2 / 13
2
しおりを挟む※上記が殺害現場に残されていた書置きです。
「お手柄だぞ、メッセンジャーボーイズ!」
通報後、警官たちとともに再び戻ったシーモア氏の邸。
待機させられていた台所へ入って来た警部補キース・ビーがヒューとエドガーに放った第一声はソレだった。
このキース・ビー警部補、噂にたがわぬスマートな容貌だ。身長6フィート、痩身だが筋肉質で躍動感に溢れている。髪は赤毛。鳶色の目は鋭いが貧相な口髭と顔中に散った雀斑のせいで妙に愛嬌がある。
「現場検証は終わった。君たちもテレグラフ・エージェンシー社へ帰っていいぞ。向こうでも引っ張りだこで根掘り葉掘り質問攻めにされるだろうがな。まぁ、見たことを有りのまま告げてもいいよ」
警部補は大きく両手を開いて邸中を指し示した。
「現場を荒らすことなく、何も手を触れずにすぐに通報してくれた。その行為は賞賛に値する。ロイター卿も褒めてくれるだろう。特別手当がもらえるかもしれないぞ」
「ありがとうございます。流石、今を時めくビー警部補だ!」
すかさずヒューが言う。いつもより子供っぽい声を出しているとエドガーは思った。
「ねぇ、警部補さん、僕たち、あなたからもぜひご褒美をもらいたいです」
「ご褒美だと? 僕から?」
「ええ、どうか僕たちに警部補の名推理を聞かせてください。こんな光栄、生涯二度とないだろうから」
『ニュー・スコットランドヤードの輝ける新星!』『蜂の鋭利な一刺し!』……
切れ者として新聞紙上に幾度も登場してその名を馳せている若き警部補は照れながらも心底嬉しそうに笑った。額に落ちかかる髪を親指で払って、
「フフ、さては君たちストランドマガジンのシャーロック・ホームズシリーズのファンだな? 影響を受け過ぎてるぞ」
いやいや、かくゆう警部補自身、インバネスコートと鹿撃ち帽といういで立ちなのだが。
それはさて置き、
「推理と言っても、未だわからないことだらけさ。今はっきりしているのは君たちも見た通りの――」
椅子を引き出して腰を下ろすとビー警部補は話し始めた。
「シーモア氏はナイフで胸を一突きされた。だが即死でなかったようだ。と言うのも、刺されてから歩き回った痕跡がある。こういうことは血の痕から読み取れるんだよ。シーモア氏は風呂に浸かっていたいたらしい。バスタブに醒めたお湯が残っていたからね。風呂場で室内を荒らす物音を聞き、裸で飛び出して書斎に入った。そこで犯人と鉢合わせ、刺された。犯人は逃走した」
ここでヒューが声を上げた。
「そうか、だから、玄関のドアが開いていたのか! 犯人が侵入したのは書斎の窓ですね? 大きく開いていて風が吹き込んでいました」
「ほう、よく気がついたな」
ひとつ頷いてキース・ビー警部補は先を続ける。
「犯人が逃げ去った後で、胸にナイフを刺されたままシーモア氏はなんとか机まで歩いて伝言を書いた。そして力尽きて倒れ、絶命した」
「右手にガウン、左手は本の上に置かれていましたよね? それについて警部補はどう思われます?」
「うむ、これまたよく気づいたね。ガウンは、流石に裸で息絶えるのを憚ったんだと思う。知ってるだろうが、シーモア氏は貴族の出だからね。貴族はマナーに煩い。左手の本は、偶々近くにあって倒れる際一緒に巻き込んだんじゃないかな」
警部補はパイプに火をつけた。
「そうそう、この邸にはもう一人、人がいたんだよ。台所の奥の使用人部屋に寝ていた年取った女中だ。シーモア氏の身の回りの世話をしていたそうだ。だが、いかんせん彼女は耳も遠く目も悪かった。昨晩もぐっすり眠り込んでいてさっき僕が揺り起こすまで何が起こったか知らなかった。可哀想に、元乳母だったそうで泣き崩れてしまったよ。ゴホゴホ……ゴフッ」
煙を吸い込んで咽たらしい。少々咳き込んでから警部補は言い添えた。
「失礼、とはいえ、この乳母の証言が僕の推理を裏付けてくれたよ。シーモア氏は、昨夜は聖書研究会の会食に出席するので夕食は要らないと言って出かけたそうだ。幾分早く帰ったせいで運悪く泥棒と遭遇したとも言える。まぁこんなところかな」
「ありがとうございました、ビー警部補、凄く勉強になりました。では、僕たちはこれで」
「おっと、忘れるところだった、待ちたまえメッセンジャーボーイズ」
