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あれは、何年前だっただろう。
私は小学生低学年か、それより前だった。
当時、両親と大喧嘩の真っ最中で家にいづらかった。
だから友達からの誘いがあれば二つ返事で遊びにいっていた。
でも、生憎私の友達の数はそう大して多くない。いまも、昔も。
遊びの約束を取り付けられない日が必ずあった。
そんなとき、私はいつも学校の近くの公園に行った。
待ち合わせがあるわけでもない。遊具があるわけでもない。
ベンチに座ってただ時間を消費していた。
宿題があればベンチを机がわりにした。
私がなぜその公園に足繁く通ったか。
その理由は、とある少年がいたからだ。
「やあ。君ひとり?」
幼き私は、まだ声変わりの始まらぬ高い呼びかけに顔を上げた。
「そうだよ、あなたも?」
ぼっち仲間ができたことに私は喜んだ。
「まぁそんなとこ。隣、いい?」
学校の男子とは違う彼の少し大人な物言いと仕草に、私はすぐに好意をもった。
もちろん初恋の相手というわけではないが、面白そうだと直感がささやいていた。
「うん」
ランドセルを右の脇に寄せて、ベンチの左側を叩いた。
私はドラマの影響で実年齢にしてはませていた。
「家はここらへん?」
「ちょっと遠いけど……15分ぐらい?」
学区の中では遠いほうだった。
「そっか。じゃあなんでこんなとこに……ひとりで?」
名前も年齢もなにも知らなかったが、彼なら話してもいいと思えた。
既に、知的な“かっこよさ”に惹かれていたのかもしれない。
「ちょっと家にいづらいだけ。だからここでたまに暇をつぶしてるの」
「僕も……。お母さんがうるさいんだ、勉強しろって」
自分の母ともそれが理由で喧嘩したが、彼の言い方は鬱憤がたまっているようだった。
「大変だね」
でもそのおかげで、彼は知的な雰囲気を醸し出しているのだと考えると、彼のお母さんには感謝しなければならないように思った。
彼はうなづいた。
お互いなんにも知らないけれど、特に知りたいとも思わなかった。
とにかく雰囲気が合った。
なにもしていなくても、隣にさえいてくれれば激情でさえ和らいだ。
好意は友情を超えなかったけれど、もしいい人が見つからなければ、彼を一生のパートナーに選ぶのも悪くないと本気で思ったこともある。
同居生活も穏やかに過ごせる自信があった。
ごほっごほっ。
20代ぐらいの女がベッドで横たわり寝込んでいた。
朝日はとうに昇って、昼にかかろうとしている。
女は自分の咳で目覚めた。視線がボーッとして弛緩した身体が動かない。
(……いま……かぜ?)
「やぁお目覚めかい?」
女は呼びかけた男の顔を見た。
知らない顔だった。でも、知っている気がした。
「ほら同じバイトの! 覚えてないの?」
そう言われて、そうなのかもしれないと思いだした。
体調不良で頭がふわふわしているからかもしれない。
「……ぁ……なんで……へやに……」
女はバイト仲間に合鍵を渡した記憶はなかった。
「ん? 自分で入れたじゃん」
そうだったか、と思い直す。
「キッチン借りていい? なんかほしいものあればつくるよ」
熱と気怠さで閉じたくなる瞼をこじ開けて、うなづいてみせる。
「……しるがおおいやつ……よろしく」
とりあえず飲みやすいものを。
「わかった。寝て待ってて」
男には懐かしい匂いがした。
男が女を起こしたのは、それから30分ほど後だった。
「できたよ。起きれる?」
熱が気持ち冷めた瞼をまたもやこじ開けて、男を視界に入れる。
「……うん」
関節痛でミシミシいう腰を押さえて、身体を起こした。
手渡されたコンソメスープおかゆを眺める。
「食欲ない? 少しずつでいいからね」
自分を気遣うような優しい言葉を聞いたのはいつぶりだろう。
女はかぜとは違う熱がこみ上げるのを感じた。
「ありがと……」
「そんなことないよ」
男を誰何しようと出かかった言葉が喉元で止まった。
それを聞けば男はいなくなってしまう気がした。
「どうかした?」
彼は優しい。
失いたくない。幾年も前にも切望したことを女は思い出した。
「……なんでもない」
スプーンを握る手を動かした。
数日後。アルバイトに復帰した女は、最も仲のいい同僚にあの男のことを聞こうと話しかけた。
「急に抜けて悪かったね。君が担当してくれたって聞いたよ」
「そんなこと気にしなくていいのに。お互い様だろ?」
「……そうだね」
少し気落ちした声で返事してしまったのは、同僚とあの男を無意識に比べてしまったからだ。
「まだ病み上がりだろ? 無理すんなよ」
そのトーンを元気がないのだと解釈した同僚は、女の肩をたたいた。
「そっちこそ」
それから店長に男の特徴を伝えたが、そんなバイトは雇っていないとのことだった。
女は失意のなか、仕事に戻った。
