耳元に口を寄せると小さく囁いた。
「頑張れよ」
一言だけ言うと、俺の手に何かを握らせた。言葉の意味がわからず口を開こうとすると、カーティスは満足そうな笑顔で手を振って、俺の側から走り去っていった。
(一体…なんなんだ?)
「サミュエル?彼は何て言っていたんだい?」
馬車に乗り込むとすぐさま、公爵がこめかみに青い静脈を浮き出させて、不機嫌さをそのまんま表現したような凄みのある低音で聞いてきた。
公爵との間に冷たい空気が広がっている。恐ろしくて向かいの席に座る公爵の顔をまともに見ることができない。
(どうしてだろう。やはり今日の公爵はどこか怖いな)
「だ、旦那様。カーティスは特に大したことは言っていません」
公爵の目をまっすぐに見つめて首を横に振った。
(本当にカーティスは何が言いたかったんだろう。頑張って?勉強を?公務を?
わざわざ走ってきて言うことなのだろうか。
どうせ長期休暇が終わったら学園で再会できるのに…)
「私には言えないことを話していたのかな?そんなふうに二人だけの内緒話をするなんて、サミュエルは私よりあの子のほうを慕っているのかい?」
口の両端をあげて満面の笑みを浮かべているけれど、目にも頬にも表情はない。
声はとげとげとしていて、少し突き放したような冷たさがあった。
(どうしよう…嫌われてしまった?)
「旦那様。そんなことありません。私は誰よりも旦那さまをお慕いしています」
焦りから考えるよりも先に言葉が出てしまう。
好意を改めて口にすると、公爵への愛しい気持ちが溢れてきて、そんな自分が恥ずかしくて思わず顔を両手で覆ってしまう。
「サミュエル…」
公爵が切迫したかすれた声で俺の名前を呼んだ。指の狭間からおずおずと覗いてみると、公爵の空色の瞳に映る俺の姿がゆらゆらと揺れている。
公爵の声は甘く色気を含んでいて、俺の胸の鼓動が激しく波打ち、思わず俯いてしまう。
「……旦那様」
手のひらで顔を隠したまま俯く俺に、公爵の視線が突き刺さる。
公爵との間に沈黙が流れ、数秒が経ち、数分が経ったようにも感じた。
静寂を公爵の声が破った。
「……………これはっ?!」
俺が思わず顔を上げると、公爵が屈みこんで何かを拾っていた。
公爵は手の中のものを見ると、二度ほど目を大きく見開いてぱちぱちとすると、目を見開いたまま表情を凍らせ固まった。
(カーティスが押し付けてきた物?いつの間にか握りしめていたからその存在を忘れてしまっていたよ。
俺がさっき顔を覆った時に手から落としてしまったんだ。
そういえば目の前のことに精一杯で、渡された物を確認していなかったけれど、一体何なんだろう?)
何度か前方に屈みこんで公爵の手の中を覗き込もうと試みるが、公爵は拾った物を手の中に強く握りしめているため中身を確かめることができない。
公爵が表情を固まらせたまま会話は早々と終了した。
公爵は名前を呼んでもピクリともしない。
静かな馬車の中をからからという車輪の音だけが響いていた。
馬車が屋敷に到着したが、公爵は顔をこわばらせてずっと押し黙ったままであった。
有能な執事長は公爵の不自然な態度にも俺の動揺した態度にも狼狽することなく淡々と出迎える。
執務室へ向かう公爵の後ろ姿を見送りながら、俺は自室へと足を向けた。
「サ、サミュエル。後で話があるから執務室まで来なさい」
公爵の低い声が背後から響いてきた。
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