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序章・この素晴らしくも狂った世界へ
第6話
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「春がくーる夏がくーる花がまーう!」
「きゃはははー」
ある日、私が王城の廊下をのんびり歩いていると、突如として空中から降ってきた数匹の妖精たちとぶつかりそうになった。
彼女たちは手に花を握りしめ、まるで酔っ払いのようにふらふらと飛び回っている。
「あら、妖精さんたち。今日も元気に空中衝突の練習かしら?」
私が彼女たちに声をかけると、妖精たちは私の周りをぐるぐると回り始めた。
その動きは、めまいがするほど目まぐるしい。
「わーい!姫様だー!今日もキラキラしてるー!」
「姫しゃまー、今日もお美しいー!世界樹の若葉みたい!」
妖精たちが私を見て、新しいおもちゃを見つけたかのように目を輝かせる。その目は、宝石のように輝いている。
私は彼女たちの反応に、思わず苦笑いを浮かべた。
──妖精。
エルフの従兄弟のような存在で、自然界のお邪魔虫とも呼ばれる精霊の一種。
肩に乗れるくらいの大きさの少女たち……というか、むしろ空飛ぶ人形といった方が適切かもしれない。
エルフの耳垢から生まれたという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。
キラキラと煌めく半透明の翅が特徴で、それが「私たちは妖精でーす、エルフじゃないでーす、虫でもないでーす」と主張しているようだ。
その翅は、光を通すステンドグラスのように美しいが、時々掃除が必要らしい。
彼女たちの外見は、子供のおもちゃ箱から飛び出してきたかのように可愛らしい……。
でも、御伽噺のような外見と見た目に、私も最初見た時は目を疑った。遂に私の脳味噌がお花畑になったのかと、真剣に悩んだほどだ。
しかし、彼女たちは紛れもなく実在し、話しかければエルフと同じように会話してくれる。
……まあ、幼稚園児レベルの会話だが。でも、時には哲学的な質問を投げかけてくることもある。
「なぜ空は青いの?」とか「どうして姫様はそんなに背が高いの?」とか「エルフの耳はなぜそんなに長いの?コウモリになりたいの?」とか。
彼女たちは自由奔放で気紛れ。王城に無断で侵入してくるのも、彼女たちにとっては朝食を食べるくらい日常的なことらしい。
むしろ、妖精が許可を取って入ってきたらそれこそが異常事態だ。
「こんにちは。今日はどんな迷惑な悪戯……じゃなくて、遊びをしているの?」
私の質問に妖精たちは顔を見合わせ、まるで難解な数学の問題を突きつけられたかのように首を傾げた。
その表情は、世界の謎を解き明かそうとしている哲学者のようだ
「えーっと、なにしてたんだっけ?」
「さぁ、忘れちゃった。きっと大事なことじゃないんだよ。たぶん世界平和とか」
「そっかぁ。世界平和なら忘れても大丈夫だね」
彼女たちの記憶力は、金魚以下といっても過言ではない。比較するのは金魚に失礼かもしれない。
見た目は子供、頭脳は子供以下の存在……それが妖精だ。
自分が何をしていたか、どんな遊びをしたかを忘れてしまうのは日常茶飯事。
世界の危機を救う方法を思いついても、すぐに忘れてしまうのだから困ったものだ。
──しかし私は、この愛らしいトラブルメーカーたちと話すのが好きだった。
だってこんなに愛おしい存在、他にいるだろうか?
小さな空飛ぶお人形さんが、実際に動いて話すなんて!正気を疑うほど素晴らしいじゃないか!
