惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第四章 偏食の騎士と魔女への道

8.ショーン曹長

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 応接間だというその部屋には、赤いモコモコとした絨毯が敷かれて、蔓植物の装飾のあるローテーブルと大きな革張りのソファー、何かの勲章のような盾やトロフィーが所狭しと飾られていた。
 そのローテーブルの前、ソファー座っていた人がゆっくりと立ち上がり、俺を出迎えた。

「突然の呼び出しに応じてくれて感謝する……きみは、見習いの方だったか?」

 ショーン曹長は鎧ではなく、シンプルだが質の良さそうなグレーのシャツに白いスラックスという姿だった。休日なのかもしれない。
 ショーン曹長が仰々しい鎧ではない分、そして第一声が曲がりなりにも感謝の言葉だったことでいくらか俺の緊張感も解けたが、それでも見習いの方、呼ばわりされたことには頷くしかできない。

「……は、はい」
「まあいいか……本当は店主のじいさんと話したかったが、きみも一応パンを作ってるんだろ? 息子の方の青二才よりマシだ」

 フロッカーさんを、店主のじいさん。
 リックのことを青二才と呼ぶこの曹長に、俺はそろそろ一言くらい言い返さなければならない、と思った。
 言い返したいとも思った。
 けれど、ここで曹長の機嫌を損ねて、やっぱりあの悪のパン屋は廃業に追い込むべきだ、となってはみんなが困る。

 俺はそういう“良い”言い訳を用意して、話を変えた。

「あの、今日はどういうご用件で……? その、カルツォーネの話……あのパンを作ったのは俺なので……」
「なに、きみが作ったのか?」
「……はい。焼いてるのはエルダさん……あ、正規の職人ですが、中身と成形、えっと、パンの形を作るところは俺がやっています」
「へえ……すごいな。見習いと紹介されたから皿洗いでもやっているのかと思ったら、ちゃんと職人としてやってるんじゃないか。若いのに大したものだ」

 ショーン曹長は素直に感心したという様子で、俺を褒めてくれた。が、若いのにという一言はやっぱり余計である。

「……そんなに若くないです。俺もう二十五なので」
「……二十五? え、二十五歳か? じゃあ私とそんなに変わらないじゃないか。なんでその歳でまだ見習いなんだ、よっぽど不器用なのか?」

 俺はなんだか目の前の男が、よくいるタイプの、顔が良くて女にはモテるけれど付き合ってみると粗雑で無神経なところのある先輩、のように思えて脱力した。
 この人のこういう物言いは悪気がなく、良くも悪くも男社会で生きてきたせいで出るあけすけな冗談のようなものなのかもしれない。

「パン屋になりたいと思ったのが最近なので……あの、それでカルツォーネの何が知りたいんですか? 味の感想くらい言ってくださいよ、美味いって評判だから買いにきたって言ってんだから」

 俺は若干の苛立ちを隠しつつ(隠せていなかったかもしれない)、ショーン曹長とは目を合わせないようにしてぼそぼそと言った。目を見て嫌味を言えるほど図太くはないからだ。

「ん、そうだな。あのパンは美味かった、特にスパイスの方は初めて食べる味で気に入った。ハルさんはトマトソースの方が美味いと言っていたが、あれは私には少し甘過ぎる。せっかくトマトなのだからもっと酸味があった方が良い気がするんだが」

 俺の予想通り、ショーン曹長は俺が多少言い返したところでさして気に留める様子もなく、素直にパンの感想を教えてくれた。その感想も全くの的外れではない。トマトソースが甘過ぎるというのは確かにそうで、あれはトマトの酸味が苦手な子ども向けの味だ。大人の男の口に合わないというのは、おおよそ正しい。

 だが、そのトマトソースを気に入ったというハルさんとは何者だろうか。

「あの、ハルさんて?」

 俺が聞き返すと、初めてショーン曹長は顔色を変えた。
 まるでトマトのように赤く、だ。

「……失敬、ハロルド兵士団長のことだ。ああいや、これは内密にしてくれ、たかだか曹長の俺が兵士団長を軽々しく愛称で呼ぶなど市井の者に知られては示しがつかん」
「……仲良いんですね、ハルさんと」
「っ、おまえが呼ぶな無礼者! ハルさ……ハロルド兵士団長は訓練所に入りたての頃から私を取り立ててくださったんだ。私はあの人ほど美しく剣を扱える人を他に知らない、まだ体の小さかった私によく稽古をつけてくれて正規の団員になるまで面倒を見てくれたんだ。あの方が兵士団長になってからカンパルアラは各地の魔物討伐で負け無しなんだからな」

 俺はその長々した他人の自慢話を聞かされて、ようやくこの目の前の無神経な先輩的な兵士の人となりを理解した。

「あー……だからリックのこと青二才とか言うんだ。兵士団長に話しかけられてたから」

 要するに、自分が憧れている兵士団長に、ただのパン屋の息子だと思ったリックが訓練所で顔を覚えられていたことが気に入らなかったのだろう。
 底が浅いというかなんというか、俺は白けた気持ちで目の前の男を見た。

「……カルツォーネの話だったな」
「話逸らさないでくださいよ。リックは俺の親友です、青二才だなんて酷いじゃないですか。リックは兵士団に入りたくて真面目に頑張ってるんですから」

 俺はここぞとばかりに言い返した。弱味を掴んだからといって張り切るのはものすごく格好悪いが、それでも俺の恩人たちをバカにしたこの人に、一度くらいは言ってやりたかったのだった。
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