異世界で迷子を保護したら懐かれました

稲刈 むぎ

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1.異世界と私と老夫婦

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幼い頃から、私は何もなかった。
不器用で要領が悪く、趣味も、ましてや特技と言えるものなんてない。
毎年のように訪れる自己紹介の時間は、いつも苦痛だった。

走ることが苦手だったからスポーツは全員参加以外できるだけ避けていた。
代わりに勉強は真面目に授業を受けていたつもりだったけど、高校以上になると理解が追いつかなくなり、途端に平均以下に落ちてしまった。

辛うじて入れた大学を卒業して、なんとか就職することはできたけど
同期より理解できるスピードも遅く、
資格もなかなか取れず、
気付けば周りの流れに取り残されていた。

何年も働いているのに、1年目から成長していない。

ネットで知る程度の浅い知識しかないし、
料理をしても、レシピ本を見ながら作って“食べられなくない“程度のものが出来上がるレベル。
見た目も、とりわけ面と向かってブスといわれることもなかったけど、かといって揶揄い以外でカワイイと言われることもなかった。

本当に、何にもない。

自分に誇れることが。


だから、突然自分が16歳の時の見た目で
明らかに地球ではないところにいることに気がついた時
真っ先に「なぜ私が」と思った。

おいしい料理で現地の人のハートを掴んだり
前世のスキルで革命を起こしたり
ましてや謙虚美女で周りのクラスメイトをメロメロにする展開など
全く考えられない。

きっとこれは夢で、目覚めればいつもの生活が戻ってくると思っていた。

でも2日経っても3日経っても、目覚めることなくひたすらに森の中を彷徨い続けている。

空腹と眩暈だけではなく、闇雲に歩き回っていたことでできた擦り傷や切り傷は、これが現実であることを知らしめるようにジワジワと継続的な痛みを与えてきた。

地球ではないと理解したのは、地球上では考えられない生き物をそこらで見かけるからだ。

羽がないのに空を飛ぶトカゲのような生き物や、毛むくじゃらで転がって移動する生き物。
それまでの常識では考えられない光景を目にする度に、『異世界転生』という文字がチラつく。

転生というには16歳当時の私の姿のままだったので、『異世界若返り転移』と言った方が正しいかもしれない。
ナニソレってかんじだけど。

謎の生き物に遭遇しないよう逃げながら、なんとか川の水で凌いできたけれど、もうどうにも立ち上がれなくなった。

どこに向かっているのかもわからない。なんで歩こうと、生きようと思ってるのかもわからない。

生きていてもどうしようもない存在だからこの世界に飛ばされたのかも。

ただひたすら歩き回ることに疲れて、草の上に寝転がって目を閉じることにした。

じっとしていると、小さい頃に近所の土手で寝転がったような水と草の混ざった匂いが鼻先を掠めた。
このまま寝てる間に命が消えれば、案外幸せな最期かもしれない…





「おい、大丈夫か。変わった服の嬢ちゃん。」

優しく肩を叩かれる。
うっすら目を開くと、ガタイが良く日焼けした肌に、晴れ渡った空色の目をしたお爺さんが覗き込んでいた。

「やれやれ。こんな姿になるまで歩いて、大変だったな。すぐに見つけられたら良かったんだが、ソニアでも場所までは特定できんからなぁ。」

「そ…にあ…さん?」

「ああ。わしの嫁さんだ。そういえば名乗ってなかったな。ワシはダイアだ。お嬢ちゃんはなんていうんだ?」

「あ…みのり…宮内みやうち みのりです。」


「ミノリか。腹減っただろ?うちに来な。いろいろ混乱してるだろうが、ひとまず腹ごしらえだ。」

差し出された手をじっと見る。
無骨で厚みのある手だ。

知らない人にはついていかない、という言葉が頭を過ったけど、逃げたところで行くあてもない。

「私は…」

「ん?」

「私は、なんでここにいるんですか?どうしてこんなところに落とされたんですか?誰も、誰もいないし、こわい、知らない生き物ばっかりだし!こんなところ知らないのに、おうちに帰りたいよおーーー!!!!」


ずっと溜め込んでいた不安や不満が洪水のように吐き出されて、わあわあと子どものように泣きじゃくってしまった。
ダイアさんは暫くオロオロして見てたが、泣き止む気配がないとわかるとあっさり担ぎ上げて、道のない道を迷いなく走っていった。

あまりに手際が良くて、やっぱりいい人そうに見えて人攫いだったのかもと思うと余計に涙が止まらず、運ばれている間ずっと泣き叫び続けた。


泣くのも体力がいるわけで
徐々にしゃくり上げに変わってきた時、一軒の家が目の前に現れる。

年季が入ったログハウスだけど、お庭には色とりどりの花や植物が植えられていて絵本に出てくるお家みたい。

「ようやく泣き止んだか。手荒い運び方して悪かったな。」

ダイアさんが、私を肩から下ろす。豪快そうな見た目に反してゆっくり足を地面につけてくれた。

さっきまでの景色とあまりに違くて、呆けていると、靴音がしてドアが開かれた。

「あらあら。やっと見つかったのね。探してくれてありがとう、ダイア。」

柔らかい声のお婆さんが現れたら、ダイアさんはただいまのハグをしに飛んでいった。

あまりに癒しの光景にぼーっと見てしまった。気付いたらいつの間にかお婆さんのソニアさん手を引かれてログハウスの中に入り、ホカホカのパンとスープが用意された食卓に座っていた。

