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第四章 偏食の騎士と魔女への道
25.夜中の声
しおりを挟む「ミーティ、本当にそこでいいの?」
「何言ってるのよ、ここ以外ないでしょ?」
リックのベッドに陣取ったミーティだが、いくら子どもとはいえ一人用のベッドでリックと共に寝るのは狭そうに見える。
「そうだけど……俺は別に廊下でもいいよ」
「もう。レイが廊下で寝たらあの女がここで寝るって言い出すでしょ? これでいいのよ、リッキーはあたしを抱っこして寝たらいいんだから」
ミーティは頬を膨らませ、ウサギのぬいぐるみを抱いたままそこにごろりと横になった。
「僕がなに? ミーティ、一緒に寝るのは久しぶりだね」
「リッキーがあたしを選んでくれてよかったって言ってたの」
「もちろん僕が選ぶのはいつでもミーティだけだよ。おやすみ、ミーティ」
部屋に入ってきたリックはそのままベッドに座り、ミーティの額にキスをした。
この世界の人たちは親しい間柄でそうするのは別に珍しくもないことのようだが、俺はなんとなくリックのそういう振る舞いにもこの一連のゴタゴタの原因の一端があるように思ってしまう。
「おやすみなさい、リッキー。浮気しちゃダメだからね」
ミーティがいるのでその日は早々に明かりを消して、俺とリックも眠りについた。
……はずだったのだが。
しばらくして俺が目を覚ましたのは、微かな声が聞こえたからだ。
廊下か、あるいは他の部屋なのかはわからなかった。
けれど確かに声がする。それも、女の声だ。
俺はなんだか胸騒ぎを感じてゆっくりと体を起こし、暗い部屋の中で目を凝らした。
リックのベッドでは、ミーティが小さな寝息を立てている。その隣にいるのは当然、リック——ではなく、ウサギのぬいぐるみだった。
思わず唾を飲み込み、俺はそっとドアに近付いた。音を立てないように開けて廊下を覗くと、さっきまで聞こえていた声がより鮮明に聞こえた。
その声はミーティの部屋から聞こえてくる。女——おそらくはローザさんの声だ。俺は廊下を這って微かな灯りの漏れるミーティの部屋の前まで行った。
「……そんなこと言わないでよ。リックならわかってくれるでしょ?」
「気持ちはわかるよ。でも、僕はローザのことが大切だから言ってるんだ」
「私が大切なら結婚してくれたらいいじゃない。兵士になりたいならなっていいわ、お店が続けたいなら私も手伝う。別に粉屋を継げって言ってるわけじゃないの……」
「だったらなおさらダメだよ。僕はきみとは結婚できない」
「……昔のリックはもっと優しかった。私のこと、絶対に助けるって言ってくれたのに」
「その気持ちは今も変わらないよ。ローザのことは助けたい、でも、そのためにはきみが嘘をつくのをやめなきゃダメだ」
「……」
「お父さんにもきちんと話そう。一人で心細いなら僕が一緒に行くから」
「……ミーティが羨ましい。好きな人とずっと一緒にいられるってどんな感じでしょうね」
「……おやすみ、ローザ。ミーティはきっときみのことを羨ましいと思ってるよ、一人でどこにでも行ける力を持っているんだからね」
ローザさんとリックの会話が終わりそうになったので、俺はまた音を立てずにリックの部屋に這い戻った。
心臓がバクバクと鳴っている。
寝袋に潜り込んでそれが鳴り止むのを待っていると、しばらくしてリックが部屋に戻ってきたらしかった。
ローザさんの声は泣いているように聞こえた。
会話の内容は正直よくわからなかった。でもリックはローザさんとは結婚できないと言った。
結婚できない。
許嫁同士のそれはつまり婚約破棄だろうか。
俺は何ヶ月も同じ部屋で寝起きを共にしてきた親友の知らない顔を見て、なんだか全然寝付けそうになかった。
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