時々、自分が幻覚を見ているんじゃないかと思うけれど。
大人にとっては、夏の夜の蚊のように鬱陶しい存在の妖精たち。
でも私にとっては、頭痛薬のように貴重な存在だ。
むしろ、頭痛の原因であり、同時に治療法でもある、不思議な存在と言えるかもしれない。
妖精たちにとってハイエルフなんて所詮「背の高いツンデレ耳長巨人」程度の認識らしい。
「ねえねえ、お姫様!どうしてそんなに耳が長いの?聞こえすぎて困らない?」なんて質問をされたこともある。
種族が違うせいで、絶対命令権のような「あなたの言うことは絶対です」縛りが発動しないのか彼女たちは私にただのちょっと背の高い友達のように接してくれる。
それが何よりも嬉しかった。王族の重圧から解放されるレアな瞬間だ。
彼女たちと話していると、自分が「エルミア」という一人の少女に戻れる気がする。
「姫さまも一緒に遊ぼうよ!退屈な王族の仕事なんかよりきっと楽しいよ!」
「いいですよ。何をして遊ぶの?王族ごっこ以外なら何でも。私、もう王族ごっこには飽き飽きなの」
「えっとねえっとね。う~ん」
妖精さんたちが、まるで世界平和の解決策でも考えているかのような真剣な顔つきで悩んでいる。
その様子があまりにも可愛らしくて、思わず吹き出しそうになる。
彼女たちの小さな額にシワが寄っているのが見えるようだ。
「あ!思いついた!三つ葉のクローバーの数を数える遊びしようよ!」
彼女はまるで人類最大の発明でも思いついたかのような満面の笑みでそう言った。
その表情は、まるで「永久機関を発明しました!」と言っているような誇らしさだ。
──三つ葉のクローバーの数を数える遊び……?
私はその言葉を聞き、なんて生産性のない行為だろうと思った。まるで砂漠に落とした一滴の水滴の跡を探すようなものだ。
せめて四つ葉のクローバーを探す遊びならまだしも、三つ葉ときたら……。
「えっと」
私は廊下の窓から中庭を見下ろす。眼下には、まるで緑のじゅうたんのように三つ葉のクローバーが広がっている。
あれを一つ一つ数えるだって?なんという時間の無駄遣いだろう。
王国の経済政策を考える方がよっぽど生産的だ。いや、髪の毛を数える方がまだマシかもしれない。
だが、妖精さんにとっての遊びは、大人から見ればほとんど全てが無意味な行為だ。
彼女たちは子供と同じで、とにかく自分がしたいことをする。それが例え、王国の税制改革よりも意味のないことでも……。
「あ、あの……申し訳ありませんが、それは少々……」
私が外交辞令のような言葉を口にしかけた瞬間、周囲の妖精たちの表情が一変した。
まるで、世界樹が枯れたと告げられたかのような絶望的な顔つきだ。
「えっ……?姫様、私たちと遊ぶのがそんなに嫌なの……?もしかして、私たちの翅が邪魔?」
妖精の一人が、まるでアニメのような潤んだ瞳で私を見上げる。その目は、エルフの魔法よりも強力な破壊力を持っているようだ。
……やめてくれぇ!そんな即死級の魔眼で私を攻撃しないでくれ!
