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第三章:『石の見る夢』
二
しおりを挟む王国跡地には三日でついた。
インベルとアルは、さっそく廃墟と化した旧王国街を見てまわった。
今でこそ砂の海に埋もれてしまっているものの、風が吹くと、その地面に設えられた石造りの道が、払われた砂の向こうに垣間見える。
肌色の日干しレンガで建てられた集合住宅やモニュメントは傾いたり、倒れたりして、地面と半ば一体化している。
地元の民からするとやや不謹慎に思われるかもしれないが、インベルはこういう風景、ノスタルジーを感じてやまないものがある。特別、大層な村の出というわけでもないのだが。
「兵共が夢の跡……ってやつっすねぇ」
「うーん。本当のことが解るようなものが一つでもあればと思ったんだけど……」
しかし、変哲もない。あるのは朽ち果てた当時の文化財の数々と、見渡す限りの砂化粧。
唯一宮殿跡の奥、山脈の内部に通じる洞穴の方に、昔のドラゴンたちが掘り進めたという伝説の水路を見つけ、そこで全身を潤すことはできたものの、他にはめぼしいものもなかった。
というのも、遺跡というのはこの存在だけで価値を顕すもの。良い宝であればあるほど、宝の方が見つかる相手を選ぶ。二人はどうしたって門外漢であって、目に入ったところでその価値はさほど判らなかったのだ。
例の呪われた甲冑と思わしき鎧一式も既に見つけていた。
それは宮殿前の長い階段の前広場にまとまって鎮座していたが、触っても、叩いてもぴくりともしない。一応、胸にそれらしき窪みはあったものの、中は空っぽである。
「反応なし……どころか、何の魔力も感じませんぜ、姉御。こりゃあのおっさんか、エルフか……担がれたんじゃねえんですかい?」
「何のために?」
「そりゃ都市起こしっすよ。戦争がなくなって退屈って思う輩がちょうど、こんなのをほしがるんすわ。肝試しとかって……」
「逆だと思ったんだけどな……」
「……逆?」
インベルは広場から再度山脈に通じる長階段を見上げて、
「夜まで待ってみっか……」
そう呟いた。
あらためて宮殿から洞穴、そして水路内をぐるりと見て周り、出てきた頃には夜も更けつつあった。砂漠の夜は昼間と温度差がひどく、とたんに寒冷地並みの低気温になる。
宮殿の入り口付近に野営地を築いて、洞穴と、生き残った柱で風を凌ぐ。
燃えさかり、破裂する薪の音を聴きながら、アルは尋ねた。
「そもそもなぜ夜なんで?」
「太陽の光というのはね、もともと生き物には強力すぎるんだ。だから、成長を促進される。元気の源と言えば聞こえはいいけれど、過剰なエネルギーを浴び続ければそれだけ寿命は短くなる。月の明かりはね、反射して、それら余分なものがなく、空っぽになった光なわけ。だから、身体の進行を留める作用を持つ」
「はえー。なるほどー」
「陽光が生きるエネルギーなら、月光はさしずめ不死のエナジーね。不死者が好むのも、そういうことよ。陽の光……つまり聖の光が眩しすぎるものには、あのくらいが有難いものなのよ……」
インベルは思い返していた。
彼女が依頼を承諾したのち、富豪は気を良くしたのか、殊更に詳細を聞かせた。
最強と謳われながら一夜にして滅んだ国の話だ。
「彼の国はかつて無数の火竜と共にあり、その絶大なる戦力で以て、この大陸全土はおろか海を渡って全世界を恐怖のどん底に陥れた。奴らは我々の住まうこの地や、まだ発展途上だった少数の集落を蹂躙しては、その財を祖国に持ち帰り、自らの肥やしにしてさらに軍備を増強していた」
「そんな強国がどうして……?」
「内紛があった。竜の反乱だ。奴らはその強大な戦力に溺れる余り自ら逆鱗に触れ、最後には一夜にして飲み込まれてしまったのだという……彼らを築いたのが竜ならば、滅ぼしたのもまた竜だった」
「皮肉な話ね」
「そうだ。力は諸刃……我々は常に試されているのだ。真にその資格があるのか。篩にかけられている。強大であればあるほど、我々はそれに見合うよう引き締めねばならんものなのだ」
話を耳に流しながら、あらためてインベルの目が光る。
考えてみればこの富豪は富豪だけあってそれなりの世渡りをしてきた強者であり、また金という力に関してはインベル同様、世界を股にかけても恥じないレベルといえる。
(うーーーーーーん……でもなーーーーー。話は確かに上手いし、第一印象よりかはだいぶ良くなってきたとは言え、生活面でモメそうだわね……やっぱし却下)
「そうそう。捜索隊の生き残りの学者だがな……」
「ん?! ……うんうん」
(聞いてなかったな? 姉御……また、いつものあれか……)
見定めに夢中になるあまり聴覚が飛ぶのはインベルの良くやる癖だった。
アルがたちまち気づいて隣で呆れる一方、主人はつつがなく話した。
「連中はこうも言ったよ。『その甲冑の繰り出す魔法は火竜のブレスの如く護衛の鎧を溶かし、肉を焼いた。二刀の鍵剣による剣技は、まるで奇術のように捉え所がなく、気がつけば首が飛んでいた。しかしあれこそまさに文献でのみ伝えられる——かの最強の竜騎士団隊長にして、彼の国の第一皇子! セティリス・ネフェルティアマトそのものだ——』と」
「第一皇子……セティリス……」
——パチり、と一つ薪が音を立てるころ。
二人は焚き火を囲んで、寝静まっていた。
インベルの夢枕では、お花畑に一人の勇ましい殿方の妄想が映えていた。
(げぇへへ……皇子! それも第一皇子! イケメンだったらいいなー……はやくその甲冑の下のお顔を見せてー……げへへへ)
一方、階段の下、甲冑の目が妖しく光りだすのには二人とも気づかなかった。
翌朝、目を覚ましてから、事態の異常さに気付く。
一瞬、インベルは記憶を探りなおした。自分は誰で、昨日まで何をしていたかとか、ここはどこかとか。とっさに整頓し直す必要に駆られたのだ。
なにせ目の前には、眩しく光り輝く黄土の宮殿。色鮮やかな壁画の数々、そして何よりも、行き交う多くの人々で満ちていたのだから。
「アル……アル!」
インベルはその様子を具に捉えたまま、傍らに寝そべるゴブリンの頭をぺしぺし叩いた。
少しして疎ましげにアルの金色の目も開き、アルは長く細い指先で目元をこすりながら、周囲を見るなり——ばっと飛び起きた。
「あ、姉御?! い、いったい、これは?!」
「それはいいから、ねぇ、アル、ほっぺ出して」
「え、姉御? 寝覚めのチューくれるんですかい」
インベルは当たり前のようにアルの頬を指で挟むと、おまけに爪を立てる。
「いたい?」
「いたいたい!」
「……ってことは夢じゃない?」
「おかしいでしょ! 自分のでやりなさいや」
アルの文句はさておき、インベルはまだ状況の整理がつかなかった。——というのも、そのはず。
目の前に広がっているのは紛れもない、百年以上も昔に滅びた王国の光景、ままだったのだから。
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