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第三章 町のパン屋に求めるパン
12.足りないもの
しおりを挟むちょうど良い長さに切ったほうれん草を、炒めた挽肉と混ぜ合わせる。
こちらにもニンニクを使いつつ、仕上げにはクミンパウダーを振りかけた。
「不思議な匂い……スパイスってどんな味なの?」
「これは香り付けのためのものだから味はそんなに変わらないよ。挽肉だからしっかり火を通して……と」
ミーティはクミンを使ったほうれん草と挽肉の炒め物に興味津々だった。
クミンの匂いは懐かしいカレーの匂いそのもので、少し物足りないような気持ちはあるものの、俺の腹はぐううと鳴る。
この世界にはクミンがあるのだからカレーもどこかにあるのではないだろうか。
どこか遠くの、もっとスパイスが手に入りやすい国にはあるような気がしている。たくさんのスパイスを混ぜて作る本場の(この場合の本場とは、という気もするが。)カレーがあって、そこにはきっとナンもある。カレーをナンというパンで食べる人がいるなら、俺は絶対にカレーパン作りに取り掛かろう。
ナンがあるならきっとここにあるのとは違う、もっとパンを柔らかくできる強力粉があるに違いない。
そうしたら俺は、カレーフィリングを包み、衣をつけて揚げたあのカレーパンが作りたいのだ。
「ああ、なんだったか、この匂い……カンパラに来る前に東の国でこういう料理を食べたなぁ」
トマトソースのための玉ねぎを刻み終わったエルダさんが、鼻を鳴らして言った。
「え? この……スパイスの匂いですか?」
「ずいぶん昔なんで忘れてしまったが……南東の方にここよりも暖かい土地があるんだ。そっちじゃスパイスの料理が多いらしい」
「やっぱり……いいなぁ、俺もいつか行ってみたいです」
「へえ、おまえも旅に出たいと思ったりするのか。意外だな、パンにしか興味がないんだと思ってたよ」
そうエルダさんに笑われて、俺は思わず黙ってしまった。
「半分当たってるんじゃないですか? レイさん、そのスパイスのたくさんあるところで新しいパンを考えたいんでしょう?」
「え、あ、いや……まあ……」
言い当てられてしどろもどろになった俺を見てリックがくすくすと笑う。
「でも国境を越えるなら強い魔物も出ますからね。レイさんもたまには一緒に訓練に行きましょう、短剣ならすぐに扱えるようになりますよ」
「いやいや……俺は鉄板より重いものは持てないから……」
俺の弱々しい声はエルダさんが鍋に玉ねぎとトマトを入れた音にかき消される。
オリーブオイルの上に踊る野菜たちがじゅわじゅわと音を立て、煙がもうもうと立ちのぼる。
「さて、甘くすると言っても砂糖をどれくらい入れようか……俺はトマトソースはこの酸味が良いと思うんだが」
エルダさんが腕を組む横で思わず俺も頷く。
「わかります、でもスー君はその酸味が苦手みたいなんですよね……甘くするのに他に良いものがあればいいんですけど……」
俺はトマトソースの味付けはエルダさんに任せ、ほうれん草と挽肉のクミン炒めを皿に移した。
「食べてみていい?」
「どうぞ。ミーティはほうれん草は苦手じゃないんだっけ?」
「今は新しいお料理の味の方が気になるの。知ってる食べ方だと合わないだけで、もっと美味しい食べ方があるならあたしも知りたいわ」
先進的なミーティはさっそくほうれん草をほんの少しフォークの先に乗せ、そっと口の中に入れた。
「どうかな? 子どもでも食べられるスパイスだと思うんだけど……」
ミーティはしばらく咀嚼した後、首を左に傾けた。
「なんか……なんか、違う気がするわ。美味しくないわけじゃないけど……何かしら」
反応は思わしくなかった。
どういうことかわからず、今度は無くなる前にと俺も一口食べてみる。
「あ……ヤバい。これ違うね、えーと……」
率直に言って、それは全然美味しくなかった。
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