「うぅ……遊んでくれるって約束したのに……姫様ぁ……私たち、悪い妖精だったのかな……」
こんな心臓に悪い視線を浴びせられたら、鋼鉄の意志の持ち主でも断れるわけがない。
卑怯すぎるぞ、妖精たち!これじゃ外交交渉で負けるわけだ。エルフの王族の威厳も、この小さな存在たちの前では儚く崩れ去る。
私はまるで人生の全てを諦めたかのような深いため息をつくと、敗北を認めるかのような表情で言った。
「わかったわ……遊びましょう。でも、数えたクローバーの数は必ず報告してね。王国の……え~と……緑化政策の参考にするから」
その瞬間、妖精たちの表情が劇的に変化した。世界樹が一斉に花を咲かせたかのような明るさだ。その豹変ぶりに私は苦笑するしかなかった。
ああ、高貴なるハイエルフの姫様がこんな小さな妖精たちに手玉に取られるとは。彼女たちはある意味最強の外交官かもしれない。
「やったー!じゃあ、お庭に行って早速クローバー数え大会を始めようね!姫様、一番たくさん数えた人が王様になれるよ!」
一匹の妖精が号令をかけるとまるで軍隊のように一斉に動き出す妖精たち。
そして私も処刑場に向かう囚人のような足取りで……根っこを引きずるような重い足取りで彼女たちの後を追った。
「さようなら、私の威厳。また会う日まで」と心の中でつぶやく。
こうして、ハイエルフ史上最も生産性の低い午後が始まるのだった。
王国の歴史書には絶対に載らないだろうが、私の人生で最も特異な経験の一つになることは間違いない。
「エルミア姫、クローバー数え世界王者への道」なんて章は、さすがに歴史書には載らないだろうから……。
♢ ♢ ♢
花畑でお姫様(私)と妖精さんが戯れている風景。遠目から見れば、まるで童話の一場面のような幻想的な光景だろう。
きっと画家がいたら、即座にキャンバスを広げてしまうに違いない。
「エルフの姫と妖精たちの午後」なんてタイトルで、王宮の壁に飾られることだろう。
しかし、その「絵になる」主役である私の表情は、まるで税務署で確定申告をさせられている庶民のそれだった。
虚ろな目で、きゃっきゃと騒ぐ妖精たちを眺めている。
「……」
中庭に移動した後、私たちは偉大なる三つ葉のクローバー数え上げ計画を開始した。
しかし、妖精たちの数学能力は「10」で頭打ちだった。彼女たちにとって、11以上の数はたくさんという曖昧な概念でしかないらしい。
「8、9、10……あれ!?手の指が足りなくなっちゃったぁ!」という具合だ。
エルフの高度な数学教育も、この小さな存在たちの前では無力だった。
そして気がつけば、この知的作業は「アリさんウォッチング」に取って代わられていた。
アリたちが黙々と列をなして進む様子を、妖精たちは食い入るように見つめている。
その真剣な眼差しは、まるで王国の命運を握る外交文書を読んでいるかのようだ。
「たのしいねぇ」
せっせと働くアリを見ながら妖精さんの一人が言った。
その瞬間、私の脳裏に「楽しい」の対義語が全て浮かんだ。
「退屈」「苦痛」「拷問」……まるで辞書を開いたかのように次々と単語が浮かぶ。
この無意味な行為から逃げ出したい衝動と戦いながら、私は必死に微笑みを保っていた。顔の筋肉が痛い。
「そうね……とっても……楽しいわ」
嘘つき。この私は嘘つきだ。
エルフの王女がこんな嘘をつくなんて。
でも、本当のことを言えば妖精さんたちが傷つくだろう。
そして、傷ついた妖精さんたちの泣き落とし攻撃に耐えられる自信がない。
こうして時間の概念が溶けていくような静寂の中、私たちはアリの行進を見守り続けた。
何分経っただろうか。私の意識が、まるでチーズのように溶け始めた頃……。
「そういえばさー。お姫さまってもうすぐお嫁さんにいくんでしょー?」
突然の質問に、私の溶けかけていた意識が一気に凍りついた。
冬の朝、突然氷水を浴びせられたかのような衝撃だ。
「はい!?」
私の脳内で、突如として警報のサイレンが鳴り響いた。
え、何その情報?私、自分の人生の重大イベントを聞き逃していたの?
