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3.フロッキース
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「うわあ……すごい、大きな町だなぁ」
カンパラの町は想像よりもずっと大きかった。
アサの村の、すべての家の漬物石の数まで暗記できるような規模とはまるで違う。
ぐるりと城壁に囲まれた町の入り口には鎧を着た兵士たちが立っており、そこから真っ直ぐ北へ通じる大通りのはるか向こうには白く美しい城が見える。大通りには店屋がいくつも立ち並び、路面店以外にも屋台や荷車で商売をしている人たちがいくらでもいるようだった。
「通り沿いにある店は外から来る人たち向けのものを売っているんです。町の人たちが日用品を買うような店は町の西側の通りに集中していて、うちもそっちにあります」
「なるほど……」
リックの言う通り、メインストリートといえるその大通りを歩いているのは旅の装いをした者たちが多かった。武器屋や防具屋、それから少しずつ値段の違う宿屋が並んで、十字路になるたびにその脇道には酒場が現れる。
「歩きっぱなしで疲れたでしょ? まずはうちでお茶でも飲みましょう。もうすぐ店も閉める時間なので、ゆっくりできますよ」
空はそろそろオレンジ色に染まり始めていた。
「うーん、行きたいところなんだけどまだちょっと勇気が……」
「まだ父たちには何も言いませんから安心してください。うちの店を見て、色々と難しいようならまた別の方法を考えましょう」
正直言って、リックがそう言ってくれたところで俺の気が進まないことに変わりはなかった。
しかしここまで親切にされてしまうと、とりあえずリックの言う通りにしてみるほかないだろうという気になってくる。俺の体には、周りがそう言うならそうなのだろうと流される生き方が染み付いてしまっている。
「そうか……そうだな、そうしよう。何にせよ少し座って休みたい」
大通りを左に曲がった俺たちは、それからしばらく道なりに歩いてやがて再び北へ曲がった。立ち並ぶ店はいつのまにか道具屋や食べ物を扱う店が増えてきて、歩いている人々も日常の買い物を済ませようとしているおかみさん風の女たちが多くなった。
「この先です。あの緑色の看板、あれがうちの店です」
リックが指したのは、店の二階部分にあたる壁から突き出すように付けられた看板である。
そこには「フロッキース」という文字と共に、例の固いパンの絵が描かれていた。
「フロッキース……」
「父の名前はフロッカーなんですけどね。三十年前からこの町にある、たった一つのパン屋です」
「なんだか緊張してきたな……俺、こんな格好で大丈夫か? 印象悪くない? もっと良い服を着てくればよかった、せめて革製の服を」
店の前で立ち止まり、俺は改めて自分の着ている服を見た。
俺が着ているのは安い布製の服で、背負っているカバンもあまり良い品ではない。
とはいえこれこそが俺の一張羅で、魔物と戦う気のない俺は革製の服など持っていなかったのだ。
「大丈夫ですよ、清潔感はありますから。パン屋に必要なのはそれだけです」
言いながら、リックは閉まっている両開きドアの片方を押して店の中へと踏み込んだ。
「悪いが今日はもう……ああなんだ、おまえか。遅かったじゃないか」
店の奥のカウンターで声を出したのは眼鏡をかけた小柄な老人だった。
「ただいま、父さん。ミルクを買ってきました」
リックに“父さん”と呼ばれたその人こそが、この店のオーナーだというフロッカーその人なのだろう。
なんとなく、精悍な顔つきのリックの見た目から彼に年を取らせたような姿を想像していたが、その想像とは違っていた。端的に言ってしまえば全く似ていない。リックは母親似なのだろうとつまらない想像を巡らせるほど、そこにあるのはいかにも人の良さそうな老爺の顔だった。
店内にはパンの焼ける匂いが満ちていて、それも相まって俺はひっそりと安堵する。
「ご苦労。ん? そちらは?」
カウンターにミルクの瓶を置いたリックの後ろについてきた俺を見て、店主は眼鏡の奥の目を細めた。
「どうも、こんにちは。突然すみません、私は」
「アサの村から来たレイさんです。カンパラに来たいと言うので僕がご案内しました。レイさん、この人が僕の父、フロッカーで、この店のオーナーです」
俺は父親と話すリックが、俺にするのと同じくらい礼儀正しく話すことに少々驚いていた。
この世界の、それなりに大きな町で生まれ育った人は皆こうなのだろうか。
自分の生まれにより一層の劣等感を抱きそうになりながら、俺はカウンターの前に立って頭を下げた。
「はじめまして、フロッカーさん。村を出る際にリック君にご一緒させてもらいまして……レイです、私はパンが好きで、それでお店を見せていただきたく……」
