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4.ないものねだり
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「リッキー! 酷いわ! またあたしのことを置いて行ってしまうなんて!」
カウンターの奥にある方のドアが勢いよく開いたかと思うと、飛び込んできたのは小さな女の子だった。
リッキーと呼ばれたのはどうやらリックで、女の子はそこにいたリックの体に飛び掛かるようにして抱きついた。
ウェーブのかかった長い髪とフリルのついたチェック柄のワンピースがよく似合う、五、六歳くらいの女の子である。
「っ、ミーティ、ごめんよ。お昼寝していたから起こしたら可哀想だと思ったんだ、怒らないで。お客様がいるから、ご挨拶しよう」
リックは女の子の体を抱き止めると、視線を合わせるようにしゃがみ込んで言い聞かせながら微笑んだ。
「おきゃくさま……?」
「レイさん、この子はミーティ。僕の姪です、驚かせてしまってすみません」
「はじめまして、ミーティ」
俺もリックと同じように少し屈んでミーティと視線を合わせると、リックと同じ栗色の丸い瞳はすぐにふいっと逸らされてしまった。
「こら、ミーティ」
「……姪じゃないもの。あたしはリッキーの恋人でしょ、そんな酷い紹介をされたらご挨拶なんてできないわ」
やんわりと咎めようとしたリックに対し、気位の高いお姫様はそう言って恨めしそうにリックを見上げた。
「ああ、そうだったね。レイさん、こちらは僕の可愛い恋人のミーティ。七歳で、この店の看板娘です」
苦笑したリックはそれでもミーティの体を軽々と抱き上げ、改めて俺に紹介してくれた。
ミーティはその応対にようやく満足したようで、リックの顔に柔らかい白パンのような頬を寄せるとやっと可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「こんにちは、おきゃくさま。リッキーがお世話になっております」
「リックにお世話になったのは俺の方だよ、だけどリックにこんな可愛い恋人がいるなんて羨ましいな」
「うふふ、リッキーは私としか遊ばないの。いつもとっても優しいの」
そんなやりとりを遮ったのはリックの父、フロッカーだった。
「これ、ミーティ。遊ぶならリックと二階へ上がっていなさい」
「父さん?」
「おまえもだよ、リック。接客はわしの仕事だ。それで、レイ、と言ったかな? パン屋に来てパンを買わないとは言わせないぞ、あいにく店仕舞いの時間で残っているのは少ないが」
フロッカーさんはカウンターから出てくると、店の中をぐるりと見渡した。
その視線に誘われて同じように店の中を見渡す。
カウンターの横にはカゴに入ったバゲットが数本、レースのカーテンのかかった窓辺の棚には同じくカゴがいくつも置かれていて、カゴごとに大きさの違う丸いパンが入っている。
逆の方の窓にある棚にも同様にカゴがあり、中にはバゲットよりは短い、けれど同じような味と食感であろうパンがいくつか残っていた。
サンドイッチもベーグルもフォカッチャも、当然のようにそこには見当たらない。
この大きな町にたった一つのパン屋に、俺の探すパンはなかった。
「……」
黙ってしまった俺を見兼ねたのか、ミーティを抱いたままのリックは慌てた様子で口を開いた。
「父さん、レイさんはアサの村で毎日うちのパンを食べていたようだから味は知っているんですよ。今日は店の様子を……」
だが、その助け舟をみすみす流してしまったのは俺自身だった。
「あの、他のパンはありませんか?」
「他のパン?」
「何か挟んであったり、混ぜ込んだりしてあるものです。甘いのでも、しょっぱいのでも。そういうパンはありませんか?」
「……何を言っとるんだ?」
その顔には明らかな困惑が浮かんでいた。
当然だ。
この世界には俺の言うようなパンは、おそらく本当に存在しないのだから。
「そういうパンが食べたくて来たんです。作ろうと思ったことはありませんか? スープに浸さなくても食べられて、野菜や果物、肉やチーズと一緒に食べるパンを」
「レイさん……!」
俺を呼ぶリックの声には焦りが満ちていた。
俺の中には、それまで抱いていた緊張や恐れの気持ちがすっかり無くなっていた。そういうものより、ただただこの世界への悲しみが口を勝手に動かしていた。
「……リック。工房からエルダを呼んできなさい」
「え……エルダさんを?」
「レイ、今の質問はうちの職人に聞いてみてくれ。悪いがわしはパン作りは引退しているんでな」