まだ縁談が来ている段階だし、それもカフォンに全て燃やされてしまったはずなのに...。
私が混乱していると、妖精さんは何食わぬ顔で続けた。その表情は、まるでアリの行進を報告するかのように平然としている。
「わたし聞いたの。エルミアお姫さまはもうじきお嫁に行くって」
「いやいや、私はまだお嫁に行きませんよ?一体誰から聞いたの?」
そう答えると妖精さんが首を傾げた。私の質問に彼女たちは次々と答え始めた。
まるで空想の噂工場から出てきた製品のようだ。
「ん~誰だっけ。記憶喪失のウサギさんかな?」
「私はあなたから聞いたよ。あなたは誰だっけ?」
「え?私は森のクマさんから聞いたけど。そういえば私、クマ語わかったっけ?もしかして私、天才?」
「私は雪だるまさんから聞いたよ。夏なのに何で溶けてなかったんだろ?魔法の雪だるまかな?」
彼女達の会話を聞いていると、私の脳味噌まで溶けてくるような気がする。
妖精さんたちが口にする情報源のリストは、まるでファンタジー小説の登場人物リストのようだ。
どうやらこの噂は、王国の隅々どころか、現実と空想の境界線まで超えて広まっているらしい。
一体誰がこんな噂を流したんだ?
てか、森のクマさんって誰よ?そもそも、エルフの森にクマなんていたっけ?
「あのクマさん結構ゴシップ好きだもんねぇ。森のセレブ情報には詳しいみたい。エルフの王女の恋愛事情も全部知ってるって」
「あのクマさんに知られたら森中に噂広まっちゃうもんね。木の葉のゴシップ誌にも載っちゃうかも」
「あのクマさん結構ゴシップ好きだもんねぇ。森のセレブ情報には詳しいみたい。エルフの王女の恋愛事情も全部知ってるって」
「あのクマさんに知られたら森中に噂広まっちゃうもんね。フクロウの不倫とか、リスさんの離婚とか」
どんなクマだよ!?お前はハリウッドゴシップ記者かよ!?
「と、とにかく!私は結婚なんてしません!妖精さんたち、その噂は間違いだってことを、そのゴシップ中毒のクマさんに……いえ、森の全生き物に伝え……」
───その時であった。
私と妖精さんが戯れる花畑に、ザッと何者かの足音が響き渡る。
まるで運命の足音のように。
私は音のした背後を振り返る。するとそこにいたのは……。
「エルミア」
そこにいたのは、にこやかに微笑む不審者……。
……ではなく、兄、アイガイオンであった。
「きゃはははー」
ある日、私が王城の廊下をのんびり歩いていると、突如として空中から降ってきた数匹の妖精たちとぶつかりそうになった。
彼女たちは手に花を握りしめ、まるで酔っ払いのようにふらふらと飛び回っている。
「あら、妖精さんたち。今日も元気に空中衝突の練習かしら?」
私が彼女たちに声をかけると、妖精たちは私の周りをぐるぐると回り始めた。
その動きは、めまいがするほど目まぐるしい。
「わーい!姫様だー!今日もキラキラしてるー!」
「姫しゃまー、今日もお美しいー!世界樹の若葉みたい!」
妖精たちが私を見て、新しいおもちゃを見つけたかのように目を輝かせる。その目は、宝石のように輝いている。
私は彼女たちの反応に、思わず苦笑いを浮かべた。
──妖精。
エルフの従兄弟のような存在で、自然界のお邪魔虫とも呼ばれる精霊の一種。
肩に乗れるくらいの大きさの少女たち……というか、むしろ空飛ぶ人形といった方が適切かもしれない。
エルフの耳垢から生まれたという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。
キラキラと煌めく半透明の翅が特徴で、それが「私たちは妖精でーす、エルフじゃないでーす、虫でもないでーす」と主張しているようだ。
