惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

第四章 偏食の騎士と魔女への道

28.魔女への道

　朝のうちは店に出すパンを焼くのに忙しいので、俺はその仕事の合間に柔らかいパン生地を作り、窯に余裕が出る時間を待った。

　その間もローザさんはずっと工房の仕事を手伝ってくれている。
　ミーティが嫌がるのでリックはほとんど工房に入らず店の方にいたが、俺がいつメロンパンを焼くのかたびたび覗きに来ては、「まだ焼かないですよね？」と確かめていた。

「呆れた、また来たわよリッキーったら。よっぽどあなたのパンが気になるのね」
「……このパンはお城の兵士団からの依頼で作ってるんです。詳しいことは言えないけど、リックはそれで気にしてくれているんだと思います」
「お城の？　すごいじゃない、兵士団からご指名なんてフロッキースもすっかり有名店ね。でも、それで作るのがクッキーの乗った甘いパンなの？　兵士って甘党が多いのかしら」

　俺はぎくりとした。
　ハロルド兵士団長が甘党だということはショーン曹長に口止めされていた重要機密である。

「さ、さあ……でも甘いものは力を出すのに必要ですよ、頭で考えたりするときにも」
「魔物と戦うのに甘いパンを食べるなんてちょっと可愛いわね。兵士団もティータイムを取ったりするのかしら」
「っ、そんなのんびりしてるわけないですよ！　今度の遠征は西の洞窟で、すごく強い魔物がいるんだって……それで、だから美味しいパンを持っていかなきゃ……」

　俺はなぜか兵士団の名誉のために声を上げたが、何をどこまで話して良いのかわからず後半はもごもごと言葉を濁した。

　ローザさんは少し考えるような素振りをしてから、おかしそうに笑った。

「ふふっ、なんだか知らないけど真剣なのね。でもありがたいわ、西の洞窟が前みたいに通れるようになれば私もこの町へ来やすいから。うちの粉で作ったパンが魔物退治の役に立つなら名誉なことよね」
「……頑張ります。誰に笑われても俺は絶対にこのパン以外はありえないと思っているので」

　西の洞窟の向こうにはローザさんの町があるらしい。
　通行止めの札さえなくなれば、魔法を使えるローザさんなら洞窟を簡単に行き来してしまえるだろう。そうなればもっと粉のことについて教えてもらえるかもしれない。
　もちろん、ミーティは嫌がるに違いないだろうけれど。

「じゃあさっそく焼いてみましょうよ。エルダさん、窯はもう使える？」
「まだちょっと熱いかな……それより生地だ。レイ、早く見てみたいからもう作ってみてくれないか。大きさを見て焼成の時間も決めたいしな」

　俺はエルダさんの許可を得て、さっそく柔らかいパンの生地とクッキーの生地とを合わせるべく腕捲りをした。

　まずは円柱型にしたクッキーの生地を厚めに切っていく。
　コインのような形になったクッキー生地を麺棒で平たく伸ばし、薄くなったところで丸いパン生地を包むように被せる。

「結構薄く伸ばすのね……不思議な形だわ。石を紙で包んでいるみたい。下になる部分はクッキー生地を閉じないのね？」
「はい、このまま焼いていきます。あとは模様を付けて……」

　俺はスケッパーを使ってクッキー生地の表面に格子状の模様を付けた。

　夢にまで見た懐かしいメロンパンが俺の手のひらの上にちょこんと乗っている。

「へえ、なんだか可愛いわね。チェック柄みたいよ、この模様は焼いたあとも残るの？」
「残るはず、です。温度が高過ぎたりすると上の生地がダレて模様が見えにくくなったりするんですけど……エルダさんなら大丈夫なはず」

　俺とローザさんのやりとりを見ていたエルダさんは眉間に皺を寄せたまま溜め息を深く吐き出した。

「こんなに難しそうなパンは初めてだよ。やってみるが、何度か試して最善を探ることも必要かもしれんぞ」

　初めて作ったメロンパンは六個だった。
　この道が続く先へ、俺たちは進む。