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午後2時40分~50分 事件と凶器に関する真相のようなものが語られる
50・今振り返ると先週の競馬のメインレースの結果のようになつかしい
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ルージュ・ブラン(ルーちゃん)先輩は、電気ポットから見つかった凶器、槍の穂先のようなものについて話しはじめた。
*
それはおととしの夏休み、我とユク、つまり樋浦遊久が物語部に入って最初の夏休みの強化合宿で、とある海岸の近くにある公共施設に泊まったときのことだった。
我もユクも、まだ汚れを知らぬ乙女で、世界もまだ今よりすこし若かった。
恋も夢も未来も、絶望に縁どられた希望という永遠、∞の形をしていて、我々の心の中では………え、そういう文学的修辞はいらないからとっとと話を進めろ?
もう1000字ぐらい続けられるのだが、仕方がないので省略しよう。
合宿1日めが終わり、2日めの早朝、我とユクは誘い合って早起きをし、誰もいない海岸で日の出を見ようと決めていた。
残念ながら大きいほうの浜辺の海水浴場は、そういう人がちらほらいたので、我々はあまり知られていない岬の影の岩場まで足を運んだ。
潮が引きつつある岩場はごつごつして、ところどころに海藻が残っていたため、我々は滑らないように用心して、手をつなぎ合って進んだ。
前を歩くユクの足取り、足跡をたどるように追って我はあとに続いた。
空の黒がやがて濃い青色に変わり、星々が消えて遠くに薄白色の雲がぼんやりと、そして船の明かりがちらちらと見えるだろう、と我はユクに言ったけど、ユクは、雲と船は見えても、ぼんやりとちらちらはよう見えんと言った。
あちこちに大小の潮だまりができている、そのうちの中くらいの大きさのところで、我々は足を止め、手を海水にひたした。
海水は思ったよりも冷たく気持ちがよかった。
日の出というのは、出るまではわくわくするのに、完全に太陽が出てしまうとさほど面白いものではない。
今日もまた暑い日が続くのだろう、と我は多分考えていただろう。
その青春の一日は、今振り返ると先週の競馬のメインレースの結果のようになつかしい。
悔悛と忘却の虹の合間の、つかの間の打算と栄光の日々。
そしてユクはその潮だまりの片隅で、出たばかりの太陽に照らされてきらきらと光るものを見つけ、我はそこで泳ぐ小魚の幾匹かに、奇妙なものがあるのに気がついた。
注意深く観察しなければ気づかない、気づけば悪夢のように忘れられない、それは………それは………。
*
「わあああああっ!」
「やめてください、ルーちゃん先輩!」と、おれは言った。
*
半身の魚が泳いでいた。
大きさは大小様々で、大きいもので中指ぐらいだったろうか。
縦に割かれた魚は、干物とは異なり、骨のところまで真二つで、内臓まで見えていたその切断面は、薄黄色の光に薄く覆われていた。
右半分だけの魚の、もう半身はどこだろう、と思うと、同じ大きさの左半分だけの小魚が、その潮だまりの中でちゃんと泳いでいた。
ユクが見つけたものは、20センチほどの槍の穂先のように見える刃と、それとほぼ同じ長さの、ただし端が叩き折られたような切断面を持つ木の柄だった。
刃の部分が重たいため、その折れた槍のようなものは、木の柄の部分を上にして海水の中で垂直に立っていた。
潮だまりの魚、それによく見るとウミウシやヤドカリなど、いろいろな生き物が、その刃の放つ薄黄色い光に釣られて近づき、触れるとともに真二つになった。
これは妖刀、ではなく妖槍だ、とユクは言った。
我々は、これを拾ったことはふたりだけの秘密にしよう、と決め、その槍の穂先を、故事にのっとって「蜻蛉切」と名づけた。
実存する槍としては、本多忠勝が戦場で使い、トンボが穂先に止まったら真二つになったためその名を残しているものがよく知られている、同じ名を持つ所在不明の槍もあることになっている。
ユクの仮説は、その槍の霊的、超実在的非実在感を考えると、超古代もしくは超未来の、あるいはこことは重なりながら違っている別の世界の、なんらかの戦争、戦場で名将によって使われた超兵器だろう、ということだ。
将にとっては負け戦で、奮戦しながらも力尽きた、その形見だろう、と。
我の仮説は、その槍はまさにその時、我々が物語部へ入って最初の夏休みの、合宿の日の翌日の夜明け、まさにその場所、誰もいない海岸の潮だまりで、我々に見つけられるものとして、超存在によって作られた、ということだ。
この蜻蛉切は、見えない者には見えないままだが、見えるという情報を共有すると見えることになり、一度そうなると、心の中で念じれば手元に来るようになっている。
*
「その力をご覧あれ」と、ルーちゃん先輩は言い、おれの手の中の、調理用包丁と同じ柄を持った蜻蛉切は非実在化し、ルーちゃん先輩の手の中で再び実在化した。
*
それはおととしの夏休み、我とユク、つまり樋浦遊久が物語部に入って最初の夏休みの強化合宿で、とある海岸の近くにある公共施設に泊まったときのことだった。
我もユクも、まだ汚れを知らぬ乙女で、世界もまだ今よりすこし若かった。
恋も夢も未来も、絶望に縁どられた希望という永遠、∞の形をしていて、我々の心の中では………え、そういう文学的修辞はいらないからとっとと話を進めろ?