その翅は、光を通すステンドグラスのように美しいが、時々掃除が必要らしい。
彼女たちの外見は、子供のおもちゃ箱から飛び出してきたかのように可愛らしい……。
でも、御伽噺のような外見と見た目に、私も最初見た時は目を疑った。遂に私の脳味噌がお花畑になったのかと、真剣に悩んだほどだ。
しかし、彼女たちは紛れもなく実在し、話しかければエルフと同じように会話してくれる。
……まあ、幼稚園児レベルの会話だが。でも、時には哲学的な質問を投げかけてくることもある。
「なぜ空は青いの?」とか「どうして姫様はそんなに背が高いの?」とか「エルフの耳はなぜそんなに長いの?コウモリになりたいの?」とか。
彼女たちは自由奔放で気紛れ。王城に無断で侵入してくるのも、彼女たちにとっては朝食を食べるくらい日常的なことらしい。
むしろ、妖精が許可を取って入ってきたらそれこそが異常事態だ。
「こんにちは。今日はどんな迷惑な悪戯……じゃなくて、遊びをしているの?」
私の質問に妖精たちは顔を見合わせ、まるで難解な数学の問題を突きつけられたかのように首を傾げた。
その表情は、世界の謎を解き明かそうとしている哲学者のようだ
「えーっと、なにしてたんだっけ?」
「さぁ、忘れちゃった。きっと大事なことじゃないんだよ。たぶん世界平和とか」
「そっかぁ。世界平和なら忘れても大丈夫だね」
彼女たちの記憶力は、金魚以下といっても過言ではない。比較するのは金魚に失礼かもしれない。
見た目は子供、頭脳は子供以下の存在……それが妖精だ。
自分が何をしていたか、どんな遊びをしたかを忘れてしまうのは日常茶飯事。
世界の危機を救う方法を思いついても、すぐに忘れてしまうのだから困ったものだ。
──しかし私は、この愛らしいトラブルメーカーたちと話すのが好きだった。
だってこんなに愛おしい存在、他にいるだろうか?
小さな空飛ぶお人形さんが、実際に動いて話すなんて!正気を疑うほど素晴らしいじゃないか!
時々、自分が幻覚を見ているんじゃないかと思うけれど。
大人にとっては、夏の夜の蚊のように鬱陶しい存在の妖精たち。
でも私にとっては、頭痛薬のように貴重な存在だ。
むしろ、頭痛の原因であり、同時に治療法でもある、不思議な存在と言えるかもしれない。
妖精たちにとってハイエルフなんて所詮「背の高いツンデレ耳長巨人」程度の認識らしい。
「ねえねえ、お姫様!どうしてそんなに耳が長いの?聞こえすぎて困らない?」なんて質問をされたこともある。
種族が違うせいで、絶対命令権のような「あなたの言うことは絶対です」縛りが発動しないのか彼女たちは私にただのちょっと背の高い友達のように接してくれる。
それが何よりも嬉しかった。王族の重圧から解放されるレアな瞬間だ。
彼女たちと話していると、自分が「エルミア」という一人の少女に戻れる気がする。
「姫さまも一緒に遊ぼうよ!退屈な王族の仕事なんかよりきっと楽しいよ!」
「いいですよ。何をして遊ぶの?王族ごっこ以外なら何でも。私、もう王族ごっこには飽き飽きなの」
「えっとねえっとね。う~ん」
妖精さんたちが、まるで世界平和の解決策でも考えているかのような真剣な顔つきで悩んでいる。
その様子があまりにも可愛らしくて、思わず吹き出しそうになる。
彼女たちの小さな額にシワが寄っているのが見えるようだ。
「あ!思いついた!三つ葉のクローバーの数を数える遊びしようよ!」
彼女はまるで人類最大の発明でも思いついたかのような満面の笑みでそう言った。
その表情は、まるで「永久機関を発明しました!」と言っているような誇らしさだ。
──三つ葉のクローバーの数を数える遊び……?