私は小学生低学年か、それより前だった。
当時、両親と大喧嘩の真っ最中で家にいづらかった。
だから友達からの誘いがあれば二つ返事で遊びにいっていた。
でも、生憎私の友達の数はそう大して多くない。いまも、昔も。
遊びの約束を取り付けられない日が必ずあった。
そんなとき、私はいつも学校の近くの公園に行った。
待ち合わせがあるわけでもない。遊具があるわけでもない。
ベンチに座ってただ時間を消費していた。
宿題があればベンチを机がわりにした。
私がなぜその公園に足繁く通ったか。
その理由は、とある少年がいたからだ。
「やあ。君ひとり?」
幼き私は、まだ声変わりの始まらぬ高い呼びかけに顔を上げた。
「そうだよ、あなたも?」
ぼっち仲間ができたことに私は喜んだ。
「まぁそんなとこ。隣、いい?」
学校の男子とは違う彼の少し大人な物言いと仕草に、私はすぐに好意をもった。
もちろん初恋の相手というわけではないが、面白そうだと直感がささやいていた。
「うん」
ランドセルを右の脇に寄せて、ベンチの左側を叩いた。
私はドラマの影響で実年齢にしてはませていた。
「家はここらへん?」
「ちょっと遠いけど……15分ぐらい?」
学区の中では遠いほうだった。
「そっか。じゃあなんでこんなとこに……ひとりで?」
名前も年齢もなにも知らなかったが、彼なら話してもいいと思えた。
既に、知的な“かっこよさ”に惹かれていたのかもしれない。
「ちょっと家にいづらいだけ。だからここでたまに暇をつぶしてるの」
「僕も……。お母さんがうるさいんだ、勉強しろって」
自分の母ともそれが理由で喧嘩したが、彼の言い方は鬱憤がたまっているようだった。
「大変だね」
でもそのおかげで、彼は知的な雰囲気を醸し出しているのだと考えると、彼のお母さんには感謝しなければならないように思った。
彼はうなづいた。
お互いなんにも知らないけれど、特に知りたいとも思わなかった。
とにかく雰囲気が合った。
なにもしていなくても、隣にさえいてくれれば激情でさえ和らいだ。
好意は友情を超えなかったけれど、もしいい人が見つからなければ、彼を一生のパートナーに選ぶのも悪くないと本気で思ったこともある。
同居生活も穏やかに過ごせる自信があった。
ごほっごほっ。
20代ぐらいの女がベッドで横たわり寝込んでいた。
朝日はとうに昇って、昼にかかろうとしている。
女は自分の咳で目覚めた。視線がボーッとして弛緩した身体が動かない。
(……いま……かぜ?)
「やぁお目覚めかい?」
女は呼びかけた男の顔を見た。
知らない顔だった。でも、知っている気がした。
「ほら同じバイトの! 覚えてないの?」
そう言われて、そうなのかもしれないと思いだした。
体調不良で頭がふわふわしているからかもしれない。
「……ぁ……なんで……へやに……」
女はバイト仲間に合鍵を渡した記憶はなかった。
「ん? 自分で入れたじゃん」
そうだったか、と思い直す。
「キッチン借りていい? なんかほしいものあればつくるよ」
熱と気怠さで閉じたくなる瞼をこじ開けて、うなづいてみせる。
「……しるがおおいやつ……よろしく」
とりあえず飲みやすいものを。
「わかった。寝て待ってて」
男には懐かしい匂いがした。
男が女を起こしたのは、それから30分ほど後だった。
「できたよ。起きれる?」
熱が気持ち冷めた瞼をまたもやこじ開けて、男を視界に入れる。
「……うん」
関節痛でミシミシいう腰を押さえて、身体を起こした。
手渡されたコンソメスープおかゆを眺める。
「食欲ない? 少しずつでいいからね」
自分を気遣うような優しい言葉を聞いたのはいつぶりだろう。
女はかぜとは違う熱がこみ上げるのを感じた。
「ありがと……」
「そんなことないよ」
男を誰何しようと出かかった言葉が喉元で止まった。
それを聞けば男はいなくなってしまう気がした。
「どうかした?」
彼は優しい。
失いたくない。幾年も前にも切望したことを女は思い出した。
「……なんでもない」
スプーンを握る手を動かした。
数日後。アルバイトに復帰した女は、最も仲のいい同僚にあの男のことを聞こうと話しかけた。
「急に抜けて悪かったね。君が担当してくれたって聞いたよ」
「そんなこと気にしなくていいのに。お互い様だろ?」
「……そうだね」
少し気落ちした声で返事してしまったのは、同僚とあの男を無意識に比べてしまったからだ。
「まだ病み上がりだろ? 無理すんなよ」
そのトーンを元気がないのだと解釈した同僚は、女の肩をたたいた。
「そっちこそ」
それから店長に男の特徴を伝えたが、そんなバイトは雇っていないとのことだった。
女は失意のなか、仕事に戻った。
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