惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第三章 町のパン屋に求めるパン

11.家族と玉ねぎ

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 食欲をそそるバターソテーの匂いに寄ってきたのはミーティばかりではない。
 ロッキングチェアの上のフロッカーさんも起き上がり、フライパンから皿へ移したそれを覗き込んだ。

「なんだなんだ、良い匂いさせて」
「カリカリのベーコンとバターとガーリック、これって野菜嫌いでもちょっと食べたくなりません?」
「早く! 早く食べてみたいわ! あたしにもフォークをちょうだい!」

 急かすミーティに、フォークを手に取ったリックがベーコンとキャベツとを刺して渡す。

「熱いから、ふーふーするんだよ」

 急いで席に座って言われた通りにふうふうと頬を膨らませたミーティが、小さな口を開いてそれをぱくりと含んだ。

「……どうかな。美味いはずなんだけど」
「ん……んん、んー! 美味しいわ! レイってもしかして天才かもしれないわ!」

 ミーティは小さな両手で頬を押さえ、きゅっと目を瞑って言った。

「僕もいただきます」
「どれ、わしも」

 感想を求めたが、実のところそれはどうでもいいことだった。

 自信があった。
 いや、自信しかなかった。

 バターとニンニクとベーコンの味が嫌いな人間などいない。
 特にこんな、夕飯を終えてのんびりとしている頃合いにちょっと出された味の濃いそのソテーを嫌う人間など、俺は会ったことがない。

「あーこれは……美味しいです、どんどん食べたくなる」
「んん……ワインが飲みたくなるなぁ。子どもというより大人のツマミだろう、これは」

 俺は想定通りの結果にほくそ笑んだ。

「これ、美味しいですよね。ずっと食べてるとたぶん塩っぱくて飲み物とか欲しくなると思うんですが、この塩っぱさがパンに合うはずです」
「なるほどな……いや、しかしこれは美味い。塩辛いようでバターの甘みもある、この味の濃さは確かに魅力的だ」
「もう一口食べたいけど、エルダの分がなくなっちゃうわね。ああでも本当に美味しい、スーにも早く食べさせてあげたい」

 ちょうど足音がして、工房からエルダさんが戻ってきた。

「なんの匂いだ? レイ、新しいフィリングができたのか?」
「ちょうど一つめができたところです。エルダさんもどうぞ」

 皿に残っているのはほんの一口分だったせいで、エルダさんはちょっと怪訝な顔をした。

「……これだけか?」
「みんなが食べちゃって……」
「どれ……お! うん……うん……ああ、これは間違いないな。この味、白身魚にも合いそうだな」

 満票獲得のバターソテーは完食され、俺はそのとき初めて自分自身の口にそれが入らなかったことに気が付いた上に、最後の一口分はエルダさんが用意してくれている生地にさっそく包んで焼こうと思っていたことにも気付いて愕然とした。

「……まあいいか。これは一番作りやすいし……」
「次はどうします? やっぱりクミン?」

 楽しそうなリックは俺の気持ちなどつゆ知らず、ほうれん草を手に取った。

「ほうれん草の方は俺がやるので、エルダさんにはトマトソースをお願いしてもいいですか?」
「ああ、甘めに作るっていうアレだな。よし、やってみよう」

 フロッカーさんの家のキッチンは結構広いので、俺とリックとエルダさんの三人がそれぞれ作業するにも結構な余裕はある。
 工房ほどではないが、以前はフロッカーさんと奥さん、そしてリックのお兄さんとその奥さんも住んでいたようだから、この家はそもそもの作りが広いのだ。

 俺とリックが不器用にほうれん草を切っていく隣で、エルダさんは手際良く玉ねぎを刻んでいく。
 横にいる俺がその匂いに涙腺を刺激されているというのに、エルダさんはそれも全く気にしていないらしい。

「うぅ、目が……エルダさんって、なんで料理まで得意なんですか? なんか、料理人もできるレベルですよね……」

「そりゃあ、パン職人になれなかったら料理人になるしかなかったからな。この町はパン屋が一軒しかないんだ、オーナーが店に置いてくれなかったら料理屋に行こうと思ってた」
「へえ……」

 俺はなんだか自分が恥ずかしくなった。

 エルダさんの職人としての熟練度を見るに、おそらくは十年かそれ以上はここで働いているはずである。

 となると、パン職人になる、あるいは料理人になると決めて行動したのは遅くとも十代半ばの頃だろう。
 二十五になるまでうだうだと村にいた俺とは大違いである。

「エルダさん、あんまり料理が上手だから料理人になった方が良いんじゃないかって父さんから真剣に勧められてましたよね。僕はまだ小さかったけど、覚えてます」
「やめてくださいよ、坊ちゃん。あの時はオーナーを説得するのが大変だったんだから」

 エルダさんとリックは何やら思い出したように互いに笑い合った。
 俺にはまだ踏み込むことのできない歴史がこの家にはたっぷりとあるようで、玉ねぎは一層強く俺の目に滲みた。
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