私はその言葉を聞き、なんて生産性のない行為だろうと思った。まるで砂漠に落とした一滴の水滴の跡を探すようなものだ。
せめて四つ葉のクローバーを探す遊びならまだしも、三つ葉ときたら……。
「えっと」
私は廊下の窓から中庭を見下ろす。眼下には、まるで緑のじゅうたんのように三つ葉のクローバーが広がっている。
あれを一つ一つ数えるだって?なんという時間の無駄遣いだろう。
王国の経済政策を考える方がよっぽど生産的だ。いや、髪の毛を数える方がまだマシかもしれない。
だが、妖精さんにとっての遊びは、大人から見ればほとんど全てが無意味な行為だ。
彼女たちは子供と同じで、とにかく自分がしたいことをする。それが例え、王国の税制改革よりも意味のないことでも……。
「あ、あの……申し訳ありませんが、それは少々……」
私が外交辞令のような言葉を口にしかけた瞬間、周囲の妖精たちの表情が一変した。
まるで、世界樹が枯れたと告げられたかのような絶望的な顔つきだ。
「えっ……?姫様、私たちと遊ぶのがそんなに嫌なの……?もしかして、私たちの翅が邪魔?」
妖精の一人が、まるでアニメのような潤んだ瞳で私を見上げる。その目は、エルフの魔法よりも強力な破壊力を持っているようだ。
……やめてくれぇ!そんな即死級の魔眼で私を攻撃しないでくれ!
「うぅ……遊んでくれるって約束したのに……姫様ぁ……私たち、悪い妖精だったのかな……」
こんな心臓に悪い視線を浴びせられたら、鋼鉄の意志の持ち主でも断れるわけがない。
卑怯すぎるぞ、妖精たち!これじゃ外交交渉で負けるわけだ。エルフの王族の威厳も、この小さな存在たちの前では儚く崩れ去る。
私はまるで人生の全てを諦めたかのような深いため息をつくと、敗北を認めるかのような表情で言った。
「わかったわ……遊びましょう。でも、数えたクローバーの数は必ず報告してね。王国の……え~と……緑化政策の参考にするから」
その瞬間、妖精たちの表情が劇的に変化した。世界樹が一斉に花を咲かせたかのような明るさだ。その豹変ぶりに私は苦笑するしかなかった。
ああ、高貴なるハイエルフの姫様がこんな小さな妖精たちに手玉に取られるとは。彼女たちはある意味最強の外交官かもしれない。
「やったー!じゃあ、お庭に行って早速クローバー数え大会を始めようね!姫様、一番たくさん数えた人が王様になれるよ!」
一匹の妖精が号令をかけるとまるで軍隊のように一斉に動き出す妖精たち。
そして私も処刑場に向かう囚人のような足取りで……根っこを引きずるような重い足取りで彼女たちの後を追った。
「さようなら、私の威厳。また会う日まで」と心の中でつぶやく。
こうして、ハイエルフ史上最も生産性の低い午後が始まるのだった。
王国の歴史書には絶対に載らないだろうが、私の人生で最も特異な経験の一つになることは間違いない。
「エルミア姫、クローバー数え世界王者への道」なんて章は、さすがに歴史書には載らないだろうから……。
♢ ♢ ♢
花畑でお姫様(私)と妖精さんが戯れている風景。遠目から見れば、まるで童話の一場面のような幻想的な光景だろう。
きっと画家がいたら、即座にキャンバスを広げてしまうに違いない。
「エルフの姫と妖精たちの午後」なんてタイトルで、王宮の壁に飾られることだろう。
しかし、その「絵になる」主役である私の表情は、まるで税務署で確定申告をさせられている庶民のそれだった。
虚ろな目で、きゃっきゃと騒ぐ妖精たちを眺めている。
「……」
中庭に移動した後、私たちは偉大なる三つ葉のクローバー数え上げ計画を開始した。
しかし、妖精たちの数学能力は「10」で頭打ちだった。彼女たちにとって、11以上の数はたくさんという曖昧な概念でしかないらしい。
「8、9、10……あれ!?手の指が足りなくなっちゃったぁ!」という具合だ。
