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第四章 偏食の騎士と魔女への道
9.英雄の弱点
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「あー悪かった、もう言わない! それは本当に俺が悪かったから話を聞いてくれ、実はそのハルさ……ハロルド兵士団長のことで、困っているんだ」
「ハルさんでいいですよ。別に言いふらしたりしませんから」
この時にはもう俺は肩の力も抜けて、伸ばしていた背中を少し丸めてソファーに座り直した。
ちょっと意地悪をしてしまったが、ショーン曹長は思ったより悪い人ではなさそうだと思えた。それこそ、リックと同じく優れた兵士に憧れる普通の人なのだと。
そうして俺が促すと、ショーン曹長は声を落として話し始めた。
「……きみのところのパンを買いに行ったのは、ハルさんが町で流行っているパンを食べたいと言ったからなんだ」
「お城ではパンは食べられないんですか?」
「いや、城にもパン窯はあるし職人もいる。だがそこで出るのは普通のパンで……それで、きみも近くで見てわかったと思うが、ハルさんはすごく痩せているだろう?」
「あ……ええ、それは思いました。英雄というわりに華奢な人だなって」
俺はハロルド兵士団長の痩せた体を思い出して答えた。
「そうなんだ、兵士というのは体が資本で、食って力をつけなければ戦えない。だが、ハルさんはもともと食べる量が少ない。それでも城にいる時はいい、料理長も工夫してハルさんの好きな焼きたてのパンを用意したり、好んで食べるミルクのスープを特別に作ってくれるからな。だが、困るのは遠征なんだ」
「遠征?」
「……国の領土内で危険な魔物が出れば、王は我々を派遣する。そうして討伐に向かうが、魔物が出る場所はそのほとんどが近くに町や村のない場所だ。つまり、最低でも数日は携帯食や野草などを食べて過ごすことになる」
俺はだんだんと話の内容を理解し、ごくりと唾を飲んだ。
「その……兵士団長は、携帯食がお嫌いなんですか?」
「……携帯食はビスケットや干し肉などだが、ハルさんはそういう塩辛いものや冷めた食事が苦手であまり食べたがらない。だが、いつでも前線で戦うのはハルさんだ。食べていないから力も出ないし、遠征に行くたびに痩せてしまう。本人も無理して食べようとはするが……民のために命を懸けて戦う人が吐きそうになりながら不味い携帯食を我慢して食べているなんて、おかしいと思わないか?」
ショーン曹長は前のめりになって、正面に座る俺の腕を掴んだ。
俺は自分が村を出てきた理由を思い出し、なんだか泣きそうになってしまった。
「……わかります。俺がパン屋になりたかったのは、実はあのスープに浸さなきゃ食べられない固いパンが苦手で……もっと美味いパンを作りたかったんです」
「そうだ、あのパンを食べたハルさんが一番驚いたのは何だったと思う? あれは城に持ち帰って、食べる時には少し冷めていたのにまだ柔らかかったんだ。あのパンは薄いよな? それで、こうやって焼きたてじゃなくても柔らかいパンなら食べられるのにって言ったんだ!」
ショーン曹長は目を輝かせて言った。
この人はきっと本当にハロルド兵士団長のことを大切に思っていて、何とかしたいという気持ちだけで動いているのだろう。
「あ……でも、カルツォーネは保存食には向きません、中のフィリングに調理した野菜や肉を使っている分、傷みやすくて」
「わかってる。あのパンは美味いが、日を跨ぐ遠征に持っていくには不向きだろう」
「じゃあ……」
「近々、西の洞窟に住み着いた魔物の討伐遠征がある。調査に出向いた兵士たちは戦いを避けたにも関わらず重傷を負わされたんだ。ハルさんの力無しには絶対に勝てない……だから、新しく作ってほしいんだ。英雄のためのパンを」
そのまっすぐなショーン曹長の力強い眼差しに嘘はなかった。
けれど俺は俺の仕事を思い出して、一度大きく息を吸い、深く吐き出してから口を開いた。
「……話はわかりました。俺個人としては、協力したいと思っています。でも俺は雇われの身ですから、新しいパンを作るなら店主に相談しなきゃなりません。一度持ち帰って、相談してから正式なお返事をしても良いですか?」
ショーン曹長はわずかに眉を顰めた。
だが、その表情は怒りではなく悲しみでそうなったように見えた。
「……そうか。そうだな、ぜひそうしてくれ。ああ、くれぐれも俺ではなくハルさんのためだと言ってくれよ。俺は店主にも“若旦那”にも嫌われているだろうからな」
俺は苦笑し、頭を下げた。
ショーン曹長はちょっと一途過ぎるだけで、たぶん悪い人ではない。
