新聞記者の恋

早坂 悠

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14話 にぃ

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 俺はドアを慎重に開けて、靴をゆっくりと脱いだ。

 そのまま玄関でリュックから買ってきた包丁を両手で握った。渾身の力を込めてひと刺ししようと、俺は覚悟を決めた。リュックはもう必要ないから、玄関に置いた。

 玄関の電気はついてないものの、玄関から続く廊下の突き当たりの部屋から、灯りが漏れていた。あそこがリビングかもしれない。そこに藤田京平がいるかもしれない。

 忍び足でゆっくりゆっくり歩いていたが、廊下がとても長く感じてしまった。俺はもう終わりにしたいと思った。こんな生活、こんな世界、何もない俺の人生を。

 彼女を救って、俺は彼女を手に入れる。
 そのために彼女の旦那を俺が殺す。

ふぅーふぅーふぅー

 呼吸が荒くなり、ゆっくり廊下を歩くのがしんどくなった。もう藤田京平は目と鼻の先だ。おまえが全ての元凶だと俺は思う。おまえが俺の人生に介入してこなければ、こんなことにはならなかった。

ガチャ

 ドアを開けるとやはり、そこは狙い通りリビングで、ソファにゆったりくつろいで、テレビを見ている藤田京平の姿があった。

 実際にはソファに座っている藤田京平の肩から頭しか確認できない。リビングのドアとテレビの位置が向き合う位置にあり、藤田京平はドアを背にして、ソファに座ってテレビを見ている状態だった。

 俺はドアからスッとソファに近づいて、藤田京平の背後に迫った。手を伸ばせばヤツの短い頭髪を叩ける位置まで近づいた時……

「なんだ眠れないのか?」

 振り向きもせず、そう声をかけてきた男の頭に俺は包丁を勢いよく振り下ろした。

ザッ!!

「!!!!!!!?????」

 藤田京平の頭に思ったより深く包丁は刺さった。渾身の一撃により頭蓋骨も割れて、包丁の切先は簡単に、藤田京平の脳みそに達した。藤田京平はその衝撃により言葉を発することはなかった。

 頭に包丁が刺さった藤田京平の体がピクピク動いた。フラフラとヤツの手が震えながら頭の方へ伸びてくるが、俺は冷静に包丁のを握り締め、頭に刺さった包丁を抜いた。

 噴水のような鮮血が出るのかと思ったが、深く刺さったはずの頭から大量に血はボタボタ溢れても、返り血を浴びるようなことにはならなかった。

 ヤツの体からジュッと包丁を抜いた時、ピクピク震えていたヤツの四肢が一瞬だけシュッと整列したように、停止した。包丁を抜いたらすぐに倒れるのか?と思っていたが、

 藤田京平は頭から大量に血を流しながら、ゆっくり俺の方に振り返った。顔面真っ赤の顔をした男が、目だけを大きく見開いて、自分の残された命のともしびを使って、執念で誰が何をしたのか見ようとしていた。

 俺は目が合った。死にかけの藤田京平と目が合って、俺は我を忘れた。ソファの背もたれから乗り上げ、すでに血だらけの藤田京平を押し倒し、そこから馬乗りになって包丁で滅多刺しにした。

 刺して刺して刺して刺して刺して刺した

 起きてくるな起きてくるな起きてくるな
 俺を見るな俺を見るな俺を見るな俺を見るな
 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
 死な死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 藤田京平の体がまるで血を吸ったボロボロの雑巾のようになると、俺はやっと安心して包丁から手を離す。

 ガタンと包丁が血溜まりとなったリビングの床に落ちて、俺は自分の真っ赤に染まった両手を、呆然と見つめた。なんだか顔もベタベタする気がする。鏡で確認しないと分からないが、顔にも返り血がついているのかもしれない。

 後悔は1ミリたりもなかった。
 むしろ俺は達成感と高揚感に包まれていた。

 俺は憎かった藤田京平を殺した。もう収賄容疑や汚職事件などといった悪いことに、この男が関わることはないし、仲間を使って俺のことを監視してくることもない。

 そして何より


 や、やったぞ!!……やったんだっ!!

 俺は彼女を救った!最愛の女を!!

 これで!これで!
 俺の、俺の悪夢のような人生は終わる。

 
 ここからは彼女に
 愛される未来が待っているんだ!!



「うぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」


 俺は叫んだ。
自分のアパートでいつも叫ぶように叫んだ。

「……っ!!」

 その時、俺は声にならない声を聞いた。

 大きな瞳をさらに大きく見開いて、驚愕した顔で、俺に助けを求めた張本人である美しい女、最愛の女である藤田志穂が、リビングのドアの前に突っ立っていた。

 俺はあまりの嬉しさに、
 そして感動の再会に、
 これから始まる2人の物語に、
 思わず胸が高鳴って

 にぃ

 と歯を見せて藤田志穂に向かって微笑んだ。いつも微笑んだりなんてことしないので、きっと不自然な笑顔だったかもしれない。でも俺は声を大にして言いたい。

 ここにあなたのヒーローが来ましたよ
 あなたを悪の手から守りましたよって。

 さぁ、約束通り、最初のご褒美であるキスを、俺に下さい……俺は彼女にゆっくり近づいた。
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