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第三章 町のパン屋に求めるパン
3.母親の悩み
しおりを挟むごめんくださいと言って店を訪れたのは、時々来る近所の主婦だった。
年はまだ若く、五歳くらいの子どもを連れて来ていたことがあるのを覚えている。
「いらっしゃいませ、えっと、何かお探しですか?」
「やあ、ディーナさんこんにちは。今日はスー坊は一緒じゃないのかい?」
フロッカーさんがカウンターの向こうから声をかけると、どこかおどおどした様子だった主婦——ディーナさんは、少しほっとしたような顔をした。
「こんにちは、フロッカーさん。あの、ちょっとご相談があって……その、スーのことなんですが」
ディーナさんは俺に軽く頭を下げながらカウンターの前まで進み、フロッカーさんに何やらメモを渡した。
俺は自分の出番ではないと感じてさりげなく二人から距離を取るように離れたものの、そう広くない店舗である。
二人の会話は筒抜けだった。
「スーがどうかしたのか?」
「……これ、あの子が食べられないものです。なんでも食べるように言い聞かせてはいるんですが、本当に野菜が嫌いで……」
「ふむ……にんじん、玉ねぎ、ピーマン、アスパラガス、かぼちゃ、豆類、きのこ類、キャベツ、ナス、トマト、ほうれん草、ブロッコリー……ずいぶん多いな」
「それで義母から叱られてしまって……私の教育が悪いからスーが好き嫌いばかりするって、それで、うちのスーより少し大きい子どもがいるお友達に聞いてみたら、バンビニのときにフロッキースで売ってたパンを食べてから子どもの野菜の好き嫌いが減ったって言うんです、それで、私……」
ディーナさんはかなり参っているようで、ところどころ声を震わせながら言った。
子育ての経験がない俺でもなんとなく想像はつく。
若い母親は子どもに何かしら苦手なものがあった場合、それを自分自身のせいにされやすいのだろう。
「なるほど……いや、実はうちのミーティも野菜の好き嫌いは多くてね。近頃ようやく少しだけ、食べてくれるようになったんだが」
「本当ですか? 教えてください、どうしたら良いんです? 私、どんなことでもします。ピザというそのパン、売っていただくことはできませんか?」
俺はすぐにフロッカーさんに目配せした。
工房にはまだ、今日売る予定のピザが数切れ残っているはずである。
「……レイ」
「すぐお持ちします」
俺は急いで工房に向かい、余っていたピザを皿に乗せて店に運んだ。
「これがバンビニで売ったピザだ。今日はトマトソースにアスパラガスとチキンが乗っている」
「まあ、これが……なんだが想像と違う形……」
フロッカーさんが皿に乗せたピザを見せると、ディーナさんは目を丸くした。
「この薄い生地に具材を乗せて焼くんです、今は毎日、日替わりで何枚か焼いていて……ただ、お持ち帰りはやってないんです。外の席で食べて行ってもらうもので」
俺はピザの説明をして、ディーナさんとフロッカーさんの顔を交互に見た。
「家で食べることはできないんでしょうか?」
「すまないなぁ……この薄さだろう? 例えば箱に入れて持って帰ってもいいが、このパンは冷めるとどうにも味が落ちる。スーに野菜を食べさせるなら、うちに来てそこで食べて行ってくれるのが良いと思うが」
「……お義母さんは、二週間後にまた家にいらっしゃるんです。そのときにスーが野菜を食べられなかったら、スーはお義母さんが引き取るって……」
「そんな……野菜が食べられないくらいで子どもをお母さんから引き離すって言うんですか?」
俺が思わず口を挟むと、フロッカーさんはそれを制するように俺の前に手を伸ばした。
「ディーナさん、話はわかった。ここにいるレイは、見習いだが色々とおもしろい発想を持っている。家に持って帰れて、子どもが野菜を食べるようになるパンを考えてみようじゃないか」
「本当ですか……? できるんでしょうか、そんなパンが、本当に」
ディーナさんの目は、縋るような必死さを灯していた。
「……できるのか、レイ」
フロッカーさんは外した眼鏡に息を吹きかけるとエプロンで擦り、低い声で言った。
「……やります。きっと何か案が見つかるはずです」
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