惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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8.職人の技

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「……あれ?」

 目が覚めたのは窓から差し込む日差しが眩しかったからだ。
 目を開けて見慣れない景色に首を傾げ、起き上がってようやくそこがリックの部屋だと気付く。
 だが、ベッドの上はすでにもぬけのからだった。
 日はずいぶん高く昇っていて、窓の外からは微かに町の喧騒も聞こえていた。

「レイ? 起きたの?」

 パタパタと軽い足音のあとでそう声を掛けに来たのはミーティだった。

「……ミーティ、おはよう。みんなは?」
「うちはパン屋なのよ、こんな時間まで寝てる人はいないわ。おねぼうさんは早く起きて顔を洗いなさい」

 ミーティは両手を腰に当て、ませた口調で言った。膨らせた頬が赤く、なんとも可愛らしい。

「そうか、パン屋だから早起きなんだ……すぐ支度するよ、起こしてくれてありがとう」
 


 一階に降りて店舗へ繋がるドアを開けると、数人の客とフロッカーさんと目が合った。
 パン屋はやはり繁盛しているらしい。

「やっと起きたか。死んでるんじゃないかとミーティが心配していたぞ」
「すみません……もうお昼、ですよね?」
「ああ。エルダとリックが工房にいるから、行って手伝ってくれ。きみのパンの話は今日の仕事が終わってからだ」

 フロッカーさんは眼鏡を鼻にずらし、上目遣いでこちらを見た。右手はひらひらと、俺を追い出すように振っている。
 そう広くない店内にいれば確かに邪魔になるだろうと一つ頭を下げて廊下へ戻り、工房へ続くドアをノックするとすぐにドアが開けられた。

「はい、ああ! レイさん! おはようございます、ゆっくり眠れましたか?」
「あ、ああリック、昨日はありがとう、その、こんな時間まで寝てしまって……」

 謝ろうとした俺の言葉を遮ったのは、リックの背後から聞こえた低い声である。

「坊ちゃん! 次もう上がりますよ!」
「はい! レイさん、どうぞ中に入ってください。父さんに言われて来たんでしょう?」

 案内された工房には大きな作業台があり、奥には立派な石窯があった。
 工房の中は熱気がこもり、パンの焼ける匂いに満ちている。

「あー……めちゃくちゃ良い匂い……」
「おいおい、だらしない顔してる暇があるなら軽量でもしてくれないか。人手はいくらあっても足りないんだ」

 ちょうど石窯から出したばかりのバゲットが載った鉄板が作業台に置かれた。
 焼き色も申し分なく、ここまでの技術がありながら他の種類のパンが生まれないことが不思議になる。

「レイさん、この粉を分けてくれますか。分量はこの通りに」
「これがこの店のパンに使っている小麦粉?」
「そうです。うちのパンは全部この粉で作ります」

 リックに渡された紙のメモを見ながら、俺は大袋に入った粉を木製のボウルに分けていく。
 デジタルの計量器などないので、アナログのメモリを見ながらになる作業はなかなか新鮮なものだった。
 黙々とできる作業が嫌いではない俺はただひたすら同じ分量の粉を量りながら、時々顔を上げて工房の中を観察する。

 職人のエルダさんはパンを捏ね、石窯に入れて焼き上げるまでを忙しく繰り返していて、リックの方は材料を軽く混ぜたり、発酵の終わったものや焼き上がったパンを運ぶのが仕事らしい。
 味も食感も好きになれないパンとはいえ、焼き上がりのきつね色を見ていると可愛らしく思えてくるのはパン好きの性だろうか。

「レイさんは粉を量るのが速いですね。おかげで今日の作業はスムーズでした」

 午後に焼く分が終わった頃、ちょうど一つの大袋がからになった。

「そうなの? いつもは二人で?」
「はい。と言っても、僕が剣の訓練に行く日はエルダさんが一人でやっているので大変なんですよ」
「この作業を一人で……」

 作業を終えて、休憩室代わりの倉庫に入る。
 リックがミルクを入れてくれて、そういえば起きてから何も食べていないことを思い出した。

「お腹空いてますよね? すみません、僕らいつも朝食は夜明け前に済ませてしまうんです。もうすぐ夕飯ですから、少し待ってもらえますか?」
「あ、いや……いつも何時に起きてるんだ?」
「四時頃には。エルダさんはもっと早いですよ、釜を温めるのに時間がかかりますから」

 石窯では絶えず木の枝が燃えていた。あの熱でパンを焼いているのだ。途中、下がってしまう温度の管理もしながらパンを捏ねて再び焼く。何度やっても同じパンができるように、きっと職人にしかわからない肌感覚の判断もあるはずだ。
 電気オーブンで温度と時間を設定して焼くのとはわけが違う。

「そうなるよなぁ……」
「でも、これからはレイさんがいるからエルダさんも少し楽になりますよ。昨日言ってた生地を薄くするパン、さっそく作ってみましょうよ!」

 俺よりも長い時間働いていたはずのリックの方がよほど元気で、明るかった。
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