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第四章 偏食の騎士と魔女への道
26.クッキーの粉
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「おぁようございます……」
「お寝坊なのね、見習い職人さん。もっと元気に挨拶しなきゃダメよ」
あれこれ考えて全然眠れなかった俺を工房で出迎えたのはローザさんだった。
誰のせいで眠れなかったと思っているんだ、と言いかけて、俺はぐっと堪える。
昨日の悲しげな声が嘘のように、ローザさんは明るく溌剌としていた。
「……朝弱いんで。あの、ローザさんはここで何を……?」
「何って、泊めてもらったお礼にパン作りを手伝おうと思って。あなたはクッキーを作るんでしょ? ここに私が持ってきた粉があるから使ってみてよ、パンの方は私がやっておくから」
俺は情けない。
ミーティに煽るようなことばかり言うローザさんに対してあまり良い印象がないはずなのに、こうやって親切にされるとすぐに尻尾を振ってしまいたくなる。
すぐにでも頷きたい俺だが一応、エルダさんに視線を送った。
「えーと……」
「俺はかまわんが、熱い鉄板には触らないでくださいよ。結婚前のローザ嬢に火傷なんてさせたら俺はオーナーに殺されちまう」
「火傷くらいなら私の魔法ですぐ治せるから心配はご無用よ。さあ、どんどん始めましょう」
工房はすっかりローザさんの城になった。
俺は前に並べられた三種類の粉を見比べてみたが、もちろん見た目には違いなんてわからずに首を傾げるしかない。
「うーん……」
「どんなクッキーが作りたいの? この真ん中の粉がよく使われるものよ、サクサクしてて美味しいし香りも良いわ」
ローザさんは普段俺がやっている粉の軽量をしながら、クッキーを作ろうとしている俺にもあれこれ教えてくれる。
粉問屋のお嬢さんと言っても一人でカンパラに来て営業活動をしているようなものなのだから、そもそも優秀な人なのかもしれない。
作業の手付きも俺なんかよりずっと手際が良く、女の人だからなのかとても丁寧で感心してしまった。
「ええと……焼いたときに伸びるクッキーが良いです。パンの上に乗せたいので」
「パンの上? どういうこと?」
「あの、柔らかいパンになる粉の上にクッキーの生地を乗せて焼くんです。上はザクザクした食感で甘くて、下のパン生地はふんわりしてるっていう」
「……それってパンなの?」
俺のメロンパン構想は小麦粉のプロからしても異質なものには違いないらしい。
それでも首を傾げたローザさんに俺は堂々と答えた。
「パンですよ。パン屋が作るんだからパンです、色んなパンがあってもいいじゃないですか」
「そう言われたらそうね。じゃあ、真ん中じゃなくて左の粉を使ってみてよ。昨日のクッキー屋さんで一番大きいクッキーがあったでしょ? その粉で作ってるの。食べ応えがあって美味しいわよ」
ローザさんは建設的な人だった。
自分の中にないもの、疑問に思ったものだったとしても試してみることに躊躇は持たないようだ。
「じゃあ、それを使ってみます。あっ……と、クッキーの作り方なんですけど……」
「なあに、知らないの? もう、そうやって全部私に作らせる気じゃないでしょうね?」
「いやいや! あの、念のため確認というか……」
俺は慌てて弁明したが、エルダさんがすかさずローザさんに耳打ちをする仕草を見せ、大きな声で言った。
「ローザ嬢、お気をつけて。こいつは前科者ですよ、前にもシチューを入れたパンを作るって言い出したかと思えば俺にシチューをまるまる作らせましたから」
「っ、わー! 違います違います! あれは本当に作り方を知らなくて……! クッキーは大丈夫です、作ったことはありますから……!」
俺の慌てぶりがおかしかったせいなのか、豪快に笑うエルダさんの隣でローザさんも声をあげて笑った。
その屈託なく笑う顔は、素直に綺麗だと思った。
「お寝坊なのね、見習い職人さん。もっと元気に挨拶しなきゃダメよ」
あれこれ考えて全然眠れなかった俺を工房で出迎えたのはローザさんだった。
誰のせいで眠れなかったと思っているんだ、と言いかけて、俺はぐっと堪える。
昨日の悲しげな声が嘘のように、ローザさんは明るく溌剌としていた。
「……朝弱いんで。あの、ローザさんはここで何を……?」
「何って、泊めてもらったお礼にパン作りを手伝おうと思って。あなたはクッキーを作るんでしょ? ここに私が持ってきた粉があるから使ってみてよ、パンの方は私がやっておくから」
俺は情けない。
ミーティに煽るようなことばかり言うローザさんに対してあまり良い印象がないはずなのに、こうやって親切にされるとすぐに尻尾を振ってしまいたくなる。
すぐにでも頷きたい俺だが一応、エルダさんに視線を送った。
「えーと……」
「俺はかまわんが、熱い鉄板には触らないでくださいよ。結婚前のローザ嬢に火傷なんてさせたら俺はオーナーに殺されちまう」
「火傷くらいなら私の魔法ですぐ治せるから心配はご無用よ。さあ、どんどん始めましょう」
工房はすっかりローザさんの城になった。
俺は前に並べられた三種類の粉を見比べてみたが、もちろん見た目には違いなんてわからずに首を傾げるしかない。
「うーん……」
「どんなクッキーが作りたいの? この真ん中の粉がよく使われるものよ、サクサクしてて美味しいし香りも良いわ」
ローザさんは普段俺がやっている粉の軽量をしながら、クッキーを作ろうとしている俺にもあれこれ教えてくれる。
粉問屋のお嬢さんと言っても一人でカンパラに来て営業活動をしているようなものなのだから、そもそも優秀な人なのかもしれない。
作業の手付きも俺なんかよりずっと手際が良く、女の人だからなのかとても丁寧で感心してしまった。
「ええと……焼いたときに伸びるクッキーが良いです。パンの上に乗せたいので」
「パンの上? どういうこと?」
「あの、柔らかいパンになる粉の上にクッキーの生地を乗せて焼くんです。上はザクザクした食感で甘くて、下のパン生地はふんわりしてるっていう」
「……それってパンなの?」
俺のメロンパン構想は小麦粉のプロからしても異質なものには違いないらしい。
それでも首を傾げたローザさんに俺は堂々と答えた。
「パンですよ。パン屋が作るんだからパンです、色んなパンがあってもいいじゃないですか」
「そう言われたらそうね。じゃあ、真ん中じゃなくて左の粉を使ってみてよ。昨日のクッキー屋さんで一番大きいクッキーがあったでしょ? その粉で作ってるの。食べ応えがあって美味しいわよ」
ローザさんは建設的な人だった。
自分の中にないもの、疑問に思ったものだったとしても試してみることに躊躇は持たないようだ。
「じゃあ、それを使ってみます。あっ……と、クッキーの作り方なんですけど……」
「なあに、知らないの? もう、そうやって全部私に作らせる気じゃないでしょうね?」
「いやいや! あの、念のため確認というか……」
俺は慌てて弁明したが、エルダさんがすかさずローザさんに耳打ちをする仕草を見せ、大きな声で言った。
「ローザ嬢、お気をつけて。こいつは前科者ですよ、前にもシチューを入れたパンを作るって言い出したかと思えば俺にシチューをまるまる作らせましたから」
「っ、わー! 違います違います! あれは本当に作り方を知らなくて……! クッキーは大丈夫です、作ったことはありますから……!」
俺の慌てぶりがおかしかったせいなのか、豪快に笑うエルダさんの隣でローザさんも声をあげて笑った。
その屈託なく笑う顔は、素直に綺麗だと思った。
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