フロッカーさんは申し訳なさそうに笑ってみせたものの、その目の奥は鋭く光っていたのだった。
カウンターの奥にある方のドアが勢いよく開いたかと思うと、飛び込んできたのは小さな女の子だった。
リッキーと呼ばれたのはどうやらリックで、女の子はそこにいたリックの体に飛び掛かるようにして抱きついた。
ウェーブのかかった長い髪とフリルのついたチェック柄のワンピースがよく似合う、五、六歳くらいの女の子である。
「っ、ミーティ、ごめんよ。お昼寝していたから起こしたら可哀想だと思ったんだ、怒らないで。お客様がいるから、ご挨拶しよう」
リックは女の子の体を抱き止めると、視線を合わせるようにしゃがみ込んで言い聞かせながら微笑んだ。
「おきゃくさま……?」
「レイさん、この子はミーティ。僕の姪です、驚かせてしまってすみません」
「はじめまして、ミーティ」
俺もリックと同じように少し屈んでミーティと視線を合わせると、リックと同じ栗色の丸い瞳はすぐにふいっと逸らされてしまった。
「こら、ミーティ」
「……姪じゃないもの。あたしはリッキーの恋人でしょ、そんな酷い紹介をされたらご挨拶なんてできないわ」
やんわりと咎めようとしたリックに対し、気位の高いお姫様はそう言って恨めしそうにリックを見上げた。
「ああ、そうだったね。レイさん、こちらは僕の可愛い恋人のミーティ。七歳で、この店の看板娘です」
苦笑したリックはそれでもミーティの体を軽々と抱き上げ、改めて俺に紹介してくれた。
ミーティはその応対にようやく満足したようで、リックの顔に柔らかい白パンのような頬を寄せるとやっと可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「こんにちは、おきゃくさま。リッキーがお世話になっております」
「リックにお世話になったのは俺の方だよ、だけどリックにこんな可愛い恋人がいるなんて羨ましいな」
「うふふ、リッキーは私としか遊ばないの。いつもとっても優しいの」
そんなやりとりを遮ったのはリックの父、フロッカーだった。
「これ、ミーティ。遊ぶならリックと二階へ上がっていなさい」
「父さん?」
「おまえもだよ、リック。接客はわしの仕事だ。それで、レイ、と言ったかな? パン屋に来てパンを買わないとは言わせないぞ、あいにく店仕舞いの時間で残っているのは少ないが」
フロッカーさんはカウンターから出てくると、店の中をぐるりと見渡した。
その視線に誘われて同じように店の中を見渡す。
カウンターの横にはカゴに入ったバゲットが数本、レースのカーテンのかかった窓辺の棚には同じくカゴがいくつも置かれていて、カゴごとに大きさの違う丸いパンが入っている。
逆の方の窓にある棚にも同様にカゴがあり、中にはバゲットよりは短い、けれど同じような味と食感であろうパンがいくつか残っていた。
サンドイッチもベーグルもフォカッチャも、当然のようにそこには見当たらない。
この大きな町にたった一つのパン屋に、俺の探すパンはなかった。
「……」
黙ってしまった俺を見兼ねたのか、ミーティを抱いたままのリックは慌てた様子で口を開いた。
「父さん、レイさんはアサの村で毎日うちのパンを食べていたようだから味は知っているんですよ。今日は店の様子を……」
だが、その助け舟をみすみす流してしまったのは俺自身だった。
「あの、他のパンはありませんか?」
「他のパン?」
「何か挟んであったり、混ぜ込んだりしてあるものです。甘いのでも、しょっぱいのでも。そういうパンはありませんか?」
「……何を言っとるんだ?」
その顔には明らかな困惑が浮かんでいた。
当然だ。
この世界には俺の言うようなパンは、おそらく本当に存在しないのだから。
「そういうパンが食べたくて来たんです。作ろうと思ったことはありませんか? スープに浸さなくても食べられて、野菜や果物、肉やチーズと一緒に食べるパンを」
「レイさん……!」
俺を呼ぶリックの声には焦りが満ちていた。
俺の中には、それまで抱いていた緊張や恐れの気持ちがすっかり無くなっていた。そういうものより、ただただこの世界への悲しみが口を勝手に動かしていた。
「……リック。工房からエルダを呼んできなさい」
「え……エルダさんを?」
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フロッカーさんは申し訳なさそうに笑ってみせたものの、その目の奥は鋭く光っていたのだった。
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