理由をきちんと話せば、フロッカーさんも俺の親友の“若旦那”もわかってくれるに違いない。
俺の心はすでに決まっていた。
「ハルさんでいいですよ。別に言いふらしたりしませんから」
この時にはもう俺は肩の力も抜けて、伸ばしていた背中を少し丸めてソファーに座り直した。
ちょっと意地悪をしてしまったが、ショーン曹長は思ったより悪い人ではなさそうだと思えた。それこそ、リックと同じく優れた兵士に憧れる普通の人なのだと。
そうして俺が促すと、ショーン曹長は声を落として話し始めた。
「……きみのところのパンを買いに行ったのは、ハルさんが町で流行っているパンを食べたいと言ったからなんだ」
「お城ではパンは食べられないんですか?」
「いや、城にもパン窯はあるし職人もいる。だがそこで出るのは普通のパンで……それで、きみも近くで見てわかったと思うが、ハルさんはすごく痩せているだろう?」
「あ……ええ、それは思いました。英雄というわりに華奢な人だなって」
俺はハロルド兵士団長の痩せた体を思い出して答えた。
「そうなんだ、兵士というのは体が資本で、食って力をつけなければ戦えない。だが、ハルさんはもともと食べる量が少ない。それでも城にいる時はいい、料理長も工夫してハルさんの好きな焼きたてのパンを用意したり、好んで食べるミルクのスープを特別に作ってくれるからな。だが、困るのは遠征なんだ」
「遠征?」
「……国の領土内で危険な魔物が出れば、王は我々を派遣する。そうして討伐に向かうが、魔物が出る場所はそのほとんどが近くに町や村のない場所だ。つまり、最低でも数日は携帯食や野草などを食べて過ごすことになる」
俺はだんだんと話の内容を理解し、ごくりと唾を飲んだ。
「その……兵士団長は、携帯食がお嫌いなんですか?」
「……携帯食はビスケットや干し肉などだが、ハルさんはそういう塩辛いものや冷めた食事が苦手であまり食べたがらない。だが、いつでも前線で戦うのはハルさんだ。食べていないから力も出ないし、遠征に行くたびに痩せてしまう。本人も無理して食べようとはするが……民のために命を懸けて戦う人が吐きそうになりながら不味い携帯食を我慢して食べているなんて、おかしいと思わないか?」
ショーン曹長は前のめりになって、正面に座る俺の腕を掴んだ。
俺は自分が村を出てきた理由を思い出し、なんだか泣きそうになってしまった。
「……わかります。俺がパン屋になりたかったのは、実はあのスープに浸さなきゃ食べられない固いパンが苦手で……もっと美味いパンを作りたかったんです」
「そうだ、あのパンを食べたハルさんが一番驚いたのは何だったと思う? あれは城に持ち帰って、食べる時には少し冷めていたのにまだ柔らかかったんだ。あのパンは薄いよな? それで、こうやって焼きたてじゃなくても柔らかいパンなら食べられるのにって言ったんだ!」
ショーン曹長は目を輝かせて言った。
この人はきっと本当にハロルド兵士団長のことを大切に思っていて、何とかしたいという気持ちだけで動いているのだろう。
「あ……でも、カルツォーネは保存食には向きません、中のフィリングに調理した野菜や肉を使っている分、傷みやすくて」
「わかってる。あのパンは美味いが、日を跨ぐ遠征に持っていくには不向きだろう」
「じゃあ……」
「近々、西の洞窟に住み着いた魔物の討伐遠征がある。調査に出向いた兵士たちは戦いを避けたにも関わらず重傷を負わされたんだ。ハルさんの力無しには絶対に勝てない……だから、新しく作ってほしいんだ。英雄のためのパンを」
そのまっすぐなショーン曹長の力強い眼差しに嘘はなかった。
けれど俺は俺の仕事を思い出して、一度大きく息を吸い、深く吐き出してから口を開いた。
「……話はわかりました。俺個人としては、協力したいと思っています。でも俺は雇われの身ですから、新しいパンを作るなら店主に相談しなきゃなりません。一度持ち帰って、相談してから正式なお返事をしても良いですか?」
ショーン曹長はわずかに眉を顰めた。
だが、その表情は怒りではなく悲しみでそうなったように見えた。
「……そうか。そうだな、ぜひそうしてくれ。ああ、くれぐれも俺ではなくハルさんのためだと言ってくれよ。俺は店主にも“若旦那”にも嫌われているだろうからな」
俺は苦笑し、頭を下げた。
ショーン曹長はちょっと一途過ぎるだけで、たぶん悪い人ではない。
理由をきちんと話せば、フロッカーさんも俺の親友の“若旦那”もわかってくれるに違いない。
俺の心はすでに決まっていた。
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