もう1000字ぐらい続けられるのだが、仕方がないので省略しよう。
合宿1日めが終わり、2日めの早朝、我とユクは誘い合って早起きをし、誰もいない海岸で日の出を見ようと決めていた。
残念ながら大きいほうの浜辺の海水浴場は、そういう人がちらほらいたので、我々はあまり知られていない岬の影の岩場まで足を運んだ。
潮が引きつつある岩場はごつごつして、ところどころに海藻が残っていたため、我々は滑らないように用心して、手をつなぎ合って進んだ。
前を歩くユクの足取り、足跡をたどるように追って我はあとに続いた。
空の黒がやがて濃い青色に変わり、星々が消えて遠くに薄白色の雲がぼんやりと、そして船の明かりがちらちらと見えるだろう、と我はユクに言ったけど、ユクは、雲と船は見えても、ぼんやりとちらちらはよう見えんと言った。
あちこちに大小の潮だまりができている、そのうちの中くらいの大きさのところで、我々は足を止め、手を海水にひたした。
海水は思ったよりも冷たく気持ちがよかった。
日の出というのは、出るまではわくわくするのに、完全に太陽が出てしまうとさほど面白いものではない。
今日もまた暑い日が続くのだろう、と我は多分考えていただろう。
その青春の一日は、今振り返ると先週の競馬のメインレースの結果のようになつかしい。
悔悛と忘却の虹の合間の、つかの間の打算と栄光の日々。
そしてユクはその潮だまりの片隅で、出たばかりの太陽に照らされてきらきらと光るものを見つけ、我はそこで泳ぐ小魚の幾匹かに、奇妙なものがあるのに気がついた。
注意深く観察しなければ気づかない、気づけば悪夢のように忘れられない、それは………それは………。
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「わあああああっ!」
「やめてください、ルーちゃん先輩!」と、おれは言った。
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半身の魚が泳いでいた。
大きさは大小様々で、大きいもので中指ぐらいだったろうか。
縦に割かれた魚は、干物とは異なり、骨のところまで真二つで、内臓まで見えていたその切断面は、薄黄色の光に薄く覆われていた。
右半分だけの魚の、もう半身はどこだろう、と思うと、同じ大きさの左半分だけの小魚が、その潮だまりの中でちゃんと泳いでいた。
ユクが見つけたものは、20センチほどの槍の穂先のように見える刃と、それとほぼ同じ長さの、ただし端が叩き折られたような切断面を持つ木の柄だった。
刃の部分が重たいため、その折れた槍のようなものは、木の柄の部分を上にして海水の中で垂直に立っていた。
潮だまりの魚、それによく見るとウミウシやヤドカリなど、いろいろな生き物が、その刃の放つ薄黄色い光に釣られて近づき、触れるとともに真二つになった。
これは妖刀、ではなく妖槍だ、とユクは言った。
我々は、これを拾ったことはふたりだけの秘密にしよう、と決め、その槍の穂先を、故事にのっとって「蜻蛉切」と名づけた。
実存する槍としては、本多忠勝が戦場で使い、トンボが穂先に止まったら真二つになったためその名を残しているものがよく知られている、同じ名を持つ所在不明の槍もあることになっている。
ユクの仮説は、その槍の霊的、超実在的非実在感を考えると、超古代もしくは超未来の、あるいはこことは重なりながら違っている別の世界の、なんらかの戦争、戦場で名将によって使われた超兵器だろう、ということだ。
将にとっては負け戦で、奮戦しながらも力尽きた、その形見だろう、と。
我の仮説は、その槍はまさにその時、我々が物語部へ入って最初の夏休みの、合宿の日の翌日の夜明け、まさにその場所、誰もいない海岸の潮だまりで、我々に見つけられるものとして、超存在によって作られた、ということだ。
この蜻蛉切は、見えない者には見えないままだが、見えるという情報を共有すると見えることになり、一度そうなると、心の中で念じれば手元に来るようになっている。
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「その力をご覧あれ」と、ルーちゃん先輩は言い、おれの手の中の、調理用包丁と同じ柄を持った蜻蛉切は非実在化し、ルーちゃん先輩の手の中で再び実在化した。
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