惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

文字の大きさ
44 / 162
第三章 町のパン屋に求めるパン

4.新たな惣菜パン

しおりを挟む
「おまえ、堂々と言い切ったからには何か案があるんだろうな?」
「……え? フロッカーさんこそ、何かあって言ってたんじゃないんですか?」

 俺たちに何度も礼を言うディーナさんを見送り、俺はテラス席の客の食べたものを片付けながらフロッカーさんに尋ね返した。

「なんじゃ、何も考えず言ってたのか。大丈夫か?」
「……まあ、色々やってみます。持って帰れるっていう点では、一つ作ってみたいパンがあるんです」


 
 夜になって夕飯を食べながら、フロッカーさんは皆の前でもう一度その話をした。

「……というわけでな。うちとしては、ディーナさんに協力したいと思っとる」
「良い案だと思いますよ。うちに来るメインの客層は婦人会の奥様方でしょう。子どもが野菜を食べるかどうかっていうのは母親の悩みの種でもあるし」

 エルダさんはすぐに頷いてくれた。
 実際、ミーティが野菜を食べられるようになるまで、この家の食事を用意していたエルダさんとしても思うところがあったのだろう。

「でも、そんなに嫌いな野菜が多いなんて相手は手強いですよ。ミーティだって全く食べられなかったのはにんじんとピーマンくらいだったし」
「まあ失礼ね、にんじんだってケーキにしてくれたら昔から食べられたわ。ピーマンは嫌いだけど……」

 ミーティは隣のリックに唇を尖らせ、スープの中に沈んでいたにんじんを、きつく目を瞑って口に放り込んだ。

「ミーティはどうして野菜を食べられるようになったの? ピザのソースは濃いから食べられるのはわかるけど、スープやソテーの野菜も残さず食べられるようになったのはどうして?」

 俺が尋ねると、ミーティは首を傾げてううんと考え込んだ。

「……なんでかしら。今でもピーマンは苦いし、にんじんも好きじゃないの。でも、ピザのときみたいに気にならないこともあるかもしれないし……もう七歳だし、お料理が大変なのもわかってるから」

 七歳は好き嫌いをしても仕方ない年齢だと思うのだが、そこは黙って俺はさらに尋ねた。

「バンビニで出会った子たちにも好き嫌いのある子はいた?」
「えっとー、キンリーはお芋が嫌いだって言ってたわ。あと、ユマは生のままのトマトが嫌いだって。身の中の柔らかいところが気持ち悪いって言うのよ」
「親御さんたちは大変だろうなぁ。うちはヴィントもリックも好き嫌いはあまりしなかったからな」
「それは父さんが厳しかったからですよ。僕も兄さんもほうれん草が苦手だったのに、食べないとずっとお皿を片付けてくれなかったし」
「そうだったか? もう忘れてしまったな、ははは」

 ミーティやリックの例を見ると、無理矢理に食べさせても、あるいはその時が来るまで放っておいても、いずれは好き嫌いを克服するんじゃないかと思う。
 かく言う俺も、前世を含めて子どもの頃は好き嫌いもあったような気がするが、特別今まで食べられないものはない。(強いて言うなら固いパンが嫌いだ。)

 だが問題は、ディーナさんの家では今すぐ野菜嫌いを克服しなければ母子が離れ離れになってしまうということだ。

「それで、レイは何か考えがあるのか?」

 エルダさんに促され、俺は一つ咳払いをしてから新しいパンのアイデアを語り始めた。

「……カルツォーネを、作りたいと思っています」
「カル……?」
「カルツォーネです、えっと、平たく言ってしまうとピザの包み焼きですね。ピザは生地を丸く伸ばして具材を乗せました、あれを、折り畳むようにして焼くパンです」

 俺はテーブルの上の布巾を手に取り、丸く広げたそれを半月型に畳んで見せた。

「あら、いいじゃない! 中はピザの味なの?」

 いち早く反応したのはミーティだった。
 この家で一番ピザを好きなのは、ピザで良い思い出を作れたミーティに違いない。

「ピザの味にもできるし、他の味にもできるよ。シチューのパンを作った時みたいなイメージだ、具材に味を付けて水分を飛ばして、それからピザのように乗せた後に包む」
「なるほど、ピザは子どもたちに大人気だったわけだから、それなら勝機も見えそうだな。うん、それを作ってみるか」
「その中に野菜を入れるのか? 味付けが大事になるな……やはりトマトソースか……卵のソースも子どもたちには人気だったよな」
「チーズを入れると良いわ! みんなチーズの乗ったピザは大好きだったもの!」

 ミーティの案には俺も賛成だった。

 カルツォーネといえば中身は色々あるが、俺が好きなのはやはりトマトとモッツァレラチーズがとろりと出てくるものだ。ただ、アヒージョの味付けも捨て難い。きのこやベーコンをアヒージョ風の味にして包むと、ワインにもよく合うだろう。
 子ども向けならカルボナーラ風のソースにコーンを混ぜたものも良いかもしれない。

「うーん……どうすべきか……」
「ねえレイさん、その子に直接会ってみるのはどうですか? どうして野菜が嫌いなのかとか、どんな味が好きなのかとか、聞いてみたら案外すぐ教えてくれるかもしれませんよ。ディーナさんの家に行ってみましょう」

 腕を組んで考えていた俺に、リックはいつも通り爽やかに、明るく社交的な人間特有の提案をした。

「え……家まで行くの? それはちょっと緊張するなぁ……」
「大丈夫、僕とミーティもついて行きますから。いいだろ、ミーティ」
「もちろん! あたし、その子とお友達になってどんなものが好きなのか聞いてみたいわ!」

 かくして俺たちは好き嫌いの多い子どもの好みを知るべく、ディーナさんの家を訪ねることにしたのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
辺境の町バラムに暮らす青年マルク。 子どもの頃から繰り返し見る夢の影響で、自分が日本(地球)から転生したことを知る。 マルクは日本にいた時、カフェを経営していたが、同業者からの嫌がらせ、客からの理不尽なクレーム、従業員の裏切りで店は閉店に追い込まれた。 その後、悲嘆に暮れた彼は酒浸りになり、階段を踏み外して命を落とした。 当時の記憶が復活した結果、マルクは今度こそ店を経営して成功することを誓う。 そんな彼が思いついたのが焼肉屋だった。 マルクは冒険者をして資金を集めて、念願の店をオープンする。 焼肉をする文化がないため、その斬新さから店は繁盛していった。 やがて、物珍しさに惹かれた美食家エルフや凄腕冒険者が店を訪れる。 HOTランキング1位になることができました! 皆さま、ありがとうございます。 他社の投稿サイトにも掲載しています。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

神様の人選ミスで死んじゃった!? 異世界で授けられた万能ボックスでいざスローライフ冒険!

さかき原枝都は
ファンタジー
光と影が交錯する世界で、希望と調和を求めて進む冒険者たちの物語 会社員として平凡な日々を送っていた七樹陽介は、神様のミスによって突然の死を迎える。そして異世界で新たな人生を送ることを提案された彼は、万能アイテムボックスという特別な力を手に冒険を始める。 平穏な村で新たな絆を築きながら、自分の居場所を見つける陽介。しかし、彼の前には隠された力や使命、そして未知なる冒険が待ち受ける! 「万能ボックス」の謎と仲間たちとの絆が交差するこの物語は、笑いあり、感動ありの異世界スローライフファンタジー。陽介が紡ぐ第二の人生、その行く先には何が待っているのか——?

【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~

御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。 十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。 剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。 十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。 紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。 十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。 自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。 その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。 ※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...