惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第三章 町のパン屋に求めるパン

13.キーマー

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「うーん……確かに食べる前のこの美味しそうな匂いに反して味が単調と言うか……」
「ニンニクは入れたんだよな? 塩が足りないか……なんだろうな、とにかくこれじゃパンに入れても負けそうだ」

 俺の作ったほうれん草と挽肉のクミン炒めは、なんとも微妙な評価だった。

「もう少しこのスパイスの効いた味になるかと思ったんだけどな……」

 困惑はしたものの、俺には一つ心当たりがあった。
 クミンは確かにカレーのような匂いがして、それに似た風味を感じさせることはできる。
 だが、クミンだけではカレーにはならないのだ。
 だからクミンを入れた炒め物と言っても、塩で味付けしただけだと匂いのわりには味が弱く感じられてしまう。
 それがこの物足りない評価の原因なのだろう。

「スパイスを足したとしても、これはもともとそんなに味のないスパイスですよね。うーん……どうしたものか……」

 リックは買ってきたクミンの小瓶を揺らし、指先に付着したクミンパウダーをぺろりと舐めながら眉間に皺を寄せる。
 エルダさんが煮込んでいるトマトソースはぐつぐつと音をさせ、今ではクミン炒めよりよほど魅力的な匂いをさせ始めていた。

「ね、おじいちゃん起きて。おじいちゃんも食べてみてよ」

 俺たちから離れたミーティは、再びロッキングチェアでうたた寝をしているフロッカーさんの膝の辺りを揺り動かした。

「んん……どうした、ミーティ。まだ寝ないのか?」
「おじいちゃんの意見が聞きたいの。レイ、ほうれん草を持ってきてよ、おじいちゃんにも食べてもらうといいわ」

 俺は高価なスパイスを無駄にしてしまったようであまり気が進まなかったものの、現状の打開策としてフロッカーさんの意見を募ることにした。

「お願いします」
「おお……クミンと炒めたのか。どれどれ……」

 フロッカーさんは一口分のほうれん草に鼻を寄せ、その匂いを堪能してから口を開いた。

「どうでしょうか。なんだか物足りなくて、でもこれをどうしたら良いかわからなくて……」

 ごくん、とフロッカーさんの喉が動いた。

「……ああ、確かにこりゃいかん。せっかくのクミンの香りが生かされておらんな。エルダ、ちょっとおまえの作っているトマトソースをこいつにかけてみてくれないか」

 フロッカーさんは皿を持ったまま立ち上がると、そうエルダさんに声をかけた。

「ええ? 父さん、エルダさんのトマトソースと、このクミン炒めは別々にフィリングにするんですよ? 二つを混ぜる予定は……」
「いいから。食べてからもう一度聞こうじゃないか」

 リックは止めに入ったものの、俺の耳の奥で急にどくどくと血液の流れる音がした。

 ほうれん草とクミン、そしてトマトソース。
 それは確かに記憶にある組み合わせだった。

「このトマトソースをかけるんですか? こっちはまだ煮込み途中ですから、酸っぱいままですよ」
「……お願いします、エルダさん」

 いつ、どこで食べたのかはもうすっかり思い出せない。
 だが、ほうれん草とトマトの組み合わせにクミンを使ったことがあった。

「じゃあ、まだ途中だが……」

 エルダさんはトマトソースを混ぜている木ベラでそれを掬うと、ほうれん草の上に控えめに落とした。

「どうだ、レイ。そっちの方が美味いだろう?」

 俺がそれを食べる前に、フロッカーさんもまた確信しているかのように言った。
 俺は慌ててリックが使っていたフォークを拝借し、トマトソースと混ざったそれを食べた。

「……あ! わかった! キーマカレーだ!」

 口に含んだ瞬間、鼻に抜けたクミンとトマトの匂いが俺の記憶を一気に蘇らせた。
 ほうれん草にクミン、そしてトマトと玉ねぎのソースが混ざった味は、以前の世界で作ったことのあるキーマカレーに似ていたのだった。

「キーマカレー? なぁに、それ」
「あ、えっと……」
「キーマーだな。東の方の国では挽肉料理のことをそう呼ぶんだろう?」

 呼び起こされた前世の記憶に従って声を発してしまってすぐにミーティに尋ねられた俺だったが、フロッカーさんに助けられた。

 この世界のどこかで挽肉料理を意味するキーマーという言葉と、俺が言ったキーマカレーのキーマは、おそらく同じ語源を持つのだろう。
 俺が作りたかったクミンを使った味は、トマトと共に煮込んだキーマカレーのような味だったのだ。

「これ、これが俺の理想の味です。そうか、トマトだったか……でもどうしよう、これじゃトマトの味が二種類に……」
「いいじゃないか、普通のトマトソースとクミンを使ったものは結構違いがあると思うぞ。どっちにしろスー坊に食わせなきゃ始まらんのだからな」

 フロッカーさんはカラカラと笑い、再びロッキングチェアに体を預けた。
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