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17.焼成
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「どうなるのか想像がつかないが……焼く時間を短くすることで対応できるはずだ」
第二発酵を終えたパンを見て、エルダさんはごくりと喉を鳴らした。
成形と発酵は上手くいったと思う。
生地が良いのか、俺が前にやっていたのとほとんど同じ手順でフィリングを包むことができた。
包みながら考えたのは、そのフィリングのことである。
今回はフィリングに普通のビーフシチュー(の具だけ)を使ったが、前世でカレーパンを作ろうとして驚いたことを思い出したのだ。
カレーパンにはカレーを入れるわけではない。
言い換えれば、カレーをそのままパンに包むことはできない、という話だ。
例えば焼いたパンの中に注入したり、俺の知らないプロの技であのライスにかけるままのカレーを包むこともできるのかもしれないが、そんな方法は素人向けの料理本には書いていなかった。
だが、カレーそのものではないカレーフィリングを作る方法は色々あった。
挽肉やベーコン、マッシュポテトやかぼちゃ、ほうれん草など形を変えやすい野菜をカレー味にしたり、柔らかいフィリングをコーンスターチを使って固めたり、カレーパンと一口に言ってもその製法は様々だった。
これをシチューに応用すれば、より包みやすいフィリングを作れるかもしれない。
もしこのパン作りが成功したら、もっと他のパンを作らせてほしい。
俺は祈るような気持ちで、天板を窯の中に入れるエルダさんの逞しい背中を見守った。
「……なんか、良い匂いがしますね」
しばらくして口を開いたのはリックだった。
窯から漂う匂いは今までパンが焼ける時にしていた匂いとは少し違う。
パンの焼ける匂いに加えて、シチューの匂いがするような気がする。もちろん工房の中にはフィリングに使ったシチューの残りがあるから、そこらでシチューの匂いがすることはおかしなことではない。
でも、そうじゃない。
その匂いは確かに窯の中からするのだ。
「おいおい……大丈夫か? 窯に匂いが付いたら困るぞ」
「……エルダさん、あとどれくらいで出しますか?」
「そうだな……生地の焼ける匂いとしてはもう少しだろうか……ただ、シチューのような水分のあるものを包んだ生地にしっかり火が通るんだろうか? あと少し待とう、一度出してしまえば生焼けでも後戻りはできないからな」
「わかりました」
それから俺は漂う匂いに意識を集中させた。
特別、嗅覚が鋭いとかそういうことはないけれど、パンのちょうど良い焼き加減の匂いならわかる。電気オーブンとはもちろん焼け方も違うだろうが、それでも自分の感覚を試してみたかった。
「よし、開けるぞ。この匂いだ」
「この匂い……」
香ばしくて、一番食欲を刺激する匂いがした。
エルダさんが窯を開くと、中からの熱気に顔が熱くなった。
焼きたてのパンの匂いがいっそう強くなる。
湯気に巻かれて取り出されたパンは、ほんの少し中のシチューを溢しながら膨らんで、全体が綺麗なきつね色に焼けていた。
「おお! 美味そうじゃないか!」
「すごいすごい! 溢れたシチューが少し焦げたこの匂いがものすごく美味しそうです!」
成功だった。
俺はパンが上手く焼けたことよりも、俺が初めて包んでみせたこのシチューパンを完璧な温度と時間で焼いてくれたエルダさんの力に感動して、鼻の奥がつんとした。
この世界に来て感動で涙が出そうになるなんて、初めてのことだ。
「……完成、しましたね。すごい、こんなに完璧に焼けるなんて……」
ふっくらとしたパンを天板から網台に移し、粗熱を取る。
「早く食べてみたいですね! これ、上に持っていきましょうか」
「そうだな。まだお嬢さんも起きているだろうから、見せてあげよう」
リックの提案にエルダさんが乗り、なんだか胸がいっぱいの俺は黙って頷くしかできなかった。
第二発酵を終えたパンを見て、エルダさんはごくりと喉を鳴らした。
成形と発酵は上手くいったと思う。
生地が良いのか、俺が前にやっていたのとほとんど同じ手順でフィリングを包むことができた。
包みながら考えたのは、そのフィリングのことである。
今回はフィリングに普通のビーフシチュー(の具だけ)を使ったが、前世でカレーパンを作ろうとして驚いたことを思い出したのだ。
カレーパンにはカレーを入れるわけではない。
言い換えれば、カレーをそのままパンに包むことはできない、という話だ。
例えば焼いたパンの中に注入したり、俺の知らないプロの技であのライスにかけるままのカレーを包むこともできるのかもしれないが、そんな方法は素人向けの料理本には書いていなかった。
だが、カレーそのものではないカレーフィリングを作る方法は色々あった。
挽肉やベーコン、マッシュポテトやかぼちゃ、ほうれん草など形を変えやすい野菜をカレー味にしたり、柔らかいフィリングをコーンスターチを使って固めたり、カレーパンと一口に言ってもその製法は様々だった。
これをシチューに応用すれば、より包みやすいフィリングを作れるかもしれない。
もしこのパン作りが成功したら、もっと他のパンを作らせてほしい。
俺は祈るような気持ちで、天板を窯の中に入れるエルダさんの逞しい背中を見守った。
「……なんか、良い匂いがしますね」
しばらくして口を開いたのはリックだった。
窯から漂う匂いは今までパンが焼ける時にしていた匂いとは少し違う。
パンの焼ける匂いに加えて、シチューの匂いがするような気がする。もちろん工房の中にはフィリングに使ったシチューの残りがあるから、そこらでシチューの匂いがすることはおかしなことではない。
でも、そうじゃない。
その匂いは確かに窯の中からするのだ。
「おいおい……大丈夫か? 窯に匂いが付いたら困るぞ」
「……エルダさん、あとどれくらいで出しますか?」
「そうだな……生地の焼ける匂いとしてはもう少しだろうか……ただ、シチューのような水分のあるものを包んだ生地にしっかり火が通るんだろうか? あと少し待とう、一度出してしまえば生焼けでも後戻りはできないからな」
「わかりました」
それから俺は漂う匂いに意識を集中させた。
特別、嗅覚が鋭いとかそういうことはないけれど、パンのちょうど良い焼き加減の匂いならわかる。電気オーブンとはもちろん焼け方も違うだろうが、それでも自分の感覚を試してみたかった。
「よし、開けるぞ。この匂いだ」
「この匂い……」
香ばしくて、一番食欲を刺激する匂いがした。
エルダさんが窯を開くと、中からの熱気に顔が熱くなった。
焼きたてのパンの匂いがいっそう強くなる。
湯気に巻かれて取り出されたパンは、ほんの少し中のシチューを溢しながら膨らんで、全体が綺麗なきつね色に焼けていた。
「おお! 美味そうじゃないか!」
「すごいすごい! 溢れたシチューが少し焦げたこの匂いがものすごく美味しそうです!」
成功だった。
俺はパンが上手く焼けたことよりも、俺が初めて包んでみせたこのシチューパンを完璧な温度と時間で焼いてくれたエルダさんの力に感動して、鼻の奥がつんとした。
この世界に来て感動で涙が出そうになるなんて、初めてのことだ。
「……完成、しましたね。すごい、こんなに完璧に焼けるなんて……」
ふっくらとしたパンを天板から網台に移し、粗熱を取る。
「早く食べてみたいですね! これ、上に持っていきましょうか」
「そうだな。まだお嬢さんも起きているだろうから、見せてあげよう」
リックの提案にエルダさんが乗り、なんだか胸がいっぱいの俺は黙って頷くしかできなかった。
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