惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第二章 少女の友達

11.祭りの朝

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 朝、というよりまだ夜中だった。

 パタパタと廊下を歩く音で目を覚ました俺は、目を擦って無理矢理に体を起こした。
 暗闇に目を凝らすと、リックの寝ているはずのベッドはすでに空になっている。
 いつもより数時間は早い起床だというのに、この世界のパン屋の人々はアラームも無しにしっかりと起きる。

「おはようございます……」
「遅いぞ、レイ。ソースの用意を始めてくれ、焦がすなよ」
「エルダさん、もう窯の用意してるんですか?」

 キッチンに上がってきたエルダさんはすでに額と首筋にじわりと汗を滲ませている。

「量を焼くなら高温で一気にやった方が良いからな。今のうちから温めておくんだよ」
「ああレイさんおはようございます、ソース用の野菜はもう用意できているので作っちゃいましょう」

 俺よりも数分先に起きただけのはずのリックは、すでにソースの用意も終えていたらしくキッチンのテーブルの上には大きなボウルと鍋がいくつも置かれていた。

「リックは本当に仕事が早いな……」
「シチューとオレンジソースは僕がやるので、トマトソースと卵のソースはレイさんがお願いしますね」
「日の出頃にはもう子どもたちが起きてくるからな。オーナーが起きたら工房で待ってると伝えてくれ」

 俺たち三人はそれぞれ祭りの開始までに出来ることを進めようと作業に取り掛かった。

 大きな鍋にトマトソースができあがる頃、起きてきたのはフロッカーさんである。

「さっそくやっとるな。順調か?」
「おはようございます、父さん。こっちは今のところ大丈夫です、エルダさんが工房に来てほしいって言ってましたよ」
「なんだ、朝飯も食わせてくれんのか。リック、ミーティが起きてきたら着替えさせて、髪を」
「わかってます、一番上等のワンピースに姫の仰せの通りの髪型にします」
「……髪飾りも、ドレッサーの中に」
「はいはい、リボンでもカチューシャでもなんでもミーティの良いように使いますって。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」

 リックはシチューの鍋をかき混ぜながら、未だドアの前で不安そうに佇むフロッカーさんに苦笑した。

「ミーティはおしゃれをするの?」
「そういう慣習なんです。男の子は大したことはしませんけど、女の子はどこの家の子も綺麗な格好をさせるんですよ。ミーティも今日のためにワンピースを新調しましたし、髪も編み込んで飾りを付けてあげる約束をしてるんです」

 その疑問にリックはなんでもないことのように言ったが、俺はじっと考え込んでしまった。
 カンパラの町に来てからしばらく経って、メインストリートや城に近い方では時々貴族らしき人々を見かけることもある。
 男性はともかく、女性たちは豪華なドレスに特に凝った髪型をしていることも珍しくなく、そういう格好を子どもたちにさせるのだろうか。
 兵士を志すようなリックにとってそれは簡単なことではない気がした。

「……髪を編み込むって、それをリックが? そんなことまでできるのか?」
「そんなに難しくはありませんよ。ミーティの髪は柔らかくて綺麗だし、編んだ後にピンで留めて好きな飾りを付けるだけです。知り合いの女の子に教わりました」
「へえ……」

 知り合いの女の子というのは、まさかリックの恋人なんだろうか。
 なんとなく話の筋から気を逸らした俺に、リックは関せず言葉を続けた。

「うちは女の人がいませんからね。そのせいでミーティだけおしゃれができないなんて酷い話でしょう? 僕が覚えて済むならそれでいいんです」
「それでも女の子の髪型のことなんて俺にはわからないからな……リックは立派だ」
「ふふ、レイさんも髪が伸びたらやってあげますよ。ミーティが起きてきたら少しここをお願いしますね、もしかしたら髪型が決まらなくて時間がかかるかもしれないので」

 しかし、リックのそれは取り越し苦労だった。
 四種類のソースができあがり、外に人々の喧騒が感じられるようになってもミーティが起きてくる気配はなかった。
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