エルフの高度な数学教育も、この小さな存在たちの前では無力だった。
そして気がつけば、この知的作業は「アリさんウォッチング」に取って代わられていた。
アリたちが黙々と列をなして進む様子を、妖精たちは食い入るように見つめている。
その真剣な眼差しは、まるで王国の命運を握る外交文書を読んでいるかのようだ。
「たのしいねぇ」
せっせと働くアリを見ながら妖精さんの一人が言った。
その瞬間、私の脳裏に「楽しい」の対義語が全て浮かんだ。
「退屈」「苦痛」「拷問」……まるで辞書を開いたかのように次々と単語が浮かぶ。
この無意味な行為から逃げ出したい衝動と戦いながら、私は必死に微笑みを保っていた。顔の筋肉が痛い。
「そうね……とっても……楽しいわ」
嘘つき。この私は嘘つきだ。
エルフの王女がこんな嘘をつくなんて。
でも、本当のことを言えば妖精さんたちが傷つくだろう。
そして、傷ついた妖精さんたちの泣き落とし攻撃に耐えられる自信がない。
こうして時間の概念が溶けていくような静寂の中、私たちはアリの行進を見守り続けた。
何分経っただろうか。私の意識が、まるでチーズのように溶け始めた頃……。
「そういえばさー。お姫さまってもうすぐお嫁さんにいくんでしょー?」
突然の質問に、私の溶けかけていた意識が一気に凍りついた。
冬の朝、突然氷水を浴びせられたかのような衝撃だ。
「はい!?」
私の脳内で、突如として警報のサイレンが鳴り響いた。
え、何その情報?私、自分の人生の重大イベントを聞き逃していたの?
まだ縁談が来ている段階だし、それもカフォンに全て燃やされてしまったはずなのに...。
私が混乱していると、妖精さんは何食わぬ顔で続けた。その表情は、まるでアリの行進を報告するかのように平然としている。
「わたし聞いたの。エルミアお姫さまはもうじきお嫁に行くって」
「いやいや、私はまだお嫁に行きませんよ?一体誰から聞いたの?」
そう答えると妖精さんが首を傾げた。私の質問に彼女たちは次々と答え始めた。
まるで空想の噂工場から出てきた製品のようだ。
「ん~誰だっけ。記憶喪失のウサギさんかな?」
「私はあなたから聞いたよ。あなたは誰だっけ?」
「え?私は森のクマさんから聞いたけど。そういえば私、クマ語わかったっけ?もしかして私、天才?」
「私は雪だるまさんから聞いたよ。夏なのに何で溶けてなかったんだろ?魔法の雪だるまかな?」
彼女達の会話を聞いていると、私の脳味噌まで溶けてくるような気がする。
妖精さんたちが口にする情報源のリストは、まるでファンタジー小説の登場人物リストのようだ。
どうやらこの噂は、王国の隅々どころか、現実と空想の境界線まで超えて広まっているらしい。
一体誰がこんな噂を流したんだ?
てか、森のクマさんって誰よ?そもそも、エルフの森にクマなんていたっけ?
「あのクマさん結構ゴシップ好きだもんねぇ。森のセレブ情報には詳しいみたい。エルフの王女の恋愛事情も全部知ってるって」
「あのクマさんに知られたら森中に噂広まっちゃうもんね。木の葉のゴシップ誌にも載っちゃうかも」
「あのクマさん結構ゴシップ好きだもんねぇ。森のセレブ情報には詳しいみたい。エルフの王女の恋愛事情も全部知ってるって」
「あのクマさんに知られたら森中に噂広まっちゃうもんね。フクロウの不倫とか、リスさんの離婚とか」
どんなクマだよ!?お前はハリウッドゴシップ記者かよ!?
「と、とにかく!私は結婚なんてしません!妖精さんたち、その噂は間違いだってことを、そのゴシップ中毒のクマさんに……いえ、森の全生き物に伝え……」
───その時であった。
私と妖精さんが戯れる花畑に、ザッと何者かの足音が響き渡る。
まるで運命の足音のように。
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