上手い言葉が出ず、しどろもどろになりながら説明を始めたときだった。
カンパラの町は想像よりもずっと大きかった。
アサの村の、すべての家の漬物石の数まで暗記できるような規模とはまるで違う。
ぐるりと城壁に囲まれた町の入り口には鎧を着た兵士たちが立っており、そこから真っ直ぐ北へ通じる大通りのはるか向こうには白く美しい城が見える。大通りには店屋がいくつも立ち並び、路面店以外にも屋台や荷車で商売をしている人たちがいくらでもいるようだった。
「通り沿いにある店は外から来る人たち向けのものを売っているんです。町の人たちが日用品を買うような店は町の西側の通りに集中していて、うちもそっちにあります」
「なるほど……」
リックの言う通り、メインストリートといえるその大通りを歩いているのは旅の装いをした者たちが多かった。武器屋や防具屋、それから少しずつ値段の違う宿屋が並んで、十字路になるたびにその脇道には酒場が現れる。
「歩きっぱなしで疲れたでしょ? まずはうちでお茶でも飲みましょう。もうすぐ店も閉める時間なので、ゆっくりできますよ」
空はそろそろオレンジ色に染まり始めていた。
「うーん、行きたいところなんだけどまだちょっと勇気が……」
「まだ父たちには何も言いませんから安心してください。うちの店を見て、色々と難しいようならまた別の方法を考えましょう」
正直言って、リックがそう言ってくれたところで俺の気が進まないことに変わりはなかった。
しかしここまで親切にされてしまうと、とりあえずリックの言う通りにしてみるほかないだろうという気になってくる。俺の体には、周りがそう言うならそうなのだろうと流される生き方が染み付いてしまっている。
「そうか……そうだな、そうしよう。何にせよ少し座って休みたい」
大通りを左に曲がった俺たちは、それからしばらく道なりに歩いてやがて再び北へ曲がった。立ち並ぶ店はいつのまにか道具屋や食べ物を扱う店が増えてきて、歩いている人々も日常の買い物を済ませようとしているおかみさん風の女たちが多くなった。
「この先です。あの緑色の看板、あれがうちの店です」
リックが指したのは、店の二階部分にあたる壁から突き出すように付けられた看板である。
そこには「フロッキース」という文字と共に、例の固いパンの絵が描かれていた。
「フロッキース……」
「父の名前はフロッカーなんですけどね。三十年前からこの町にある、たった一つのパン屋です」
「なんだか緊張してきたな……俺、こんな格好で大丈夫か? 印象悪くない? もっと良い服を着てくればよかった、せめて革製の服を」
店の前で立ち止まり、俺は改めて自分の着ている服を見た。
俺が着ているのは安い布製の服で、背負っているカバンもあまり良い品ではない。
とはいえこれこそが俺の一張羅で、魔物と戦う気のない俺は革製の服など持っていなかったのだ。
「大丈夫ですよ、清潔感はありますから。パン屋に必要なのはそれだけです」
言いながら、リックは閉まっている両開きドアの片方を押して店の中へと踏み込んだ。
「悪いが今日はもう……ああなんだ、おまえか。遅かったじゃないか」
店の奥のカウンターで声を出したのは眼鏡をかけた小柄な老人だった。
「ただいま、父さん。ミルクを買ってきました」
リックに“父さん”と呼ばれたその人こそが、この店のオーナーだというフロッカーその人なのだろう。
なんとなく、精悍な顔つきのリックの見た目から彼に年を取らせたような姿を想像していたが、その想像とは違っていた。端的に言ってしまえば全く似ていない。リックは母親似なのだろうとつまらない想像を巡らせるほど、そこにあるのはいかにも人の良さそうな老爺の顔だった。
店内にはパンの焼ける匂いが満ちていて、それも相まって俺はひっそりと安堵する。
「ご苦労。ん? そちらは?」
カウンターにミルクの瓶を置いたリックの後ろについてきた俺を見て、店主は眼鏡の奥の目を細めた。
「どうも、こんにちは。突然すみません、私は」
「アサの村から来たレイさんです。カンパラに来たいと言うので僕がご案内しました。レイさん、この人が僕の父、フロッカーで、この店のオーナーです」
俺は父親と話すリックが、俺にするのと同じくらい礼儀正しく話すことに少々驚いていた。
この世界の、それなりに大きな町で生まれ育った人は皆こうなのだろうか。
自分の生まれにより一層の劣等感を抱きそうになりながら、俺はカウンターの前に立って頭を下げた。
「はじめまして、フロッカーさん。村を出る際にリック君にご一緒させてもらいまして……レイです、私はパンが好きで、それでお店を見せていただきたく……」
上手い言葉が出ず、しどろもどろになりながら説明を始めたときだった。
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