台所から出て行こうとしたヒューとエドガーを警部補は呼び止めた。ポケットから紙袋を取りだす。
「ちゃんとこれを持って帰りたまえ」
「?」
お駄賃のキャンディとは子ども扱いされたものだ。一瞬二人はムッとしたが、袋の中を覗いて驚いた。
「これはマーブル……」
キース・ビー警部補はニッコリと微笑んだ。
「いくら冷静に見えても、やっぱり年相応なんだな。君たち、死体を目の当たりにしたショックで部屋にビー玉をぶちまけたろう? フフ、大丈夫、巡査に命じてちゃんと拾い集めておいたよ。いやなに、礼は要らない。僕にだって少年時代はあったからね。君たちの大切な宝物を取り上げたりはしないさ。では気をつけて帰りなさい。もう昼だから、往来でローラースケートはダメだよ。脱ぐように」
「あの、でも、警部補さん、このマーブルは僕たちのじゃな――ムググ」
抗議しようとしたエドガーの口をヒューの手が塞いだ。そのまま引きずるようにして玄関へ向かう。
「ご親切に、ありがとうございます! では、こんどこそ、僕たちは失礼します!」
「ひどいよ、ヒュー、窒息するとこだったぜ」
外へ出るやエドガーは、今度はヒューに抗議した。
「それに、なんで僕がしゃべるのを止めたんだよ。そのマーブルは僕らの物じゃない。元からシーモア氏の書斎の床にちらばっていたんだぞ」
「それさ!」
パチンと指を鳴らすヒュー。
「面白いじゃないか。キース・ビー警部補は、マーブルは僕らの物だと思っている。つまり、あの切れ者と言われる男ですら見落としがある、完璧ではないってことだ。だとしたら――僕たちだって犯人を捜し出せる機会があるわけだ」
「僕たちが? 犯人を? 突き止める?」
エドガーは唾を飲み込んだ
「凄いこと考えるんだな、ヒュー」
やっぱりこのヒュー・バードは常に僕の遥か先を走っている! 夜のロンドンの街路だけじゃなくて。改めてエドガーは感嘆した。
「考えてるさ、いつも。俺だって永遠にメッセンジャーボーイでいられるわけじゃないんだから」
「えー、そうなの? 僕はこの職に就けて嬉しくってたまらないのに。できればいつまでもやっていたいよ。制服はカッコイイし、仕事はゲームみたいで楽しい。その上お金を稼げるんだから言うことない。いいこと尽くめだ」
それには答えずヒューはキュッと唇を引き結んでポケットから封書を出した。中身を取り出して読み始める。
エドガーはギョッとした。
「それ、シーモア氏に渡すメッセージだろ、いいのか、勝手に読んで?」
「社へ戻ったらちゃんと返却するさ、それより、見てみろよ」
ヒューが差し出した封書の中身――それはイタリアの新聞の切り抜きで当地の特派員の英文のメモが付けられていた。
イタリア語なんてチンプンカンプンだから、メモの方に目を走らせる。
〈 イタリア:ミラノ発
アンブロジアーナ館の所蔵する「ムラドーリ断片」についての報告記事。
ラテン語で記されたクリスチャン・ギリシャ語の聖書の目録/
またここアンブロジアーナ館には
西暦9世紀末のアンブロシウス039SUP写本あり。
この写本では神の名がヘブライ語の方形文字、
いわゆる四文字語テトラグラマトンで表記されている……
この他、ダ・ヴィンチの残した素描や
研究ノート2000点/アトランティコ手稿あり。 〉
すぐにエドガーは記事をヒューにつっ返した。
「何のことかさっぱりわかんないよ。君にはわかるの、ヒュー?」
「細かい内容はこの際どうでもいい。僕がここから読み取ったのは、シーモア氏は常にこの種の情報を知りたがっていたってこと。つまり、それほど始終、宗教や聖書について考える研究中心の生活をしてたって事実だよ」
「だから?」
「だからさ、今回のシーモア氏の残したメッセージは絶対そういう方向で読み取るべきなんだ」
理路整然としたヒューの意見にエドガーは驚いた。だが、そこで終わりではなかった。それに続く言葉はさらに驚愕すべきものだった。
平然とヒューは言ってのけたのだ。
「シーモア氏の書置きの方はともかく、床に蒔かれていたマーブルについて、その意味が僕にはわかったよ」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