「ミノリ、ワシらもこれから食事なんだ。共にいただこう。」

ダイアさんと、ソニアさんというやさしそうなおばあちゃんも、同じ食卓について食べ始めた。食べられるだけでいいからな、とダイアさんが言い、足りなかったらまだあるから遠慮なく言ってね、とソニアさんが言う。

忘れかけていた温かい食卓に、最後の晩餐になってもいいと、スープの水面をガン見しながら無言で全て平らげた。

ダイアさん夫婦は、くたびれて擦り切れた服の代わりに着る服をくれた。
入浴もさせてくれて、フカフカのベッドまで用意してくれた。

丸1日ぐっすりと寝た後の食事の席で、ソニアさんが話をしてくれた。

ソニアさんは先見の魔女で、王様とかに飼い殺しにされないように、ダイアさんと駆け落ちしてここに住んでいること。

ソニアさんが生きている間は、ソニアさんが先見の魔女であることを誰にも言わないで欲しいこと。

先見の力で私がここに現れることを知り、保護できるように準備してくれていたこと。

なぜ私がここに現れたかはわからないこと。

「ミノリ。よかったら私たちとしばらく暮らさない?一緒に生活しながら、あなたが1人でも生活できるように、この世界のことをダイアと伝えるわ。」

どこにも行く宛がないのは相変わらずだし、ここまでお世話になって警戒心なんて消え失せていた。
お互い歳だから若い人がいてくれると助かると言われて、恩を返せる隙を見出し、ソニアさんのお言葉に甘えることにした。

といっても要領の悪い私なので、少しでも早く役に立てるようにと、メモのようなものはないか聞いてみたら
メモのように記録を残せる魔道具があるからとくれた。

ダイアさんは元々森の民で、魔法はあまり得意ではなく、身体強化とちょっとした傷を治したり火を起こせるくらいだとか。

その代わり魔法なしでも丸太を3本同時に楽々担ぐくらい体力があるし、この世界の動植物の知識が豊富だった。
散歩についてっては家の周りの植物から一般的な毒物の見分け方なんかも教えてくれた。

森に住むあらゆる生物の急所と、最短の仕留め方から罠を使った方法まで。
森に住むための実践的なことをたくさん教えてくれる。

ソニアさんは魔法が使えるのに、魔法を使わずに生活する方法についても詳しかった。
この世界では家電の代わりに魔法で家事なんかをするみたいだけど、魔法を使わない場合の洗濯の仕方、掃除の仕方、季節の作業なんかを教えてくれた。

異世界に来ても覚えが悪くて、メモをしても漏れたり抜けたりしてしまうけど、その都度何度も教えてくれた。
「ゆっくり覚えたらいいのよ。時間はたくさんあるから。」「魔法でどうにでも直せるから、気にせずやっちゃいなさい」
お茶目に片目を瞑ったり、いつもやさしく撫でてくれた。

ダイアさんも、実際に触って確かめさせてくれて、安全性の確認方法や違いがわかりづらいものの見分け方など、なるべくいろんなことを私でも理解して覚えられるように工夫してくれた。

覚えが悪すぎて毎日怒られて急かされていた日々を思い出すと、2人のやさしさで目が滲むこともなん度もある。

上手くできたときは褒めてくれて
失敗しても、失敗の原因について一緒に考えてくれた。抜けたり足りていなかった知識については嫌な顔せず何度も教えてくれる。

一度、うっかり間違ったスパイスを入れて鍋を爆発させた時も、2人は笑ってくれて私が火傷をしていないか心配してくれた。

獣を捌くのはどうしても苦手で、その代わり魚の獲り方や食べ方を教えてもらった。

水の中でも陸でも歩きやすいようにと、専用の靴とサンダルを拵えてくれた。

食卓は必ず3人で囲んで
その日あったことを報告し合った。

少しでも2人の力になりたくて、なんでもついて回って教わりながら手伝うようになった。

前世を含めても、こんなに生きやすく、幸せな時間はなかった。

「時間はたくさんあるから。」

ソニアさんはそう言って、いつも励ましてくれた。

働きに出ていなくても、お金に困ることは全くなかった。
温かく幸せな3人の毎日がいつまでも続けばいいと思っていた。

早く2人に恩返しできるようになって、たくさん楽させてあげようと思って、
1度目の人生では考えられないくらいに前向きにいろんなことを吸収していく。















同じ季節が三度巡ったところで呆気なく終わりを迎えた。







老衰だった。

前日まで、いつもと変わらず元気そうだったダイアさんが先に亡くなり、後を追うようにその1ヵ月後、ソニアさんが亡くなった。

ダイアさんが亡くなるとすぐ、ソニアさんは魔法が使えない私が魔法で攻撃されても身を守れるように、ダイアさんと作ったという魔道具のブレスレットとツルで編んだうさぎのような置物をくれた。

受けた魔法を吸収して、吸収した魔法を放つだけの魔道具だ。と言っても魔法を使うという感覚が全くないので、使いこなすまでに時間がかかり、なんとか使えるようになった時は、ソニアさんの命の火が消えてしまった。

『この2つは、どこに行く時も離さず持っていってね。あなたの身を守るものだから。
 迷った時は、あなたの心を信じて。最後まで生きてね。短い時間だったけど、ダイアと2人だけだった世界に、ミノリを迎え入れられて幸せだったわ。』




ひとりぼっちで取り残された哀しさで、何度も後を追うことを考えたけど

最期まで私のことを案じてくれた2人を想うと、自ら命を断つことなんてできなくて

2人が残してくれたこのログハウスで
思い出を辿りながら細々と生き続けていた。







ノルックと出会ったのは、ひとりぼっちに慣れ始めた2年後の冬だった。


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